第33話 ちゃっかり・・・
僕たち6人はマイスドにいた。
当たり前だけど土曜日の午後だから結構混んでいるから、端の方のテーブルに座っている。しかも注文したのはコーヒーとリング・デ・ポンだけで、そのコーヒーを2杯も3杯もお替りしまくる6人組の客は、店としては
そんな僕たち6人だけど、僕の左右にいる
「・・・
長い沈黙の後、大芝山先輩がポツリと言ったけど、この一言が僕たち6人の気持ちを表してるように思えて仕方なかった。
「・・・それは私も思いましたよ」
「あたしもさあ、上手く話を誘導して、
「あの焼き方といい、お好み焼きの返し方といい、相当な場数を踏んでないと出来ないよね」
「わたしもそう思ったよー」
「僕も同感ですー」
僕たち6人はほぼ同時に「はあああーーー」とため息をついた。
たしかに菊枝垂さんのお好み焼きは絶品だった。言葉巧みに滝匂先輩が誘導して菊枝垂さんにお好み焼きを合計で3枚、焼いてもらったのだ。1枚は普通のお好み焼き、1枚はイカたっぷり、最後の1枚はスペシャルメニューの『Lサイズ』、すなわち通常の1.5倍相当の大きさのお好み焼きだけど、それをアッサリ焼き上げた。しかも、この『
僕だけがお好み焼きを1枚しかオーダーしなかったけど、3年生3人は3枚!も一人で食べたし、紅華さんと青葉さんも2枚で最後にLサイズをシェアしたのだから、僕だけだ小さくなってたのは言うまでもないです、はい。もちろん、菊枝垂さんが焼いた3枚を除いた12枚を焼いたのは僕ですけど・・・
「・・・陽子ちゃんの方はどうなの?」
「・・・うーん、僕としてはいい感触だったと思ってるよ」
「書き込みは正しいと思う?」
「うーん・・・あくまで食べた人の正直な感想もあれば、悪質な書き込みもある。全てが全て本音を語ってると思うと痛い目を見るけど、『物足りない』と思う人がいても不思議ではないよね」
「ま、たしかに昨日は日が変わるまで調べまくったけど、全体を押しなべて見れば好意的な書き込みが多かったし、これを探し出すのに相当苦労したのは間違いないからねー」
「というか、それを調べ上げてくれただけでも有難いよ」
「そう言ってくれると嬉しいから、何か御褒美が欲しいな」
「あー、ヨシヨシ」
「幼稚園児じゃあないんですから、もうちょっとマシな物はないんですかあ?」
「紅華さんは妹みたいに可愛いからねー」
「わたしより1年近くも遅く生まれた人に妹呼ばわりされるとカチンと来ます、ぷんぷーん!」
僕は紅華さんの頭をナデナデしたけど、紅華さんは口を尖らせている。そりゃあそうだろうな、昨日は自分の事を「お姉さん」とか言って胸を反らしてたのに「妹みたい」とか言われながら頭をナデナデされたら、そりゃあ怒るよなあ。でも、本気で怒ってないのは僕にも分かる。なんだかんだ言いつつもニコニコしてるのが証拠だ。
「・・・やっぱり、『
「そりゃあそうですよ。あの鉄板、アツくないですよ」
「へっ?お好み焼きが焼けるのに熱くないって、どういう意味ですかあ?」
「違う違う。『熱くない』じゃあなくて『厚くない』ですよ。鉄板の厚みは熱の伝わり方に直接かかわりますけど、薄い鉄板と厚い鉄板では全然違うというのは誰でも分かるはずです。しかも、簡単に取り外せる物ですから、薄い方ですよ」
「あれっ?鉄板って、簡単に取り外せるの?」
「多分だけど、ニンニクたっぷりのお好み焼きとか、
「たしかに・・・」
「しかも、結構小さいというのが感覚的に分かると思います。実際、Lサイズを焼いたら鉄板を目一杯使ってたでしょ?『
「ナルホド」
「その鉄板だって、大人2人でようやく取り外せる物だったら、費用も馬鹿になりませんよ。アルバイト店員でも外せる程度の鉄板だと考えれば、案外薄いというのは容易に導き出せます。薄いという事は熱しやすく冷めやすい事になります。まあ、一般のお客さんが自分で焼く店ですから、鉄板が薄い・厚いで店側に文句を言う事は無いですよ」
「たしかにそうよね。焼肉だって、鉄板が薄い店は嫌だ、などと言う人は無いですね」
「要するに、焼く人が思い描く通りのお好み焼きが焼き上がれば問題ないんですよ。そのあたりは経験と長年の勘で如何様にもなります。要するに火加減と油加減ですよ。僕の年齢で『長年の勘』と言うと語弊があるかもしれないけど」
「陽子ちゃんとしては満足いく結果なのー?」
「それなりに、と言っておきます」
「頼むわよー、わたしたちだって結構な額を使ったんだからさあ」
「そこは僕も感謝してますよ。というか、申し訳ないです」
「あまり気にしないでね。昨日はタダで腹一杯食べさせてもらったから」
紅華さんも大芝山先輩も僕の肩をポンポンと叩いてるけど、ホント、
ただ、菊枝垂さんには申し訳ないが、彼女の欠点も僕には見えてきた。それは、菊枝垂さんと滝匂先輩とのやり取りで痛切に感じた・・・
そこを突けば『
「・・・それはそうと、マジでコーヒーに砂糖を4つも入れたら甘すぎなーい?」
糸括先輩が隣の青葉さんのコーヒーを指差しながらケラケラ笑ってるけど、それは滝匂先輩も同じで笑ってる。青葉さんはとにかく小さくなってるしか無いほどだ。
「はーー・・・コーヒーに砂糖は厳禁なんですかねえ」
青葉さんはションボリしてるけど、たしかにこの6人の中でスティックシュガーを4つも入れてるのは青葉さんだけだ。僕と大芝山先輩はミルクを1つ入れただけだし、紅華さんはミルクとスティックシュガーを1つずつだ。糸括先輩と滝匂先輩に至ってはブラックで飲んでるほどだ。
「・・・別にわたしはコーヒーに砂糖を入れるのが罪だとかは全然言って無いよー」
「そうだよー。別に悪いとは私も言ってないよー」
「個性だと思えばおかしくないよー」
「はーー、あたしはこれが普通だと思ってたけどー」
青葉さんはホントに下を向いてションボリしてるけど、そんな青葉さんの肩を大芝山先輩がポンポンと叩きながら、顔だけは紅華さんの方を見てニヤニヤしている。
「大丈夫だよー。紅華だって最初の時は砂糖を7本いれてたんだよー」
「お姉ちゃん!6本に訂正して頂戴!!」
「1本くらい誤差の
「1本の違いは大きいんです!そんな3年も前の話をここで蒸し返さなくてもいいでしょ!」
「怒らない怒らない。今は1本しか使ってないんだから、慣れれば大丈夫だよー」
「まあ、その点については、わたしも否定しないよー。要するにコーヒーの味わい方を知ったら、甘味よりも苦みを求めるようになるって事に・・・」
「・・・そうだよー。オレもそう思うぞー」
「そうそう、オレたちは砂糖がどーのこーのとか全然OKだから気にしてないぞー」
「女の子は2本3本でも全然問題ないっす」
いきなり話に割り込まれた格好だから、僕たちは思わず声がした方を見てしまったけど、僕から見て左のテーブルに座っていた、高校生か大学生と思われる男子3人組が・・・ちょ、ちょっと待て!こいつら3人、全員が眼鏡を掛けてるけど、絶対に同じ
しかも3人ともニコニコしながら僕たちのテーブルを見ている。というより、3人とも僕しか見てないように思えるのは気のせいですかあ?
「・・・君たち、もしかして高校生?」
「どこの高校?」
「オレたちに教えてほしいなあ」
そう言うと雨宿君たち3人はいきなり僕たちのテーブルに自分たちのテーブルをくっ付けてきた!しかも僕とは向い側に座っていた薄墨君と樺桜君は、立ち上がって僕の後ろに回ったかと思ったら、左右から手を伸ばしてリング・デ・ポンやオールファッションといったドーナツを乗せた皿を僕たちのテーブルに置いて上体だけ僕の左右に摺り寄せてきてるし、雨宿君は手前にいる大芝山先輩を無視する形で僕の前にオールファッションを置いたかと思ったら、僕に向かって「食べていいよー」「オレたちと話そうよー」とか言ってニコニコしている。
「・・・君、結構可愛いねー。しかもー、自分の事を『ボク』とか呼んでたけど、ひょっとしてボクッ子?」
「いやー、君、眼鏡を外したら
「それはオレも思った。一瞬、本人かと思ったくらいだけど、今日は東京でコンサートをやってるから別人なのは分かるけど、絶対に激似だよー」
雨宿君たちは、大芝山先輩たち5人の事は『眼中にない!』と言わんばかりに僕に擦り寄って来るから、僕は何を言えばいいのか全然分からなくて固まってます!
完全に無視された形の大芝山先輩は僕から見てもコメカミがピクピクしてるし、紅華さんは露骨に不機嫌そうな顔をしている。それは糸括先輩も滝匂先輩も同様で、明らかに冷めた目で雨宿君たちを見てるのが丸分かりだあ!
逆に青葉さんは、3人組が雨宿君たちだという事に気付いたようで、明らかに顔が引き攣っている!そりゃあそうだ、青葉さんだって自分の正体がバレるのはマイナスになる事はあってもプラスになるとは思えない。なぜなら、
僕は男である事がバレそうで、ホントに心臓が止まるかと思うくらいにビビったけど、そうならなかった。
何故なら・・・大芝山先輩が自分を無視された事に激怒して一気にコーヒーを飲み干したと思ったら、お皿の上にあったドーナツを鷲掴みして立ち上がって、本当に店を出てしまったからだ。それにつられる形で紅華さんたちも「じゃあねー」とか言って右手を振りながら立ち上がったし、青葉さんは目を全然合わせる事なく立ちあがって店を出て行った。僕も一言、「またねー」と言ってコーヒーを一気に飲み干すと、雨宿君たちを無視する形で席を立った。
雨宿君たちはポカーンと口を開けたまま、僕たち6人を見送る事しか出来なかった。
ただ・・・店の外で大芝山先輩がポツンと言ったけど「女である私たちを無視しただけでなく、突羽根君だけを一本釣りしようとする魂胆が見え見えで、腹が立ったと同時に自分が情けなくなった」という言葉が女性陣5人の本音だったようです・・・
その割に雨宿君たちのドーナツを全部持ち出してきた大芝山先輩の根性には感心しました!
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