第36話 始め!

 僕と菊枝垂きくしだれさんは、2つテーブルを間に置いて立っていた。

 お互いの目の前にあるテーブルで、お好み焼きを焼くのだ。言い換えれば勝負の舞台だ。背後にあるテーブルの上には板とシートが置かれ、簡易的ではあるが厨房代わりになっている。そこに今日の対決に必要な材料を互いに全て乗せた。


 審査員役の静香しずか姉ちゃんと菊枝垂さんのお爺ちゃんは隣り合わせで座敷に座っているし、その向かいの席にみやび姉ちゃんと普賢象ふげんぞう先輩が並んで座っている。座敷は僕たちのテーブルの横だから、いわば焼いている姿を隣で見られているのと同じだ。いつもカウンター越しに見られながら焼いているから慣れているとはいえ、緊張しないといえば嘘になる。何故なら、カウンター越しにお客さんに見られているのとは違って仕切りとなる物がないのだから・・・その点は、普段からお客さんの目の前で焼いている菊枝垂さんにアドバンテージがあると認めざるを得ない。ホームの菊枝垂さんが圧倒的に有利とはいえ、僕にとって唯一の救いは、どのテーブルの鉄板を使うかの権利を普賢象先輩が譲ってくれた事だ。わざとらしく全部の鉄板を見て回ったけど、昨日、『突羽根つくばね陽子』が使ったテーブルの鉄板を選んだ。あの鉄板の端にあった歪みと傷は間違いなく昨日と変わってない。卑怯とは思いつつも、アウェーの不利を少しでも挽回するには、これしかなかった。ただ、この事が逆に座敷の真ん前のテーブルを使う事になったのは皮肉の一言に尽きる。ある意味、偵察をした罰を神様が与えたような物なのだから・・・


 今日のお好み焼き対決で焼くのは6枚だ。昨夜までの普賢象先輩と雅姉ちゃんとの話では5枚を焼いて、そのうち3枚は審査員である静香しずか姉ちゃんと雅姉ちゃん、普賢象先輩の分で、残る2枚は焼いた本人たちが食べて比較するという物だ。もちろん、僕と菊枝垂さんは自己評価の為だから、審査とは無関係だ。

 菊枝垂さんのお爺ちゃんが急遽審査員に加わる事になったから6枚に増えたけど、僕は10枚プラスアルファの材料を用意してきたから全然問題ない。


 今日のお好み焼き対決は、3人または4人の評価を得ないと勝ち名乗りを上げられない。シビアな見方をすれば、お互いの身内が2人ずつだから、相手の身内の誰かの舌を唸らせないと勝てなくなったとも言える。静香姉ちゃんが口では「中立」を言っておきながら、実際には『夢見草ゆめみぐさ』の関係者なのだから僕に有利だった、半ばだった事を思えば、これで完全にガチンコ勝負を挑まざるを得なくなった!

 菊枝垂さんには申し訳ないが、手毬てまり姉ちゃんの為にも、青葉あおばさんや大芝山おおしばやま先輩たちの為にも、僕は全力で叩き潰す!


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