公然たる進軍
まずはやると決断しよう。
方法などは後から見つければいいのだ。
-エイブラハム・リンカーン-
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1938年3月12日午前6時、大連
外郭陣地に砲撃が開始され、空をI-15と言う複葉戦闘機とI-16と言う単葉戦闘機がスクラムを組んで突撃を開始する。
翼下にはロケット弾や小型爆弾を吊るしているが、I-16は何も吊るしていない。
新義州から援護に飛んできた陸海混成制空戦闘隊、95式、96式艦戦、97式の混成部隊と巧妙に隠匿された陸上の対空砲火を喰らってソ連航空隊は少なからぬ損害を出すものの、後続するBB-1が間隙を突いて湾内に突入する。
「対空戦闘始め!!」
「無理に撃墜しようとしなくていい!追い払え!」
護衛艦が各自に対空射撃を命令し、空襲警報が轟く。
湾内には貨客船などがひしめいていた、日本海の漁師から徴用した六百トン以上の船舶類までそこにある。
大半は非武装や無いも同然で、頼みの綱は駆逐艦だったがこの時期の日本海軍は艦艇の旧式化を抱えており、特に深刻なのは対空装備の問題だった。
濡れ雑巾で冷却される三連装対空機銃では虚仮威しにしかならない。
しかしそれしか頼るものがない。
同時に陸戦の様相も最悪になりつつある、戦線は一進一退の浸透強襲を喰らって蹴り出し蹴り出されを繰り返していた。
大連を中心とする半径25キロに半円形の塹壕島嶼陣地を構築した日本軍抵抗線は、1時間ほどで20キロに押し込まれようとしていた。
事実上、最終防衛線である。
何故ならこれ以上進出される事は湾内が重砲の射程に収まる事を意味するからだ。
そして、ソ連軍はその抵抗線をこじ開けるべくKV-1重戦車を投入することに決めた。
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午前7時50分、外郭第六陣地
数分までただの青年一等兵だった長波良二は、その冴えない顔を泥と血と砂に塗れさせていた。
面倒見の良かった分隊長も分隊の仲間も既にほとんどが死んでいる、彼は自分が何をしたと言うんだと思いながら銃を撃ち続けていた。
やさぐれた人間である事を自覚している彼は、もう何人殺したかなんて数える気がなくなり、当たったかすらどうでも良いやと匙を投げていた。
「戦車ァ!戦車が来る!!」
「デケェぞ!火炎瓶と梱爆用意しろ!」
声のする方向を見た、たしかにそっちから戦車が来ている。
大きな戦車だ、外国はあんなので戦争やるのか。
長波は他人事の様にそんな感想を思っていた、明日生きてるか分からん類の人間には、どうでも良い事である。
大きな車体の割に小さく見える主砲が発砲し、重機関銃の陣地が吹き飛ばされた。
今までのBT戦車の豆鉄砲とかと大きく違った威力だった、76mmなら軽野砲クラスだ。
向こう側から聞こえるウラーの声、敵兵が塹壕を越えようとしてくる。
刺突、斬撃、打撃。
塹壕戦で物を言うのは咄嗟の空手などである、人間はこう言う近接戦で撃つより殴る方を選ぶ。
人間の忌避感という自然な理由だ。
「くそっくそっくそっ!」
長波は銃剣を突き出して一人の敵兵の体勢を崩させた、敵兵が塹壕をずり落ちる。
咄嗟に蹴り飛ばし、踏みつけ、骨が折れたのが分かるまでそれを続けた。
別の敵兵が来た時は思い切り銃身を掴んで振り上げ、顔の骨を折った。
38式はもう使い物にならなくなったが、どうでも良かった。
敵が歩兵中隊を三個近く溶かしながら、第六陣地を突破したからだ。
20両近いKV戦車が、戦線を食い破っていた。
対戦車火器は不足し、段々砲兵の後退が追いつかなくなって阻止砲撃が弱くなりつつある。
砲兵の後退速度が間に合わず砲が放棄されたり、各所で戦線が崩れていって砲兵の阻止砲撃が集中出来ていない。
このままなら数時間で全て崩壊するだろう。
ー
午前8時20分、戦艦改め大連軍港要塞特別砲台<金剛>
電源設備を無理矢理に増設して本土から連れてきた<大鯨>と、古兵たちの経験及びマニュアルから残ってた石炭を利用する事で、再び釜に火を入れることに成功した<金剛>はその第四砲塔と第三砲塔をまず稼働させる。
四基の砲塔を同時に動かす出力になってないので、色々削って無理矢理に動かしているのだ。
「いやあ、まさか本当に動いたとはね」
伊藤整一は隣にいる有賀中佐に、思わずつぶやいた。
炎上しているフリをするべく<大鯨>などが吐き出す擬装煙で、湾は黒く覆われていた。
もっとも偽装じゃない煙もあちこちで巻き立っており、どれがどれやらわかってなかった。
「ですが動けばこっちのものです、しかし良いんですか?私は海軍中佐ですが」
有賀中佐が若干気まずそうに言った。
海軍において戦艦の艦長たるは大佐や少将クラスだ、彼は良いところ軽巡洋艦の艦長がその最大限である。
「大丈夫だ大丈夫、暗号兼ねてこれもう要塞砲と言う扱いなんだ」
「・・・要塞砲一部の司令ということなら確かに大丈夫ですね」
立派なビッカースの要塞砲ですこと。
有賀中佐はなんてひどい言い訳だ、と思いながらも、心の奥底にある興奮も感じていた。
やっぱり、戦艦は男の夢がある。
男と生まれたからにゃあ、デッカい大砲を扱ってみたくなる、だからエレガントだ、それが美という奴だ。
「主砲測距ヨーシ!射撃ヨーイ、よぉーし!」
「各砲塔長諸元確認、味方を撃ったら洒落にならんぞ!」
有賀中佐は最終確認を行い、各砲塔の諸元と射表を確認する。
火線が予定より向こうならともかく、手前だったら許されない。
だから狙いは少し奥にして、面で撃つべし!
艦砲射撃とは要するにマスごとに区切って、そのマスを滅多撃ちにする、艦砲は数で面を制圧するためにあるのだ。
「主砲射撃用意よし」
「撃ちィー方ァー始め!」
36センチ連装砲四基八門が、自己の役割を完遂するべく斉発した。
海面が唸りをあげ、空気が震える。
打ち出された砲弾は榴弾で、斉発時の震えからごくごく僅かに狙いから狂った砲弾は、何の因果か極めて不運なKV戦車の頭上をブチ抜く。
巨大な金属同士の衝突音と、弾着の轟音。
そして、炸裂。
日ソ互いの陸兵たちが、その轟音に思わず戦闘をやめて其方を見る。
「嘘だろ、戦車が空飛んでる・・・」
長波は後退中、KV戦車の残骸が高く高く空を飛んでいるのをみた。
またあるところでは、主砲弾着の衝撃と炸裂による轟音で行軍中の歩兵の縦列が完全に崩壊した。
36センチ砲とは要するに360mm砲と言うことである、この時代の陸軍の火砲が最大級で204mmや203mmであり、ソ連では306mm列車砲と言ったクラスが最大級となる。
「観測機からの修正600m延伸!繰り返す!第二射延伸600m!
今後各砲自由射撃!」
一斉に射撃するより、継続して火力を投射しよう。
それが連装砲のメリットだ、有賀中佐は自由射撃を命じた。
弾頭を入れて装薬を装填し、次発を撃ち込む。
続けての射撃は、600m延伸されて前線に向かっていた敵の後続部隊が直撃を浴びる事になった。
36センチ砲の弾着にトラックから降りて展開していた歩兵が助かるはずもない、ただの10数発の砲弾で死傷者は優に八百を超えていた。
そして、瞬く間に仲間をミンチに変える巨弾が兵士の心を挫く。
対して勢いづいたのはそれまでボコボコに殴られていた日本軍だった、予備の機甲戦力を投入して逆襲に打って出た日本軍は、午前が終わる頃には20キロ半径を奪還し、再度築城と籠城に打って代わっていた。
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3月12日午後13時、シリンホト
日本軍が遼東半島でソ連軍と殴り合いになる中、ソ連軍の翼端たるシリンホトは特に何があるわけでもなく落ち着いていた。
自分がチンギスハンの生まれ変わりだと言い出す
ソ連軍の装甲車が馬蹄の跡を履帯でかき消す中で、ここは特に何があるわけでもなく静かだった。
抗日パルチザンも姿形もなく、民衆は逃げる様に姿を消している。
そんな中、まず歩哨が何人か定時なのに行方不明になった。
探しに出たら足跡が見つかり、分隊が消えた。
原因は、すぐにわかった。
それらが山野を埋め尽くしていた。
中国兵たちだった。
どうせ失うならくれてやる、日本政府は実力次第で好きに旧満州を切り取って良いと焚き付けたのだった。
表向き抗日民衆暴動の大義名分で開始された南京の大清帝国南京政府vsソビエト連邦の非対称戦の始まりだった。
事、ここに至ってブリュヘルは極東軍が事実上限界である事を認めざるを得なかった。
そして、朝鮮の山岳を越えるのも事実上不可能だと認識されていた。
結局、大連軍港は一週間後に赤軍に占領されたが彼らが手に入れられたのは念願の不凍港になるはずだった残骸だった。
日本軍は嫌がらせに港湾閉塞と設備破壊を丹念なほど行って撤退したのだ。
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1938年6月3日、近衛内閣は敗戦を認める以外の選択肢がなくなっていた。
今や議会と軍部から完全に見放された総理大臣は、昭和天皇からの「和平した方がいい」と言う"お気持ち表明"を受けて完璧に退路がない。
しかもNHK総裁という立場と朝日新聞などの愛国心を取り違えた者たちを報道で煽ってきたツケが、完全に浮き彫りになっていた。
陸軍から畑将軍などが「来年まで朝鮮半島維持できたらいいですね」と言う嫌味をとばし、海軍からは「世界最後の日まで孤立した島国でいることはできますよ」と嫌味を言われるのは自業自得であるが、本土にボロボロで帰還した居留民や帰還兵たちが反近衛運動を急速に拡大していっているのはとんでもなかった。
何せ釜山から本土に還すのをすら、情報統制の面から止めようとしたのだ。
これは日本通運が公社である事と国鉄汽船への圧力で出来るはずだったが、国鉄労働組合の組合員達が「同じ同胞を返さないなど言語道断」と無視した。
憲兵は危険物の検査以外知らん顔で、時に交通誘導と整理を現地の警官達と共に行っていた。
38年4月にはメーデーに合わせて朝鮮半島を南侵したソ連軍は日本軍の遅滞戦を受けながら一時は京城に迫るも、漢人の軍民一体の満州地域への大攻勢を受けて戦線を縮小、結局両軍は元山から臨津江で停止している。
結局日本はただただ負けたわけであり、その責任を負うべきなのは誰なのか、最早全員が知っていた。
斯くして、1938年6月4日。
日本共産党東京執行委員会はゼネラルストライキと言う手段に出たわけである。
万国の労働者よ団結せよ!と京浜工業グループなどの左翼共産主義者を巻き込んで開始されたこの"ゼネスト"であるが、意外なほど拡大し関東各地に"解放区"を作るに至った。
理由としては最早この時期反政権感情は共通感情になっていたこと、戦争にみんなが嫌気がさしていた事、さらに警察力が外地からの帰還者の相手で余裕がなかった事によるものだった。
警官隊を派遣すれども遠巻きに集会を見物、時には集会混じって野次飛ばし帰ってくる。
なんなら市役所の役人も壇上で政府批判をぶつ有様だった。
治安維持法が有名無実になったのは最早明確であり、在郷軍人会や右翼体制派への一揆打毀しがしばしば起こる、軍国主義が死んだ瞬間ではあるが、当然だがコレは無秩序である。
そんな中で事件が起こる、以前に憲兵によって取り潰しされた国粋主義系新興宗教が徒党を組んで日本共産党東京執行委員会にダイナマイトを抱えて自爆テロを敢行。
組織だった共産主義運動がボルシェヴィキの特技たるテロによって殺されたのである。
こんなカオスが本土で起こる中、日本政府はソ連との講和を発表した。
朝鮮半島は現在のライン、北方領土は樺太と北方四島を失って終わったわけである。
国会が「腹を召せバカヤロー」の声で総辞職に追い込まれて崩壊し、ブレーキもハンドルもない共産主義の革命運動が加速度的に悪化していく中、ついに6月11日に事件が起きる。
宮城に侵入した共産主義者が拳銃を発砲、天皇弑逆を図ったのである。
幸い、使われた拳銃が「ぶたも殺せぬ平和主義的出来栄え」と評される二十六年式拳銃で、2発しか命中せず、その2発も肩と左腕を僅かに掠めるようにで、致命傷にならなかった。
テロリストはその場で射殺されたが、弑逆未遂は日本内部の共産主義運動に対する急速な白眼視を呼ぶ。
みんな戦争に嫌気がさしていたし、政府が嫌だったが、"天ちゃん"を襲う不届きなヤツは嫌いだ。
また、コレにより政府は秩序回復の手段を実現することにした。
内務省隷下にあって軍から融通された兵器及び武器を扱う"フライコーア"に類する国家の暴力装置。
決して国外で活動せずテロ及び災害から人民と秩序を守る、警察では対応できない存在に対抗する軍隊でない組織。
自衛隊の創隊である。
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1938年6月7日、元陸軍海軍の将兵から引き抜かれて組織化された陸上自衛隊東部方面隊の第一管区連隊と第14特車中隊及び東部方面特科隊は、その機動力と打撃力をもって襲撃し展開し、解放区に対する"治安出動"を開始した。
制圧は迅速で、各所で自衛隊は軍靴を以て反体制暴動となった共産主義運動を粉砕していく。
戦地からの帰還兵も農村部も共産主義者に関わる気がなかった、ワイマール共和国の例でもある様に、彼らはそれまで内地でなんの戦場の関わりが無かった人々の争い事に興味がなかったのだ。
また、農村部では鼻につく学生やインテリの話を聞く様な人間も居なかった、特にそれが弑逆をやる様な人間なら特にそうだった。
1938年6月14日、赤色革命運動の鎮圧を完了し、昭和天皇は新たな内閣の組閣を命じる。
開国の元禄、西園寺が非常事態収束までの場繋ぎ的軍人内閣として政界の惑星宇垣一成を恒星にするという提案も出たが、嶋田繁太郎や山本五十六と東條の軍部からの反対意見が出た。
結局、東條が天皇の意を汲む形として「憲政の常道を再建せよ!」と政権与党の党首を総理にする事を決めた。
また、町田政権成立にあたって新総理は治安維持法を停止する事などを決めた。
段階的改革で急進左翼グループ、つまりボルシェヴィキと穏健社会主義者を分裂させるためだった。
コレにより日本の左翼運動は長い間は公然闘争路線、すなわち合法の範疇のデモと抗議活動中心に切り替わっていく事となる。
結局、日本の政治は二転三転しながら元の鞘に収まったのである。
安堵の息をついたのはイギリスだった、急進左翼化や全てアカのせいとファシストになったら本当にどうしようもなくなるからだ。
再び関係改善を図る日本との関係を再建しながら、イギリスは大戦が不可避である事を確信していた。
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