レッドライン・マイアミ

質問だ。

"他人を傷つけるのは好きか?"

-HotlineMiami、リチャードの問いかけ-


1941年2月26日、合衆国バンカー


ペリー大統領は合衆国軍の司令官に、報告書の内容に関してジッと冷たい視線を送っていた。

陸軍からは「リッチモンド陥落したけど東岸の作戦行動難しいです」と言うふざけた内容が。

海軍からは「中部太平洋地域根拠地無さすぎて作戦活動滅茶苦茶や」と言う内容が書かれている報告書である。


「どうなってるんだお前らの戦争遂行能力は!」


副大統領が「だから戦争を辞めときゃよかったんだよ」と言う視線を送る一方で、それ以外のタカ派は暗い面持ちだった。


「開戦から1ヶ月でリッチモンド落とすって計画だったよな!」

「気象の急変による計画遅延です。そもそもアンタがドイツに兵隊送ったせいだろ!」

「開戦第一撃によって日本を戦争から脱落させるって言ったよな!」

「国民感情に関する注意事項も書いたしそこら辺は勝手にアンタが変えたんだよ!海軍は艦隊決戦強要しか要求してません!」


軍からの批判返しが突き刺さり、ペリー大統領は椅子に座り込んだ。


リベルズ反乱者たちはともかく、JAPと和平出来ると思うか」

「敵海軍をどうにかして壊滅させる、又は日本本土の一部に足を踏み込むと言う行為をしなくてはなりません」


ペリー大統領が片手で自身の頭を押さえた。

どう考えてもモンゴル帝国が攻め込んだ時より進撃出来る気がしないからだ、そして、そうなったら恐らく・・・。


「恐らく日本本土侵攻は・・・」

「イギリスによる全面介入の好機ですね」


マッカーサーは端的に述べた。

自分なら間違いなくその時を好機として使うだろう、なんならその前に使う。

英東洋艦隊参戦・・・、それだけで悪夢だというのにカナダ国境と英国のタスクフォースが東岸近海を彷徨くわけだ。

<インヴィンシブル>や<ライオン>、<セントジョージ>を伴ったロイヤルネイビーの輝ける乙女達がワシントンD.C.を焼き討ちにして1776年の復讐を果たすなど酷い悪夢だ。


「・・・では南部人と和平出来ると思うか」

「現状の戦線を容認させるのは論外です、戦果にしても少なく納得せんでしょう、次の選挙は負けますね」


いくら官製選挙と言えど、そんな事起きては政権崩壊だ。

大衆権力を移譲する価値が無いと民衆が勘づいたら独裁者は終わりである。

そして、そうなった時合衆国と言う概念が崩壊するだろう、なぜならそれが起これば連邦政府も火の海に投げ込む対象とされるに違いない。


「陸軍としての提案はあるか、なんらかの良い案だ」

「テキサス州方面への攻勢、そして連合国への揚陸作戦。」


パーシングが地図を指差し、指でなぞって線を描いた。


「海軍情報部の資料によると、連合国艦隊は作戦行動が現在取れないのだろう?」


海軍幕僚達はざわついたが、明確に反対を言うものはいなかった。

しかし、マッカーサーとマーシャルと言った陸軍将校が訝しむ顔をしていた。


「それよりもノーフォークを制圧したのですから、そこに増援を下ろして陸路進撃しては?」

「フロリダ半島の付け根に上陸してアトランタへ進撃しても良いかと思いますが」


それに対して、パーシングは肩をすくめて言う。


「最初はそう言ったが、海軍がマイアミを制圧してほしいと主張したんでな・・・」

「あぁ・・・」


海軍の言い分は確かに戦理に於いて妥当ではあった。

マイアミの制圧は事実上カリブ海への連合国海軍封じ込めを意味する、従って合衆国海軍は洋上補給によって混乱した兵站線を立て直せれる。

それが出来ればアトランタへ侵攻軍を増強し、早期に東部主要都市地域を壊滅させれる。

そうしてニューオーリンズやケープ・カナベラルなどを占領して前進しリオ・グランデ川まで進んで終わり。

妥当ではある。


「しかし閣下、陸軍の兵站を立て直し、補給線を再確立してからで良いのでは?

 双頭の蛇で使えなかった洋上侵攻兵力を使う必要があるのは分かりますが、性急かと」


マーシャルがいつも通りの正攻法を述べた。

上陸軍に合わせて陸軍諸部隊を前進させて戦線を全面的に圧迫しようというのも道理である。

しかし現状、リッチモンド会戦でポトマック作戦集団は行動不能で、ネブラスカ州などの州兵で構成した部隊は散発的戦闘しかしていない。

テキサス方面は敵が有力な上に、予備砲撃をするのを皆が躊躇っている、油田があるからだ。

機械化作戦部隊はまだ予備があるが、この戦略予備を動かすには不穏な動きを見せている中米共産党が厄介だ。

彼らは最近、国境線に部隊を集めている。


「残念ながら時間は我々の敵です。

 ここで連合国海軍を無力化せんことには、太平洋戦線や大西洋戦線で海軍の無用な兵力分散が起こるのです」


海軍作戦部の幕僚の意見は、陸軍の消極的反対論を黙らせた。

イギリス海軍を警戒しなくてはならない、従って合衆国海軍は連合国海軍を無力化しなくてはならない。

それによって日英海軍に全力をもって当たる。


しかし疑問があった。


そんな上手く行くような戦争だったか?


1941年2月27日、ダウニング街10番地首相官邸


チェンバレンが癌により退陣し、首相となったクレメント・アトリー首相は不機嫌な顔つきをしつつ、首相官邸内での軽い会談をしていた。

出席者は知米派でもある外務大臣のアーネスト・ベヴィン、知日派の海軍系であるウィリアム・フォーブス・センビルと海軍のバウンド元帥、そして陸軍からはマッシンバット・モントゴメリー氏が来ていた。

この小さな"準戦時内閣"は、当然だがハリファックス卿の完全な孤立主義ではなかった。

彼らを説明するには、まず現状のイギリス議会をある程度説明しなくてはならない。


まず1926年5月のゼネストなどで活動したサンディカリストなどもいるイギリス共産党、彼らは最近とんと目立たない存在に落ちぶれている。

普段戦争反対を叫ぶくせにソ連を救え、参戦しろ!と叫んだら反戦派や一国独立主義的共産主義者などから見放されたし、そもそもそれ以前から第四インターナショナルをどう解釈するかで揉めていた。


極左がこれだからと極右が伸びるかと言うと、これも違う。

そもそもライト・クラブや英独友好協会といった親ナチもいるにはいるが、ブリテン連合ファシストBUFのモズレーはムッソリーニの純正ファシズムの人間だ、彼もムッソリーニと同じく左翼からの転向組であるから当然である。

彼は「イギリス政府がなんで大陸のドイツ人に与する必要がある」と親独路線を嫌っている事を以前に公言した。


そして中道タカ派急先鋒、チャーチルを支持する国民はさほど居なかった。

国民は戦争に巻き込まれるのを心底うんざりしていたし、軍隊もそれに適していない。

大急ぎで空軍を再編してハリケーンやスピットを生産したが、木製部品も足りんので家具工場まで動員した。

空軍の総司令官は鬱病手前に陥りかけている。

陸軍のほうもBEFイギリス海外派遣軍は再編途上、40師団程度でイギリスの広い植民地を守るハメになる。

頼れる植民地軍を動員するにしても、彼らを連れてくると出兵費用は本国持ちだ、財政が死ぬ。

海軍ならマシかと言えばそうでもない、海軍は一次大戦の粗製濫造に急縮小で補助艦艇も巡洋艦も空母も本国艦隊ホームフリートや東洋艦隊くらいしか更新出来ていない。

一時期、地中海艦隊に至っては補助艦艇ほぼ0の時期が存在したのだ。


「諸君らの話を聞くと、この提案が夢の中にしか実現出来ない様に思えるが」


アトリー首相は素直に尋ねた、事実そう思ってる。

提案されたのは"将来の情勢に備えての日米連との共同参戦"だったのだ。

ベヴィン外相が想定していた疑問に対応した。


「あくまで今参戦できないと言うものです。

 実の所、我らの参戦と言っても1776年独立戦争の復讐というよりは1812年米加戦争の再来です。

 極論すればカナダ地域の防衛と海上優勢を目的とするのです、出費と人命が最低限ですが、明確な効果があります」

「・・・それは分かるよ、だが理由と必要性をどうする?」


ごほんとセンビル卿がいい、口を開いた。


「我々が参戦する事なく、アメリカ合衆国がかの新大陸を征した時。

 そして、旧大陸でナチスが勝利した時・・・何が起こるかは明白です。」

「・・・ハートランド地政学的危機かね?」

「というより、もっとシンプルな危機です。

 "ブリテンの栄光なき孤立"。」


アトリー首相の顔が一気に険しくなった。

愛国心と献身の義務を理解するイギリス政治家がイギリス崩壊と同義語に置く単語が出たのだ。

絶対にそれは避けなければならない、完全に孤立した島国はその国の完全な絶滅危惧種の群生地にする事を意味する。


「故に我らは日本及びアメリカ連合国を支援し、新大陸を"安全な内線"とせねばならないのです。

 我らは"新たなローマの再来を産んではなりません"。」

「・・・つまり我々と国王陛下が軒並み老衰でくたばった後の時の為に、彼の国に介入せよという事だな。」

「えぇ、その先は我々の後の仕事です、バトンを繋がねばどうもなりません。」


どの道やらない選択肢はなかった。

この時期、チャーチルもアトリーも何方もナチスを必ず殺す必要がある存在と認識していたのである。

両者の違いは「今すぐ殺すか」「後で殺すか」でしかなかった。

ともあれ、旧大陸の覇権を欲す者滅ぶべし。


1941年3月8日、ボストン港


大量建造された戦車揚陸艦と揚陸母艦は夜半に出港を開始した。

上陸部隊の大半はポトマック軍集団の後衛と中部軍集団の一部を混成しており、概ね4個師団規模であった。

ポトマック軍集団はテキサス侵攻部隊である中西部作戦予備集団と同等の装甲師団を有する装備優良部隊であるが、中部軍集団も連邦軍中心の自動車化歩兵と機械化歩兵で構成されている。

今回はその二つから遊兵になりかけた歩兵師団を二つ、旅団を三個引き抜いて来て海上機動作戦集団を形成している。

この艦隊を護衛するのは戦艦3とラズーリ級大型空母1を有する大西洋艦隊の機動部隊であった。

事実上、この機動部隊はアメリカ連合国海軍とほぼ対等と言える。

何故なら彼らは現有兵力での艦隊決戦を挑めなくなっているからだ、首都決戦での摩耗が大きく影響している。

沿岸防衛の航空隊も艦隊型大型空母が展開している為邀撃も難しい。

つまり、彼らの上陸阻止をできる兵力はない。


3月12日午前6時、全速で南進した彼らはフロリダ半島の砂浜へ突進を開始した。

全て予定通り。


1941年3月12日午前8時、アトランタ連合国軍総司令部


早朝から連合国軍総司令部は慌ただしかった。

先月の首都が陥落した件の後始末をつけている最中に、合衆国軍は次なる一手を打って来たのである。

州防衛軍の展開していた沿岸部警戒監視隊三個大隊と待機中の連合国軍一個大隊が現在防戦しているが、2箇所への上陸によって彼らは次々と兵力を押し込んでいた。

既に州防衛軍の一個大隊は壊乱、残る二個大隊は摩耗、連合国軍一個大隊は絶望的対着上陸遅滞戦闘中である。


「くそっ、120mm沿岸砲じゃ戦艦の艦砲じゃ手も足も出ないな」


パットンが悔しげに呟きつつ、状況が幾つも書き込まれた現地の地図を見る。

非常に状況はよろしくない。


「敵軍はウェスト・パーム・ビーチに上陸した部隊とセント・オーガスティンに上陸した部隊がいます。

双方合わせて上陸第一波は師団二つから旅団三つと推測され、現在フォート・ローダテールとオーランドへ敵軍が進撃中。」


最悪なのは、フロリダ半島沿岸部にはケープカナベラルに生産施設がある点であった。

あそこが陥落したら連合国軍は今後、新型戦車や計画を全て察知される。

既に火力等で連合国軍の優位性が薄れ出した以上これはまずい。


「海軍の上陸部隊撃滅は期待できんのだな」

「やれる限りを尽くしています。小型水雷艇及び潜水艦の後方浸透と夜襲によって兵站線を遮断するのです。」


パットンの問いにチェスター・ニミッツははっきりと答えた。

最低限以上の努力はしているが、出来ん事は出来んというわけである。

既に敵軍は上陸橋頭堡を4キロ半径制圧した、そろそろ戦車が揚陸される。


「動ける部隊は周囲にいないんだな?」

「州防衛軍と連合国軍の予備兵力はほとんど居りません、バージニア軍がズタボロですから。

 せいぜい再編途上の部隊や編成未完部隊などです」


編成未完の部隊とは要するに第二次・第三次動員などで充足される予備役部隊である。

そして再編途上の部隊というのは要するに欠員まみれの状態だ。

致し方なし、パットンは即断した。


「編成未完や再編途上の連中でも構わん、俺が指揮をとる。

 現時刻を以て臨時マイアミ集成作戦集団を編成する。」


そして、パットンは使えそうで手近にいる奴らをかき集める事にした。

その中にはこう言った機動防御戦闘の経験があるやつを特に必要としたので、当然ながらスタンレイもぶっこぬかれたのである。

再編未完の第502装甲戦闘団は、オーガスタから緊急機動で向かうことになった。

戦闘団を名乗るくせに戦車は二個小隊、歩兵に至っては再編途上の六個小隊、自走砲は乗員脱出成功もあってほぼ完全充足の二個中隊だった。

完全に軍制としてガバガバどころか、滅茶苦茶である。

司令部部隊に至っては編成未完なせいもあるが二個小銃班二十名で構成され、司令部付き捜索及び伝令小隊は素晴らしき事にオートバイ三台とサイドカー付きオートバイ四台である。

つまり、スタンレイは准将なのに混成一個大隊すら構成出来ない兵力でなんとかしろと言われたのである。


「俺が一体何したっていうんだよ」


スタンレイは命令を受け取るとそっと呟き、不貞寝しようかと考えながらも準備を進めた。

彼は陣頭で直接指揮を取る事にした、把握しきれんからである。





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