第10話 天国みたいな高校

 そんな僕とみやび姉ちゃんのやり取りを見ていて、手毬てまり姉ちゃんと青葉あおばさんは『ククッ』と忍び笑いをしてたけど、手では相変わらずスマホをいじっている。どうやら写真を拡大しているようだ。

「・・・他人の空似かもよー」

湾西わんさい市内から桜岡さくらおか高校や浜砂市立に通ってる子は結構いるけど、ほとんどが野球やサッカーといった運動部だからね」

「でもさあ、この5組の子が本当に大和錦やまとにしきさんなら、絶対にソフトボール部の大芝山おおしばやま先輩が黙ってないよー。やっぱり別人かなあ」

「というか、どうして手毬ちゃんは入学式前からソフトボール部の練習に参加してたんだあ?こんな超弱小校なのに」

「あー、それはねえ、雅お姉ちゃんが同じ2年8組だった大芝山先輩に喋っちゃったのよー」

「はあ!?」

「それでー、MY中マイチューの卒業式前から大芝山先輩と当時の顧問でお姉ちゃんのクラスの担任だった手弱女たおやめ先生が押しかけて来て、私も根負けした格好なのよねー。まあ、3月末で手弱女たおやめ先生が浜砂商業高校へ行ったから、今は浜砂市立高校から来た早晩山いつかやま先生に変わってるけど」

「あたしまで引っ張ってきたのは手毬ちゃんの責任よー。責任取りなさいよー」

「それも雅お姉ちゃんだよー」

「はあ?」

「だってさあ、8割程度の力で投げたって誰も受けられないなんて、私もマジで自分の目を疑ったよー。それでー、雅お姉ちゃんが推薦の形で青葉ちゃんを手弱女先生に教えたから、手弱女先生が青葉ちゃんのお父さんに頭を下げたって格好なのー」

「はーー、うちのお父さん、若い女の先生に頭を下げられたら『おう、任せとけ!』とか言わんばかりに張り切っちゃうからねー」

「そういう事だからゴメンねー」

「だからといってさあ、あたしがソフトボールをやってるのに、これが本物の大和錦で、しかもノホホンと他の部に入ったら納得できないよー」

「だからあ、責任の大半は雅お姉ちゃんにあるから、雅お姉ちゃんにカッコいい先輩を紹介してもらえばー」

「あー、それはいいかもー。でもヤマアラシ先輩はナシだからねー」

 手毬姉ちゃんと青葉さんはそう言ってニヤニヤしながら僕の後ろに立っている雅姉ちゃんを見てるけど、その肝心な雅姉ちゃんは顔を明後日の方に向けて口笛を吹いている。どう考えても、雅姉ちゃんは青葉さんをソフトボール部に無理矢理引き込んだ犯人だと自覚しているとしか得思えない!

 そりゃあないだろ、雅姉ちゃん、無責任すぎますー


 雅姉ちゃんは『これ以上突っ込まれたらヤバイ!』とでも思ったのか、右手を軽く振って食堂を出て行ったから、恐らく購買にパンを買いにいったんだろうけど、相変わらず手毬姉ちゃんと青葉さんはアーリーのスマホを手でいじりながら話し続けている。

「・・・ところで、この際だから手毬ちゃんに聞いちゃうけど、どうして桜岡高校を蹴ってMY高マイコーにした?桜岡高校の試験を受けたのはMY中マイチューの子ならみんな知ってたから、逆に手毬ちゃんがMY高マイコーにしたって聞いたら全員が耳を疑ったよ。全教科0点でも取らない限り、桜岡高校が不合格通知を出すのは絶対にあり得ない!」

「私は家に一番近いからMY高マイコーにしただけだからねー」

「はあ!?」

「ま、半分冗談だけど半分本当」

「ますます意味不明」

「だってさあ、桜岡高校にしたら、MY中マイチューの時より早く起きるのは確実だよー。あそこは朝練から始まって土曜日もあるし、日曜日だって自主練習と言いつつ強制よー」

「はーー、あんたらしいわね」

MY高マイコーで土曜日に練習してるのは野球部やサッカー部といった男子の運動部の一部で、日曜日は全部の部が休みだよー」

「たしかにMY高マイコーは、初代校長の『部活動は競争するために存在しているのではない。活動するために存在している』のモットーが受け継がれてるのは、このあたしでも知ってる位だから、文部科学省から見たら優良校かもしれないけど、それが超弱小校と言われる由縁ゆえんだよー」

「野球部もサッカー部も万年1回戦校として有名で、公式戦に勝ったのは2回か3回だった筈だし、他の運動部も男女問わず似たり寄ったりの成績しか残してない。ソフトボール部に至っては、創部15年で公式戦で勝った事が無いどころか引き分けも無いとして、県内ではだけど、逆に言えばスポ根とは無縁の、ただ単に『やりたいけど他の学校ではやらせてもらえない』という生徒たちの救済校になっちゃってるけどねー」

「そんな高校に、全国の強豪校からスカウトが殺到する手毬ちゃんみたいな子が入ってくれば、そりゃあ誰でも飛びつくよねー。あたしが顧問だったら、本人と親に土下座してでも入部してもらうだろうね」

「でしょ?ある意味、勝敗に拘らなくてもいいチームだから、こーんな天国みたいな高校、行かない手はないわよー」

「あんたさあ、まさかとは思うけど今でも根に持ってる?」

「うーん、持ってないと言えば嘘になるけど、根に持ってるのは大人の方だよ」

「大人の方?」

「えーとー、上手く説明できなんだけどー、『勝利至上主義』とでも言おうか、勝つためなんら何でもアリ!要するにエゴ丸出しで、それを選手に押し付けるのが当たり前。従わないなら使わない、去れ!というのが平然とまかり通るのが嫌になったというのかなあ。だけど、ここにはそういう物が無い。勝てなくてもいいからやりたい、やれるだけで幸せという人たちが集まってくる。私もMY中マイチューの時は結構勝ちにこだわってたのは認めるけど、あの子たちを見てたら、勝つために試合をするのが嫌になった。もう、あんなプレッシャーの中でやりたくないからMY高マイコーにした」

「スポーツ推薦で私立高や強豪校に入れば、勝つ事を強いられる。それが嫌だからMY高マイコーにしたって言いたいの?」

「そう言う事!」

「随分呑気に言ってるけど、そのせいで、あたしは髪もギターを手放さざるを得なくなったんだから、手毬ちゃんは責任を取って誰かいい男を紹介しろ!これは命令だあ!!」

「青葉ちゃんなら黙っていても言い寄って来るわよー。まあ、イザとなったら大芝山先輩の伝手で誰か紹介してもらうっていう手もあるけど」

「あの大芝山先輩が紹介してくれると思う?あたしらに向かって『MY中マイチュー出身の1年生でもいいから誰か紹介してくれー』とかマジ顔で泣きついてきた先輩に期待する方が無理だぞ」

「というか、誰もカレシがいないんじゃあないの?他の先輩も私や青葉ちゃんに『お願いだから紹介して!』て言い寄って来る位だから」

「はーー、たしかに野球部の専用グラウンドが県道の向こう側の養鰻池ようまんいけ跡地に作られた時に、旧練習場の有効利用で作られたような部活だから、あーんなグラウンドまで足を運びたがる男子がどこにいると思う?あたしが男なら可愛い子がいても絶対にいかない」

「その話はまた後で考えるとして、本当に大和錦さんかどうか調べる手はないの?青葉ちゃんはフルネームを知ってる?」

「大和錦 朱雀すざく

「さっすが青葉ちゃん!」

「キャッチャーというのは対戦する相手のデータを常にインプットしておかないと話にならない。手毬ちゃんのように球を投げてるだけとは違うんです!だから男を紹介しろ」

「その話は後でって言ってるでしょー」

「はいはい、約束だぞ。それより福禄寿ふくろくじゅ日暮ひぐらしに、あー、日暮以外でも誰でもいいから、この5組の女の子の名前を聞き出せ!早く!!」


 結局、アーリーは手毬姉ちゃんと青葉さんから急かされるようにして日暮君たちMY中マイチュー出身の子に連絡を取って名前を聞き出したのだが・・・

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