第35話 『夢見草』を継ぐ者として・・・
「も、もしかして弟さんですかあ!?」
「もしかしなくても弟ですよ」
「それってホントなの?」
「ホントですよ!」
僕は腰に手を当てて、ちょっと怒ったような仕草をしてるけど、菊枝垂さんは『嘘だろ!?』と言わんばかりの表情のままだ。そのまま菊枝垂さんは
「・・・間違いなく会長の弟さんだよー。わたしも会長の店で弟さんと結構長い時間喋ってたし、その場に会長や会長のお母さんもいたから間違いないよー」
「そいつは
「うわっ、
菊枝垂さんはそう言いながら右手を自分の左胸に当てて『ホッ』と息を吐いたけど、たしかに普通は同学年に弟がいるなどと考える人はいない。ましてや僕と菊枝垂さんは一昨日、下校途中の僅かばかりの時間だけど、直接話をしている。知らなかったとはいえ手毬姉ちゃんの弟と喋っていたのだから、菊枝垂さんが驚くのも無理もない。
その菊枝垂さんは僕の方を向き直ると、ニコッと微笑みながら
「・・・それじゃあ、今日はお姉さんの応援?」
「いや、それは違う!」
「へっ?どういう事?」
「今日、君と勝負するのは僕だ!」
「「「「「「 はあ!? 」」」」」」
僕の言葉に、菊枝垂さんだけでなくお爺ちゃんたちも一斉に驚きの声を上げたし、静香姉ちゃんも声を上げた!逆に声を上げなかったのは
「・・・ちょ、ちょっと待ってよ!どうして君が勝負するの?意味不明よ!」
「そんな事はない!菊枝垂さん自身がちゃあんと言ってるぞ、『お互いに3代目としてお店の看板を賭けて勝負しろ!』ってね。この店の3代目が菊枝垂さんなら、『
「だ、だからと言って君が勝負するのは・・・」
菊枝垂さんはそう言って静香姉ちゃんやお爺ちゃんたちの方を見てるけど、その静香姉ちゃんやお爺ちゃんも、互いの顔を見合わせながら半分固まってる。
やがて、静香姉ちゃんが「はーー」とため息をつきながら僕の方を振り向いた。
「・・・
「ちょ、ちょっと待ってください!先生まで何を言いだすんですかあ!!わたしは全然納得してないですよ!!!」
「今になって思えば、菊枝垂は一度も『手毬と勝負する』とは言ってない!」
静香姉ちゃんはちょっと厳しい顔で菊枝垂さんを見たから、その瞬間、菊枝垂さんは『ハッ!』という表情になった。
そう、一昨日の放課後、ソフトボールグランドで菊枝垂さんと静香姉ちゃんは、こう言ってるのだ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・なーるほど、先生の仰ってる意味が分かりました。お互いに3代目として『お店の看板を賭けて勝負しろ!』という事ですかあ?」
「まあ、極端な言い方をすればそうなりますね。菊枝垂さんと突羽根さんの両方に共通しているのは『家がお好み屋さん』ですから」
「わたしは異論がありませんけど、本当にいいんですか?」
「問題ありません!というより、異議を認めません!先生が責任を持って説得します」
「そこまで早晩山先生が断言してくれるなら、わたしは異論ありません!『
「分かりました。ソフトボール部顧問として、その勝負を認めます。当たり前ですが突羽根さんに拒否権を認める気はないので、事故や身内の不幸でもない限り、必ず勝負させます。日程は次の日曜日かその次の日曜日という事でもいいですか?」
「『鉄は熱いうちに打て』です。今度の日曜日で構いません」
「場所は『
「構いません。『お互いの店にある物なら何を使っても良い』という条件で、お好み焼き対決でリベンジマッチを申し込みます!」
「さすがに鉄板や冷蔵庫と言った物は持ち出せませんから、常識の範囲というか、車で持ち運びできる物なら店にある何を使っていい、という事でどうですか?」
「先生の車で持ち運びできる物なら構いません。わたしも『車で運べる物』という前提で勝負します」
「審査員は・・・そうねえ、一人は先生、後は・・・丁度いい具合にこの場所にお姉さんと再従姉がいるから、この3人でどう?」
「はーーー、早晩山先生は御存知だったんですね」
「そういう事です。一応、担任ですから」
「わたしは異論ないです。むしろ研究会の部長と生徒会長が中立の立場で立ち会ってくれるのなら、正々堂々と勝負します。それは約束します・・・」
静香姉ちゃんが「家がお好み屋さん」「突羽根さん」という言葉を出してるけど、これだけだ。つまり、二人とも『手毬』という言葉を一度も出してない!雅姉ちゃんの事を『お姉さん』と言ってる以上、雅姉ちゃんより年下の人物が菊枝垂さんと対戦するのが条件になってるけど、妹とは言ってないのだ!
しかも『
この事に最初に気付いたのが
つまり、紛いなりにも菊枝垂さんとの『お好み焼き対決』に勝つ可能性がある方法を見出したのだ。
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その事を思い出して、菊枝垂れさんは『ハッ!』となったし、普賢象先輩もその場にいたから『ハッ!』という表情をして僕を見ている。
「・・・た、たしかに、わたしは手毬さんという言葉を一度も出してない・・・一本取られたのは認めざるを得ない」
「それに、菊枝垂がその話をした時に陽光はその場にいた」
「で、ですけど・・・」
「あくまで『言葉のアヤ』と言ってしまえばそれまでだけど、ソフトボール部の顧問としてでなはなく国語教師として答えるなら、菊枝垂は陽光に勝負を申し込んだと解釈して差し支えない」
「ちょ、ちょっと待って下さいよお。手毬さんのお姉さんは弟君が勝負するのを前提で乗り込んできたのは分かるけど、もう1人の審査員である
菊枝垂さんはそう言って後ろにいた普賢象先輩の方を振り向いたけど、その普賢象先輩も「はーー」とため息をついている。
「・・・受けるしか無いんじゃあないのー?」
「えーっ、白雪ちゃんまで賛成するのー?」
「だってー、わたしは会長にも、弟さんにも、研究会の代表として公平にジャッジするって言ってるしー、そもそも
「はあああーーー・・・今日の審査員の3人が同じ意見なら受けるしかないと思うけど、お爺ちゃんはどうなのー?」
菊枝垂さんは最後の頼みの綱、と言わんばかりにお爺ちゃんの方を見たけど、そのお爺ちゃんは『ウンウン』とばかりに鷹揚に首を縦に振った。
「
「えーっ!お爺ちゃんもなのー?」
「別に『負けたら腹を切れ』などと誰も言ってないのだろ?それに、儂としても次世代の浜砂のお好み焼きを背負って立つべき若者の腕を、この目で見るチャンスだと思っておる。勝敗を度外視して、同じお好み焼き職人としてジャッジしてみたい気分だと言っておくぞ」
「はあああーーー、お爺ちゃんがそこまで言うなら勝負しますよ!」
そう言うと菊枝垂さんは真っ直ぐに僕の方を向き直ったけど、その菊枝垂さんは真っ直ぐに僕の目を見ている。いや、その目からは迷いは全然感じられない!
「同じ高校1年生として、同じ浜砂のお好み焼き屋の3代目の看板を背負う者として、菊枝垂朱雀は突羽根陽光君に勝負を申し込みます!」
菊枝垂さんはそう言って右手の人差し指をビシッ!と僕に突き付けたから、僕も『ウン』と首を縦に振った。
僕は手に持っていた
バンダナを頭に巻き、エプロンをつけた僕は菊枝垂さんの方に向き直った。
「『
僕は右手をサッと差し出し、菊枝垂さんも右手を差し出し、勝負開始前の握手を交わした。僕の目は菊枝垂さん以上に澄んでいた筈だ。
こうして僕は『
それが父さんとの約束なのだから・・・
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