第18話 呑気

 僕は『MY高マイコー僻地へきち』とまで揶揄されているソフトボールグラウンドのファールゾーンの片隅に立っていた。


 僕は本当は帰りのショートホームルームが終わったら真っ直ぐに帰るつもりだったけど、みやび姉ちゃんがメールで「生徒会が終わったら連絡するから、それまで校内にいてね」などという、超ありがたい(?)事を言ってきたから、帰るに帰れなくなった。仕方なくといった感じで、手毬てまり姉ちゃんがいるソフトボールグラウンドで立っていた。

 いや、本当は僕は図書室へ行くつもりだったけど、アーリーが僕を半ば強引にソフトボールグラウンドに連れ出した、が正しい。でも、普通の人が見たら『女子の練習を見ている呑気な男子生徒』だろうね。

 今はフリーの打撃練習をやってるけど、打撃投手をやってるのは部長の大芝山おおしばやま先輩で手毬姉ちゃんは捕手キャッチャー役だ。練習中だから大芝山先輩の前には打球避けのネットが置かれてるけど、殆ど和気あいあいと言った感じで緊張感は全然見られない。というより、外野には青葉あおばさんを含めて5人、内野には4人の9人が打球の処理で立ってるけど、青葉さん以外の8人は、投球の合間に僕たちにグラブを嵌めてない方の手を振ってニコニコしているほどだ。

 僕たちはやる事がないから、打球の行方を目で追ってるだけなのだが・・・

「・・・ホント、手毬さんが言ってたけど、MY高マイコーのソフトボール部は呑気だよなあ」

「まあ、それについては僕も否定しないよ。だいたいさあ、打球の行方を追ってる人よりも手を振ってる子の方が多いって、何を考えてるんだあ?」

「それなりに可愛い子が揃ってるのは俺も認めるけど、真面目な話、俺とヨッコー以外に観客がいない。それに引き換え、女子のテニスコートには男子が殺到しているけど、ソフトボールグラウンドには全員が背を向けている。この差は何だあ?」

「仕方ないだろ?女子テニス部には、MY高マイコーで5年ぶりにインターハイに出場しただけでなく、全ての部を含めたインターハイでのMY高マイコー1勝目を記録したダブルスのペア、鞍馬くらま さくら先輩と名島なじま さくら先輩の通称『桜ペア』がいる」

「結局、可愛いだけではダメ!強ければ男が勝手に擦り寄って来るという典型的な例だよな」

「手毬姉ちゃんは一部では名前が知られているけど、MY中マイチューの時には一度も全国大会に行ってないから知名度はイマイチだよ。県選抜には2回選ばれたけど、どっちも1回戦で負けたから試合で投げたのは2年生の時、それも10点差コールド負けの時の1イニング7球だけの敗戦処理だからね」

「その時の手毬さんの最後の1球が119キロだったっていう話だろ?」

「そう。正しくはベンチのスピードガンの記録だから、正確かどうかは分からない。結構速い球だったらしいけど、公式記録じゃあないからね」

「今朝の菊枝垂きくしだれさんの言葉じゃあないけど、手毬さん一人が頑張ってもソフトボールはチーム競技だから、総合力で相手を上回らないと勝ち進めないのは俺でも分かる」

「『手毬姉ちゃんと一緒にソフトボールをしたい!』とか言い出す1年生がいる事を2年生や3年生、それに顧問の早晩山いつかやま先生も期待してたようだけど、今のところ部長の妹の紅華こうかさん以外に加入する1年生がいないって言うんだから、『手毬効果』を期待していた先輩たちはガッカリだろうね」

「その腹いせとばかりに、俺たちに手を振る事に熱を上げてるのかあ?」

「アーリーの目に叶うような大和撫子やまとなでしこがいるなら後で声を掛ければ?この調子なら130%の確率でカノジョになってくれるぞ」

「お前さあ、俺を揶揄ってるのかあ?」

「というより、何でアーリーはここにいるんだ?」

 僕はニヤニヤ顔でアーリーの方を向いたけど、そのアーリーは「はーー」と短いため気をついた。

「・・・本当なら俺は今頃、茶道さどう部の体験入部をしていた筈だぞ!」

「茶道部?何だそりゃあ?まさかとは思うけど高砂たかさご先生目当てかあ?」

「さすがの俺も、教師に手を出すのは絶対にマズいというのが分かってるぞ!」

「じゃあ、再質問だけど何で茶道部なんだあ?」

「大和撫子なら華道かどう部か茶道部、書道しょどう部の女の子に決まってる!その3つの中で男子が気軽に体験入部出来るのは茶道部だけだあ!」

「お前さあ、それって偏見だぞー」

「偏見でも何でもなーい!この3つの中で男子部員がいるのは茶道部と書道部だけど、昨日は旭山あさひやまとか日暮ひぐらしも茶道部へ行ったって自慢してたし、兄貴が言うには、茶道部の部長の増山ますやま先輩はみやび先輩と並ぶ3年生の双璧として有名なんだぞ!」

「はいはい、わかりました。よーするに茶道部の大和撫子を探しにいくつもりだったんだろ?」

「まあ、それは否定しない。2つ年上までは俺の守備範囲だ」

「だから高砂先生は守備範囲外だと言いたいのか?」

「その通り。俺を日暮ひぐらし旭山あさひやまと一緒にしないでれ!」

「それで、話は戻るけど、どうして茶道部ではなくソフトボール部なんだ?」

高台寺こうだいじのせいだよー」

「青葉さん?」

「そう。あいつ、『セブンシックスのカフェで我慢から、今日の帰りに奢れ。しかも砂糖4つとミルク2つだからな』とか言うんだぜー。完全に上から目線は勘弁して欲しいぞ、ったくー」

「それなら練習が終わってから合流すればいいだろ?」

「俺だってそうしたかったぞ!だけどさあ、『先に帰るのは許さん!ここで待ってろ!』とかブーブー言ってるから、仕方なくだぞ」

「はいはい、そういう事にして・・・」


 僕はアーリーとの話を無理矢理打ち切った。というより、アーリーが僕から目線を切ったから、僕もアーリーの目線の先を見たのだが、そこで僕は信じられない物を見た!


 なぜなら・・・手毬姉ちゃんは立ち上がって、制服姿の女子と何やら言い争いをしているけど、その女子の胸元にあるのは赤色リボン、つまり1年生だ。しかもその1年生が誰なのか、僕は一目で分かった!


♪♪♪~ ♪♪♪~


 はあ!?何でこんな時に電話が鳴るんだあ?しかもこの音は雅姉ちゃんだ!

 ここで出なかったら後で何を言われるのか、僕には全く想像出来ない。仕方ないから僕は大慌てでブレザーからスマホを取り出した。

「・・・もしもーし」

『はーい、お姉ちゃんでーす!今どこにいるのー?』

「随分呑気な事を言ってますねえ」

『そんな事はどーでもいいけど、早く質問に答えなさーい!』

「ソフトボールグラウンドだよ!」

『ソフトボール?あんたさあ、本気の本気でお姉ちゃんを振って高台寺さんに乗り換えるつもり?それとも大芝山さんあたりに「マネージャーをやってね」とか言われたのお?』

「どっちも違います!それより今、大変な事になってるんだからさあ」

『大変な事?何それ?』

「手毬姉ちゃんが口論してるんだよ!」

『口論?相手は誰?お姉ちゃんが仲裁してあげます!』

「仲裁できるようなら僕も苦労しない!」

『どういう事?』

「手毬姉ちゃんと口論してるのは・・・菊枝垂さんだよ!」

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