第16話 神様は罰を与えた

 そんな僕たちは舞姫まいひめ駅の中を歩いて学校へ向かっている。昨日と同様にJR通学組が合流してきたし、駅の北口から県道にかけては同じ西区の白妙しろたえ町や旧舞姫町からの徒歩組や自転車組、『浜砂舞姫高校前』のバス停で降りるバス登校組、さらには正門のあっち側からは対岸にあたる同じく西区の陽春ようしゅん町方面から歩いていくる子や自転車の子が次々と合流してくるのは同じだ。昨日と違うところは、僕を見る目だ。あえて表現すれば男子も女子も。ようするにに見られてるというのがアリアリと分かる。男子から見たら「そりゃあ無いだろー」、女子から見たら「勘弁してよねー」だろうけどね。みやび姉ちゃんがどう思ってるかはけど、僕は「勘弁してくれー!」と言いたい気分です、はい。


 僕たちは正門から生徒用昇降口に向かっているけど、その時、自転車置き場から数人の女子生徒が固まって歩いてくるのが目に入った。特にグループとは思えない態度だからホントに偶然の集団だろうけど、唯一の1年生の顔を見た瞬間、僕たち5人の足はピタッと止まった。

「あれは・・・」

大和錦やまとにしき、いや、菊枝垂きくしだれ!」

「まさかとは思うけど、高台寺はのかあ?」

「あったり前だ!『鉄は熱いうちに打て!』に決まってる」

「おー、格言を間違えなかったのは褒めてやる」

「あたしは誰かさんと問答している時間が惜しい!」


 そう言うと青葉あおばさんはアーリーにかばんと2つのスポーツバッグを押し付け、手毬てまり姉ちゃんの左腕を掴むと強引に引っ張っていた。手毬姉ちゃんはその拍子に鞄とスポーツバッグを落としてしまったし、「ちょっとー、勘弁してよー」とブーブー言ってるほどだけど、青葉さんは手毬姉ちゃんの抗議を無視して、その1年生女子の進路を塞ぐ形で立った!

 当たり前だけど、その1年生は青葉さんと手毬姉ちゃんがいきなり前に立った形だから、ビックリした表情で二人を見ている。いや、鞄とスポーツバッグを拾った僕だけでなく、雅姉ちゃんもアーリーも緊張した面持ちで3人を見ているし、周囲にいた他の生徒たちは「何があったんだあ?」と言わんばかりの表情で遠くから見てる。


「・・・あのー、わたしに何か用でしょうか?」


 その1年生女子は恐る恐るといった表情で手毬姉ちゃんたちに尋ねたけど、何となく口調に思えたのは僕だけだろうか・・・

 手毬姉ちゃんは「やめようよー」と青葉さんに言ってるのが僕の所にも聞こえてくるけど、青葉さんは手毬姉ちゃんをあえて無視して

「・・・1年5組の菊枝垂きくしだれ 朱雀すざくさんですよね」

「そ、そうですけど、それで、何かか御用でしょうか?」

「単刀直入に聞く!大和錦やまとにしき 朱雀すざくさんですよね」

 青葉さんは菊枝垂さんを真っ直ぐに見ているけど、手毬姉ちゃんは今でも青葉さんの腕を引っ張って「やめようよー」と言ってる。その菊枝垂さんだけど、ジッと青葉さんの目を見たまま沈黙している。


 しばし、時間が止まったかのような静寂が3人の間を支配してたけど、菊枝垂さんが「はーー」と短くため息をついたかと思ったら、ゆっくりと唇を動かした。

「仮にわたしが大和錦朱雀さんだったとして、何を言いたいのですか?」

「あたしが言いたいのはただ1つ!一緒にソフトボールをやろう!」

 それだけ言うと青葉さんは黙って右手を出した。手毬姉ちゃんは黙って菊枝垂さんを見ているし、僕たちも黙って菊枝垂さんを見ている。 

 やがて菊枝垂さんは「はーー」と軽くため息をついたかと思ったら歩き出した。

「正直に言いますが別人ですよ。たしかにわたしは大和錦さんと同じ名前で漢字も同じなのは認めますけど、わたしをわし中学随一の有名人だった人と同じにされると、正直カチンと来ないと言えば嘘になります」

 菊枝垂さんは顔を上げて歩いているが、明らかに視線は青葉さんや手毬姉ちゃんを見てない。いや、意識して視線を合わせないようにしていると思うのは僕だけだろうか・・・


 菊枝垂さんが青葉さんの横を無視するかのように通り抜けようとした時、青葉さんは菊枝垂さんの右腕を右手でガシッ!とばかりに掴んだ!

「放して下さい!」

「・・・故意にやった、と言ったらどうする?」

「!!!!!」


 青葉さんは冷たい目のまま菊枝垂さんに言ったが、その一言で菊枝垂さんが固まった。いや、僕の目には動揺しているようにしか見えない!

 青葉さんは菊枝垂さんをジッと見てるが、菊枝垂さんは視線を合わせる事なく前を見たままだ。

「・・・全国中学校ソフトボール大会の県予選準決勝、舞姫まいひめ中学対わし中学の試合は互いに無得点のまま6回の裏、1アウト満塁で打順は4番一塁手ファースト大和錦。準々決勝までで打率4割5分、本塁打ホームラン6本、しかも第1打席も第2打席も2塁打ツーベース、普通に考えたら勝負したくない。だけど塁は全て埋まってるから、歩かせる訳にもいかない。何故なら舞姫中学はそれまでノーヒットなのだから、1点を与えたら致命傷になるのは誰の目にも明らかだ!」

 青葉さんは怒鳴るかのように菊枝垂さんに言ってるが、それでも菊枝垂さんは青葉さんに視線を合わせない。いや、明らかにブルブルと震えているのが僕の目からもハッキリ分かるほどだ。

「あたしのサインに手毬ちゃんは4度も首を横に振った。そりゃあそうだ、あたしは初球にブラッシュボールを要求したからだ。下手をしたら死球デッドボールで押し出しだ。誰であろうと投げたくないのは分かる。だが、あたしは5度、同じ球を要求したから、手毬ちゃんも渋々だろうけど首を縦に振った。その結果どうなったかは、菊枝垂さんは知らないだろうけど大和錦なら知っていて当たり前だ!」

 青葉さんはそこまで言うと菊枝垂さんの手を放してジッと見ているし、手毬姉ちゃんも菊枝垂さんを見つめている。僕たちも黙って菊枝垂さんを見ている。


 菊枝垂さんはブルブルと体を震わせているが、それでも青葉さんや手毬姉ちゃんに視線を合わせようとしない。そんな菊枝垂さんが、ゆっくりと震える唇を動かし始めた。

「・・・大和錦さんは怒ってなかったですよ」

「・・・どうして分かるんですか?」

「・・・そりゃあそうでしょ?だって、鷲の尾中学は5番の突羽根つくばねさんと意識して勝負を避けていた。いや、本当は誰もが勝負すべきだと思っていたけど、勝つ為のとして黙って受け入れた。その証拠が第3打席までの連続のストレートの四球フォアボール。こう言うと失礼かもしれませんが、舞姫中学は4番の高台寺こうだいじさんを始め、ロクな選手がいない。突羽根さんがいなければ貧打の弱小チームだというのは、準々決勝までの試合内容を見れば素人しろうとでも分かるはずよ。実際、6回までに舞姫中学が出したランナーが突羽根さんしかいないというのが弱小チームの証明ね。というより大和錦さんはキャプテンとして本当は異議を唱えるべきだったのに、黙って監督の指示に従った事に対して負い目を感じてたって言ってましたから・・・」

「「「「「 ・・・・・ 」」」」」

「7回表もアッサリ3番、4番が凡退し、ランナー無しで突羽根さんの第3打席の時、1球目から舞姫中学だけでなく周りの観客からもブーイングが起きた。3打席連続のストレートの四球フォアボールで、とうとうブーイングは止まらなくなった。それで動揺したんでしょうね、そこから連続の四球フォアボールで2アウト満塁。ボテボテの三塁前のゴロが結果的に舞姫中学の初安打ヒットになって、周りは完全に舞姫中学贔屓ひいきになった。になって、9回表の攻撃が始まる前には大会関係者までベンチに来る騒ぎになりましたから、さすがに第4打席は勝負に出ましたけど、その結果をは知っていて当たり前です。結果的に9回裏に3対2、とはいえ、誰一人として笑顔の子はいなかった。周りからは白い目で見られるし、決勝はボロ負けで恥の上塗りをしたって、ため息混じりで言ってました。全国大会へ行けなかったんだから、準決勝で正々堂々と勝負してアッサリ負けた方が良かったんだ、神様は罰を与えたんだって、大和錦さんは言ってましたよ」

はどうなんですか?」

「大丈夫ですよ、1か月ほどでから。もっとも、あの第3打席がになりましたけどね」

「そうですか・・・」

「大和錦さんは突羽根さんが故意にぶつけたとは思ってないですよ。あの直後、突羽根さんは顔を真っ青にして茫然としていたし、誠心誠意、謝っていたのは本人が一番分かってましたから」

「あの件に関しては、サインを出した捕手キャッチャーのあたしに責任の大半がある。もし本人に会う機会があれば、代わりに謝っておいて欲しい」

「大和錦さんは舞姫中学のバッテリーを恨んでないです。卑怯な勝負を吹っ掛けたのは鷲の尾中学の方ですから。大和錦さんはあの時以来、勝つ事を強いられるのが嫌になったと口癖のように言ってたのは知ってます。もっとも、大和錦さんはでソフトボールをする気はないみたいですよ」

 それだけ言うと菊枝垂さんは黙って歩き出した。顔は正面を見据えたまま、決して青葉さんや手毬姉ちゃんを見る事なく・・・

 青葉さんは菊枝垂さんを止める事もなく黙って見ていた。手毬姉ちゃんは最後まで一言も喋る事なく菊枝垂さんを黙って見ていた・・・


 この菊枝垂さんの態度で、僕も菊枝垂さんイコール大和錦さんだと確信したけど、最後の言葉の意味だけは分からなかった・・・

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