第29話 従姉(いとこ)
母さんの事を『
つまり僕、
もちろん、母さんは本気で「お金を払ってよ」などと言ってない。その証拠にニコニコしながら言ってるし、静香姉ちゃんもそれを分かっているから、右手を頭の後ろに廻しながら笑ってる。
「・・・叔母さんもねえ、
「ですよねー。あたしも
「「はああああああああああーーーーーーーーーー・・・」」
母さんと静香姉ちゃんはそう言うと、タイミングを合わせたかのように、超長ーいため息をついた。
手毬姉ちゃんは今もお好み焼きと格闘してるけど、雅姉ちゃんはもう半分匙を投げた格好だ。
「・・・あのさあ、いくら教師だからといって、料理スキルがゼロの毬ちゃんに『お好み焼きで勝負しろ!』って、あまりにも酷すぎなーい?」
「そうだそうだ!私の身にもなって欲しいわよ、ぷんぷーん!!」
手毬姉ちゃんはお好み焼きを焼きながら、雅姉ちゃんは腰に両手を当てながら静香姉ちゃんに文句を言ってるけど、静香姉ちゃんは逆に澄ましている。
「あのさあ、あたしは
「「うっ・・・」」
「あたしが言い出す前に、菊枝垂本人が『負けたらソフトボール部に入ってもいい』って口を滑らしたというか、ポロリと言ってくれたから助かったけど、本当は『お好み焼き対決でも負けたなら、もう一度鍛え直してソフトボールで勝負したらどうだ?』とでも言ってやんわり誘導するつもりだったんだよー」
「「・・・・・」」
静香姉ちゃんはそう言って「はーー」と軽くため息をついたけど、その目は『鬼の早晩山』の目ではなく従姉の目だ。
「・・・菊枝垂の事は中学2年生の時からマークしてた。もしかしたら手毬ちゃんは知らないかもしれないけど、あいつは1年の時は
「「うっそー」」
「ホントだ。ストレートも重くて速いし、チェンジアップとスライダー、ライズボールを投げるサウスポーとして、
「あれっ?どうして?3年前ならバリバリの『鬼の早晩山』として浜砂市立高校を率いていたんでしょ?」
「たしかに『鬼の早晩山』とか言われてたのは認めるけど、あたしから見たら浜砂市立のソフトボール部の顧問は地獄だぞ」
「えーっ?それって、どういう意味?」
「だってさあ、練習試合で負けた位で親がブーブー言ってくるし、土日もソフトボール漬けで、お盆か年末年始くらいしか休ませてくれない。おまけに部員が40人を超えていて、実質3軍制で上下関係は目茶苦茶厳しい。3軍にも入れない子もいて、入部早々に文化部や帰宅部になる子は10人では済まないくらいの部だぞ。そういう子たちのフォローまでしてやってたら、4月と5月はハッキリ言って体が3つくらい欲しい位なんだから勘弁して欲しいぞー」
「「・・・・・」」
「その点、
「「まじ!?」」
「浜砂商業も県西部の公立では浜砂市立に次いで2番手、全体でも5本の指に入るからね。ようするに親やOGの圧力は浜砂市立と同じくらい凄いらしいよ」
「「・・・・・」」
雅姉ちゃんは食い入る様にして静香姉ちゃんの話に耳を傾けて聞いてるし、手毬姉ちゃんも同じく真剣な眼差しで聞いてるから、お好み焼きを焼くのをやめてしまった程だ。
「・・・話を菊枝垂に戻すけど、あいつの致命的な欠点は肩のスタミナだ。2イニング、3イニング程度なら力で抑える事が出来るけど、4イニング、5イニングとなると急に抑えられなくなる。要するに1巡目の時より速度や切れ味が落ちるから、バッターにとっては楽なのさ」
「「ナルホド・・・」」
「手毬は7回を一人で投げ切るスタミナがあるし、7回になってもストレートの威力が落ちない。さすがに延長9回になれば威力が落ちるのは誰でも当たり前だから責める気はないけど、3イニング程度しか投げられない
「「へえー」」
「浜砂市内とその周辺で女子ソフトボール部がある高校は、公立も私立も問わず、監督だけでなく中学の先輩たちも菊枝垂を熱心に誘ってた。それは浜砂市立も例外ではない。唯一の例外が
静香姉ちゃんはそう言ってケラケラと笑ったけど、たしかにその通りだから、僕や雅姉ちゃん、手毬姉ちゃんだけでなく母さんまで笑ったくらいだ。
でも、その静香姉ちゃんが急に超がつく程の真面目な顔に変わった。
「・・・ここから先の話は本来はプライバシーにかかわる事だから言うべきではないのかもしれない。だから寝言だと思って忘れてほしいけど、菊枝垂は関西の名門、
「「・・・・・」」
「この話は本人が言ってた事だがトップシークレットなのは間違いないけど、中学の卒業式の前日に『両親が離婚して経済的に私立高校ではやっていけない』という理由で、母親と祖母が桜ヶ丘女子学園へ行って入学辞退の話をしてきた、と中学の校長の所へ祖父を含めた4人揃って訪ねたらしいんだ。それが嘘か本当かを調べるのは問題があるから信じるしかないけど。でも、さすがに中卒では体裁が悪いから中学の校長と教頭があちこち手を尽くして2次募集の高校を探したら、丁度上手い具合に、今の家に一番近い
「それじゃあ、私のように好きで
「そうだな。でも、菊枝垂にソフトボールに対する未練があるのは分かってたから、ちょっと焚き付けた格好になったのは認める。だけどさあ、これ以上言うと愚痴になっちゃうけどー・・・」
「肝心な毬ちゃんが静香お姉ちゃんの想像を遥かに下回る不出来だから、逆に頭を抱えてるんでしょ?」
「雅ちゃんに言われるまでもない!それこそお好み焼きでも『鬼の早晩山』をやりたい気分だあ!!」
静香姉ちゃんはそう言って右手をブンブン振り回して気勢を上げてるけど、本気で『鬼の早晩山』をやる気ではないのは目を見れば分かる。雅姉ちゃんや手毬姉ちゃんも笑って受け流している。
「・・・あー、そうそう、蛇足になるけど、
「それで普賢象さんと菊枝垂さんが
「そういう事だ」
静香姉ちゃんはそれを最後に立ち上がった。「日曜日の8時半頃に迎えに来るけど、それまでに何とか勝負になるくらいまで鍛えてあげてね」と言って店を出て、赤い軽自動車で帰っていったけど、車に乗り込む前に「はーー」とため息をついていたから、半分以上
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