002 転生

 時計の針の音だけが響く、局所的に 明るいオフィス。

 針は、12時を 指そうとしていた。


「お疲れさん、今日の分、買って来たぞ」

「あ、あぁ……ありがとうございます。」


 上司の後藤から 眠気覚ましの 缶飲料を 受け取ると、神谷明智は 礼儀とばかりに 一気に飲み干した。


「んじゃ、俺は帰るから 頑張れよ」

「あ……はい。」


 ドアが閉まる音がして、明智は一人になった。


「12時になったら、今月の残業時間、150時間ぴったり……か。最低賃金でバイトしても15万……」


 ため息をつく。目にはクマができ、頬は痩けてとても健康そうには見えない。

 この会社に転職して三年。


 労基? なんだそれ? 


 状態のこの環境は、頼まれたら 断れない明智にとって、地獄のような 場所であった。毎月100時間以上も 残業し、休日出勤当たり前、残業代は出ない。


「12時になったら 少し仮眠しよう……」


 といいつつ、キリのいいところまで仕上げ、気づけば 12時30分。

 そうして、明智は 気を失うように 眠りについた。




         △




 明るい光が、視界の中央から 広がった。


「!? ね、寝過ごした?!」


 30分の仮眠のつもり だったが、朝日が 眩しく照らしている。完全に 寝過ごしてしまった。そう勘違いした 明智だったが、


「やっと起きたか、何時だと 思ってんだごらああ!!」

「す、すみません……!!」


 急に聞こえた男の声に、明智はびくりと震えて 体を起こす。

 だが、目の前にはパソコンはおろか、オフィスすらなく、真っ白な 空間が広がっていた。


「はえ……?」

「あはははは、からかってしまってすみません。ようやくお目覚めになったのですね」


 先程の男の声とは 真逆の、艶やかな 美しい声が 聞こえた。

 目の前には 女性が立っている。ただ、普通の女性ではないことは、明智はすぐに理解した。


「神……さま?」

「いかにも、女神です」


 頭も冴え、倦怠感も完全に無くなっていることを 自覚した明智は、その返答から 自分がどうなったのか、そして今 自分がどういう状況に 置かれているのか 理解した。


「ということは、わたしは死んだと……?」

「はい。近年稀に見る 安らかな 臨終でした」


 女神と名乗る女は、若干笑みを 噛み殺しながら 答えた。


「はい?」

「すみません……自分で言ってみて、面白さに気づいてしまって……っ」


 明智は なんとも言えぬ顔 で女神を見つめた。

 一通り笑い終えた後、女神は 場を取り直すように 咳払いをする。


見出したのは自分なのに、とは思うが 口には出さない明智。


「とまあ、普通なら こんなところ 経由せずに 魂丸ごと 輪廻の輪に 直送されるわけ ですが、ご自身でもお分かりの通り、不憫な人生 を送って来たあなたに、流石に可哀想だから ギフトを授けよう というわけです」

「……ギフト?」

「あらやだあ、こんなとこに呼ばれたら、別世界に転生か 転移だって 相場が決まってるじゃなーい」

「そ、そうなんですか。すみません……勉強不足で……」


「まぁ、決まってるのは 相場だけじゃなくて、転生する先の世界 もだけどね」


 何か影のあるように ボソッとこぼした 女神だが、明智には うまく聞き取ること はできなかった。


「はい?」

「ところで! 魔法とか 超能力に憧れ はあったりします?」

「ま、まぁ……それなりに。一日が100時間くらいになれば仕事も一日で終わるのにな とか、思ったりは してましたけど……」


「しゃ、社畜の極み………」と、若干引いた女神だが、再び咳払いをして 笑顔を取り繕った。


「安心しました。まあ、あなたに選択権 なんてないんですけれども」


 今回ははっきり聞こえたが、明智は黙って 聞き流した。こういう笑顔で毒を吐くタイプ の女に惹かれて、一度痛い目 を見たことがあり、それからずっとこの手の人間 が苦手なのだ。


「あなたの肉体のピーク、つまり……16歳の頃 の肉体で その世界 に送られること となります。いいですね?」

「あの……もし拒否した場合は、その申し入れ は受け入れられる のですか……?」

「あっはっはっはっは!! もちろんされませんが!!」


(…………)


「……わかりました。その条件でいいです……。」

「森に飛ばされますが、まずは焦らず 一週間のうちに 生きる術など を学んでください。体は丈夫に、耐性等はあなたの 生前の特徴 が反映されます。少しずつ 世界の全貌が わかってくると思うので、ゆっくりじっくり 異世界生活 を楽しんでくださいね!」


 いい終わる頃には 明智の姿も消え、白い空間にただ一人、女神だけが残った。


「ふう、あんな天才 なかなかいないわ……生まれる世界さえ違えば、いや。あの世界に生まれた からこそ、通常の魔法使い には が発現したのね」


 そう言い、女神は大声で 笑いだした。


「あはあはあは!! いやああ助かったわ!! あいつ のくせにクソ真面目だし、あいつがいれば 色々片付いて楽だわあ! これを見越してあの世界にした私、まじ天才?」


 異世界に放り出される形となった明智は、まだ何も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る