夜討ち朝駆け

戦争におけるすべてのものは単純である。

しかしこの極めて単純なものが、かえって困難なのである。

-クラウゼヴィッツ、戦争論-


1941年1月18日午前3時20分、リッチモンド外郭陣地グラハム隊


合衆国兵の大半はスタンレイがどう動くかについて、さほど深刻に考えてはなかった。

合衆国軍の思考では、スタンレイが深く穴に篭って待つだろう事は明白だと考えられていたからだ。

実の所、連合国がリッチモンドでの決戦上等の思考より、戦闘地域を押し返そうとするだろうと考えていたのだ。

そんなわけで、グラハム少佐のテントに爆発音が突然響いたのは、ある意味奇襲であったが想定内だった。


「来たか!敵の様子は!?」


手回し式サイレンの音を背後に、グラハム少佐はニヤリと笑った。

連合国軍の増援部隊が来たに違いあるまい!引き摺り出して決戦してやる!

しかし、彼を呼びに来た伝令は後ろを指差していた。


「敵の夜襲ですッ!一杯食わされた!」

「・・・しまった!演目の台本に野次が飛んだか」


パン、パンと照明弾が打ち上げられ、分隊単位で突入してきた突撃歩兵が警戒陣地を飛び越えて突っ込んできている。

警戒陣地や主抵抗線の合衆国兵達はなぜ此処が撃たれているのか、正確には何故この方向から攻撃されているのか理解出来ずに死んでいく。

それと同時に、突如朝が突然慌てて駆けつけた明るさが現れた。

すぐに衝撃波と轟音が轟き、戦車大隊向けの燃料弾薬運搬車が盛大に弾け飛んだのを理解した。

その張本人であるM3<リー>は、射撃後陣地変換を行い突撃機動に移っている。

戦車でカラコールするんじゃ無いよとグラハム少佐が思いつつ、すぐに指示を出した。


「何やってる!戦車を動かせ!動かない戦車を退かせ!」


グラハム少佐の咄嗟の指示の内容は悪くなかったが、各小隊が出撃待機壕にいた為寸断され、連絡も混乱している。

彼の頭上を曳光弾が跳び狂い、カンッ!と音を立てて倒れた。


「少佐!?」

「生きてる!ヘルメットに穴を空けやがって血税だぞ!」


中指を立てて奮撃しつつ、全隊集まれの信号弾を撃とうとした。

視覚的に分かりやすいから、それが恐らく適切だろう。


「少佐危ない!!」


しかしグラハム少佐の身体を伝令が押し倒し、17ポンド砲弾がシャーマン戦車の鋳造砲塔をブチ抜く。

四角い箱型の陣形を組んで後方で待機していた予備戦力のシャーマン戦車達が炎上、爆発し、機動する事もできないまま吹き飛んでいく。


「くそっ!!」


すぐに起き上がったグラハム少佐は、伝令が上半身を何処かに"持って行かれている"のを気づいた。

哀れな、そして良いやつだった。

信号拳銃も何処かに吹き飛んでおり、各小隊の出撃壕にいた本命の打撃部隊は各個に撃破されていった。

彼に残された行動は、こうなっては機材を放棄して壊乱しないよう、出来うる限りの人員を連れて退避することだった。


1941年1月18日午前四時、スタンレイ戦闘団


「本隊の撤収はどうなってる」


指揮車両の中でスタンレイは尋ねた。

通信兵の報告を纏めたアイカが「6割は既に」と述べ、スタンレイは腕時計を見た。

そろそろ敵さんが怒って総反撃に出るぞ。


「戦車は敵の逆襲に備えろ、そろそろ敵は激怒してくる」

「迷惑行為しましたからねそりゃあ、怒りますよそりゃ」


アイカがやれやれと呟く。

スタンレイの双眼鏡には、慌ただしく反撃しようとしている様子が微かに見えていた。

敗残兵やショックを受けた連中を再編して攻勢に出ようと言う事らしい。

心が弱った兵士は出来るなら下げておいた方がいい、何故なら怯えは感染するのだ。

パニックは感染する、拡大する、収拾がつかなくなる。

だが贅沢は言えないのだ。

彼らも、我らも。

シャーマン戦車とMG34を積んだM2ハーフトラックなどが現れ、横列を構成しつつ突入してくる。

しかし、シャーマン戦車の中に変わり種が見えた。

・・・アレは、長砲身型?


「来たぞ。対戦車砲は長鼻の敵戦車に注意しろ。

各戦車中隊は命令を待て。機械化歩兵は戦車に歩兵を近づけるな。

高射砲部隊は水平射撃を叩き込め」

《ライノ中隊。ロングノーズを集中射撃、了解。》

《フェレット中隊はハーフトラックを制圧します。取りつかせるな!》

《オサー大隊了解。着けェ剣!》

《キャスパー中隊了解!》


敵陣地から迫撃砲の音が聞こえた。

火点の位置を大まかに予測して煙幕弾を即座に叩き込み、射撃を的確に封じようとする。

しかし標定があまり合っていないのと、所詮60mmや80mmの歩兵中隊クラスの迫撃砲では発煙弾を滅多撃ちという形になっていく。

風に流されたのもあり、これは上手く効果を発揮しなかった。


「目標距離700」

「射撃始め!」


スタンレイの声と同時に、戦車二個中隊が全力射撃を開始する。

同時に、対戦車砲と機械化歩兵大隊の歩兵砲が射撃を開始し、突撃破砕射撃に色を添えていく。

シャーマン戦車とハーフトラックたちの末路は多種多様であったが、結末は擱座という形に収束していく。

ある程度の腕があって地形にある程度隠匿した戦車たちの阻止射撃を食い破るのは並大抵の事ではない。

だが数的優勢が合衆国軍にある以上、五両がやられても一両は応射して当ててくる訳であるから、損害だって出る。

しかも新型シャーマンはラインメタル製の7.5センチPak対戦車砲を基に転用し、装甲も一部強化した新型のM4A2型シャーマンであった。

このシャーマンはスタンレイが適当に言った「長鼻」というあだ名が定着したが、現場では「砲身が光る怖いヤツ」として「ファイアフライ」と呼ばれる事も多かった。

そして、その長鼻はソ連軍のKV戦車やT-34戦車に本格的に対抗出来る戦車として製作されており、M3<リー>の装甲を貫ける能力を持っていた。

砲塔前面の防盾や斜めになっている砲塔前面上部、車体前面はともかく、それ以外には確実に貫通が可能である。

指揮車に1発掠ったので、スタンレイは驚きつつ嫌そうに言う。


「私を撃つんじゃないよ全く!」

「指揮車に弾飛んでるのはまずいんじゃないですか戦闘団長!」

「流れ弾だ!徹甲弾だからな!」


スタンレイは半円形に抉れ飛んだ装甲板を見て笑った。

それは勇気からではなく、半分ヤケと自身の現状が全く気に食わない不平不満の現れと言えた。

そして、敵のシャーマン戦車の残存集団およそ四十両から五十両--これまでに十両から二十両を撃破したか行動不能にした--が予定の位置に達した。

スタンレイは右手の信号拳銃を打ち上げ、空に攻撃開始を意味する信号弾が輝く。


《ライノ突進せよ!ライノ突進せよ!》

《待ってました!戦車前へェッ!》


右側面から打ち出された砲弾が車体側面の弾薬庫をぶち抜き、巣穴から飛び出したM3<リー>一個中隊は全力攻撃を開始する。

突撃を図る合衆国軍の第四機甲師団の戦車連隊と機械化歩兵二個大隊の攻勢軸は側面から後方へ進出して好き勝手に撃ちまくる戦車中隊の突入により段取りが全て破綻した。

戦車連隊長は指揮官車が弾薬庫誘爆でスライム状に溶けてしまったが、訓練通り指揮権を継承し、敵の側面攻撃はたかが中隊だと見切った合衆国軍のクレイトン・エイブラムス連隊副官は叫ぶ。


《怯むな!側面に構わず突っ込め!》

「くそっ!突っ込んでくる!近接戦になるぞ!」


すぐ近くに飛び込む砲弾が頭からすっぽりと抜け落ちていたスタンレイが叫び、<リー>と<シャーマン>の運命的戦いが繰り広げられる。

短くも激しい死闘はいつ果てるとも知れずに続いた。

砲声が止み、白んだ空にいくつもの黒煙が立ち昇る中で最後に残っていたのはバトルグレーに塗装された数両の<リー>戦車隊であった。

スタンレイはふと眼を開けると、自身がアスファルトの上に転がっている事実に気づいた。

指揮車に敵のシャーマンがラミングを仕掛けてきたことを思い出し、スタンレイはゆっくりと立ち上がった。


「あ、おやっさんも生きてた」


いつかの若い戦車兵が、負傷兵達を載せた戦車から顔を出していた。


「どれくらい気を失ってた」

「20分と思います、指揮権は臨時で機械化歩兵第二中隊長が掌握し、予定通り後退中です」

「正規の大隊指揮官はどうした」

「死にました、50calで粉々です」


あぁ、死んだか。

スタンレイはシンプルな感想を抱き、戦闘団司令部要員も散り散りになったかと理解した。

取り敢えず総員後退の許可は出されているので、秩序的に最後の後退がなされている。


「おやっさんも乗ります?砲塔上なら空いてます」

「では失礼しよう」


戦車兵が手を貸し、砲塔上に座る。

後部と前部は負傷兵達が大勢乗っていて、脚の踏み場は全くない。

スタンレイが後ろを振りむき、黒く焦げた残骸と黒い煙が立ち上がって並んでいる姿を眺めた。

自身が作った殺戮と破壊の舞台は、製作者当人には漠然とした「資源の乱費だなあ」と言う曖昧模糊な気持ちしか湧いて出なかった。


フリー百科事典、記事【リッチモンド会戦】


リッチモンド会戦とは1941年に始まった太平洋戦争の北米戦線の初期の一大会戦である。

[アメリカ連合国]と[アメリカ合衆国]の二カ国軍が戦闘を繰り広げ、市街戦の代表例として挙げられる。

この戦いによってアメリカ連合国軍はバージニア戦線の激闘が一つの区切りを迎えた。


1月18日までの戦い


アメリカ連合国による漸減作戦の一環として連合国軍は[ジョセフ・スタンレイ]准将の502戦闘団に出撃を命じた。

戦いは当初散発的で小規模な戦いから開始され、二日せず合衆国軍の前進した高地を奪取したが、合衆国は平野部での決戦による漸減に戦術を切り替える。

こうした合衆国軍の決戦強要方針は[テキサス会戦]や[アトランタ会戦]、さらに海軍における[大宮島攻撃作戦]や[東京急行作戦]、末期に行われた[ピッツバーグ会戦]でもよく見受けられる行動である。(要出典)


1月19日


包囲作戦を察知した連合国軍は後退を開始したが、合衆国軍第4機甲師団第36戦車連隊を中心とする機械化部隊が後退阻止を開始した。

しかし本来なら第一段列で事前察知する事に失敗し、調整の取れないまま合衆国軍は反転攻勢に移る事となる。

結果として合衆国軍はこれにより機械化混成旅団を、連隊規模戦闘団によって壊滅させられてしまった。

この結果[ポトマック作戦集団]は貴重な突入及び追撃戦兵力を喪失する事となり、これは後々の作戦に影響を与えていく事になった。



スタンレイの漸減作戦は成功したが、本土から鉄道路線を敷設完了した合衆国軍は鉄道輸送によって物資輸送を改善させた事により合衆国軍は攻撃を激烈化させた。

それはこれまでの「敵の出方を見つつゆっくりと」と言うものではなく、「小賢しい事を出来ないぐらい追い込んでやる」と言う意図を持つものだった。

的確な砲兵射撃と豊富な銃砲弾薬を持って連合国軍陣地を各所で突破し、遂に1月22日には市の中心部から15キロ圏内に入るに至った。


スタンレイの502戦闘団もこの猛烈な予備攻撃と、漸減戦の損害から機甲及び機械化歩兵を喪失し、特に20日の戦いでは敵の標定射撃によって戦闘団の砲兵の過半を喪失していた。

稼働戦車も5両に低下し、全歩兵大隊は二個中隊ほど失った。

つまり、スタンレイ戦闘団はその戦闘能力を大きく減じていたのである。

しかしながら歩兵戦力が比較的良かった為、スタンレイ戦闘団は官庁街及びリッチモンド放送局方面の守備隊として展開する事となった。


かくして、1941年1月24日。

合衆国軍は<ハッテ>を発動、リッチモンドへの突入命令が発令され、155mm野戦重砲が開始のゴングとして轟いた。

首都攻防戦の始まりである。

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