第5話 明日以降が思いやられる

「ヨッコー!お前さあ、目立ちすぎ!!」

「そんな事を僕に言われても困りますー」


 その日の夕方、場所は『夢見草ゆめみぐさ』。

 今日は入学式だけで終わりだから、僕と手毬姉ちゃんは写真を撮ったら下校した。今日の母さんはそのままオフの形だけど、後半は僕が明星みょうじょう伯母さんとバトンタッチする形でお好み焼きを焼いている。

 午後の5時半頃だったかなあ、いきなり店にフラッと来たのがアーリーだ。

 今はカンウンターに客がいないから、アーリーは「いつもの!」の一言でカウンター席を占拠状態だ。


「・・・たしかにみやび先輩は中学の時から世話焼きだったのは俺も知ってるけど、あんなにぶっ飛んでたかあ?」

「僕だって困ってますー」

「お前さあ、そんな事を言ってる場合かあ?」

「どういう事?」

「ヨッコーは知らないかもしれいけど、うちの兄貴が言うには、雅先輩、MY高マイコーで1、2位を争う位の美少女で、噂ではファンクラブまであるらしいぞ」

「まじ!?」

旭山あさひやまとか熊谷くまがいといったMY中マイチュー出身の奴が俺にコッソリ言ってたぞー。相当数の2年生、3年生の先輩たちを敵に回したって」

「そんな事を僕に言われてもー」

「まあ、お前が雅先輩の弟なのはMY中マイチュー出身者なら誰もが知ってるから『羨ましい』で終わりだろうけど、これが赤の他人だったら、それこそ明日の登校と同時に血を見たかもな」

「えーっ!」

「というのは言い過ぎかもしれないけど、お前、恥ずかしくなかったか?」

「恥ずかしいどころの騒ぎじゃあないぞー。手毬てまり姉ちゃんまで調子に乗って雅姉ちゃんの真似をするから、顔から火が出るかと思ったよー」

「まあ、たしかに手毬さんまで調子に乗って雅先輩と同じ事をするとはヨッコーも思ってなかっただろうけど、美人ママと美少女姉の3人に囲まれて、他の連中から見たら羨ましいを通り越して『アホじゃあないのか?』だろうな」

「はあああーーー・・・」


 たしかに雅姉ちゃんはMY中マイチュー、つまり舞姫まいひめ中学時代以前から世話焼きだったのは僕も認めざるを得ない。でも、今朝のように僕の部屋まで来て起こしに来るなどというのは、幼稚園の頃を別として考えれば無かった。MY高マイコーに入って暫くはMY中マイチューの時と同じだったけど、雅姉ちゃんが1年生の夏休み明け位だったかなあ、その頃から急にベタベタし始めたのは事実だ。


 い、いや、その理由を僕は知っている・・・

 その事に僕はだけなのかもしれない・・・


 僕はアーリー注文のお好み焼きを焼き上げると、アーリーの前に置いた。

「・・・サンクス!」

 アーリーはそう言ってから箸を右手に持ってお好み焼きを食べ始めたけど、一切れだけ食べて手を止めた。

「・・・そう言えば、ヨッコーに見せたい物があった」

「見せたい物?」

 僕は有明君が言った言葉の意味が全然分からなかったけど、そのアーリーは自分の右側の席に置いた、上着代わりのパーカーのポケットからを取り出した。

「あれっ?スマホ?」

「そう。春休み中に欲しかったんだけど、俺のお気に入りがイーオンのdocodemoに無くて、昨日の夕方になって入荷したっていう連絡が入ったから、入学式が終わったその足でイーオンまで母さんの車で行ってきた」

「へえー」

「という訳で、名誉ある第1号として、お前に俺の番号とアドレスを教えてやる」

「名誉ある第1号とか言われてもなあ」

「何を言う!俺はいずれ日本を飛び出し、世界で最も有名なVチューバーとしてパリやロンドン、ニューヨークの超高層マンションのオーナーになる!その俺が家族以外で番号を教えた名誉ある第1号として、突羽根つくばね陽光ひかるを指名したからには、本来なら泣いて喜んで欲しいくらいだぞ!」

「どーもありがとー」

「ヨッコー!もっと感謝の意を込めて言え!」

「そんな事を言われてもー」

 はーー、ホント、アーリーはドデカイ夢があって羨ましいよ。僕には『夢見草ゆめみぐさ』の次期社長と言えば格好いいけど、ようするに、お好み焼き屋の主人になる事はほぼ確定路線ですから、MY高マイコーを卒業したら、せいぜい調理師専門学校で免許を取るくらいですからねえ。

 僕はレジの横に置いてあったスマホをアーリーに渡して、そのままアーリーが僕のスマホを操作してデータ通信をした。機種は違うけど同じdocodemoだから、基本操作は同じだ。

 アーリーは再び右手の箸を動かし始めたけど、そのアーリーが僕の方を見ながら

「・・・そう言えばさあ、ヨッコーはどの部に入るつもりだあ?」

「うーん、今のところは帰宅部だよー」

「お前、帰宅部が楽しい?」

「というか、いつまでも婆ちゃんに朝から晩まで店に立っていられてもねえ」

「あー、たしかに。もう四捨五入すれば80なんだろ?」

「そう。母さんだけでなく伯母さんたちも分かってるから、『夢見草ゆめみぐさ』をどうすべきなのか真剣に考えてる」

「四女の息子に両親が作った店を任せてもいいのか、という事だろ?」

「そういう事。ほとんど僕で決まりなんだろうけど、特に長女の新珠あらたま伯母さんは責任を感じてるからね」

「ヨッコーが俺に言いたい事は何となく分かるけど、俺には別次元の話にしか聞こえないからイマイチ、ピンと来ないんだよなあ」

「だろうね、そこは仕方ないよ。僕だって正直、実感がない・・・」


”ガラガラー”


 その時、店のドアが勢いよく開いたから、僕は話を中断して店のドアを見たけど、ドアを開けたのは・・・あれっ?青葉あおばさん?

「・・・よお、高台寺こうだいじ!」

「あっちゃあー、まさか2日連続で福禄寿ふくろくじゅが店にいるとは思わなかったよー」

「固い事を言うなよー。折角1年7組のMY中マイチュートリオそろい踏みなのにさあ」

「それについては福禄寿の言ってる事が正しい」

 そう言うと青葉さんは店のドアを閉めたけど、今はアーリー以外は誰もいないからカウンター席を自由に選べる。青葉さんはKUMAのスポーツバッグをアーリーの左の席に置くと、その左側、つまりアーリーとは1つ席を空けて座った。

「・・・高台寺、お前さあ、こういう時は隣に座るのが物語のベタな展開だろ?」

「お生憎様。あたしが福禄寿の隣に好んで座ると思ってたの?」

「思ってた。ホント、空気読めよー」

「空気を読んだからこそ、1つ空けたというのを理解して欲しいなあ」

「あー、そうですか、そりゃどーも」

「そこに座ってたのが陽光ひかる君だったら、あたしも喜んで座ったんだけどなー」

 そう言ってから青葉さんは右手の人差し指をビシッと突き立てながら「ノーマル1枚!」と言ったから、僕も「りょーかい」と答えた。青葉さんはニコッと微笑んでるけど、アーリーは「ひゅー」と軽く口笛を吹きながら

「いいなあ、俺もモテモテになりたいぜー」

「福禄寿には妖怪か幽霊がお似合いよー。リアルの女の子は勿体ない」

「フン!高台寺には魔王サタンか閻魔大王えんまだいおうがお似合いだ」

「お生憎様、あたしはリアルの人間の男にしか興味ないから」

「お前さあ、自分の顔を鏡で見た事があるのか?」

「あるわよー。あたしほどの美貌の持ち主なら、男を選び放題!」

「ほお、大きく出たなあ。雅先輩より自分の方が上だと自信持って言えるのかあ?」

「あんたさあ、いくら何でも雅先輩とあたしを比べないでよー。あたしもお姉ちゃんも、雅先輩と手毬ちゃんには勝てないっていうのが分かってるからさあ。というより今日の入学式の時に、あんたの目には手毬ちゃん以上の子がいたの?」

「いんや、残念ながら。ただ・・・」

「ただ?」

「俺じゃあなくて旭山あさひやま琴平ことひらといった連中の話を信用するなら、5組に一人、気になる奴がいるらしい」

「あらー、じゃあ、あたしが1年生ナンバー2かナンバー3で確定?」

「はあ!?お前は1年生ワーストで十分だ」

「ひっどーい!」

 青葉さんはそう言って口を尖らせたけど、別に本気で怒ってる訳ではなさそうだ。それにアーリーも言ってる事は結構辛辣だけど、顔は笑っている。こいつらの掛け合いはいつもの事だから僕も全然気にしてないし、二人とも喧嘩腰でないのが何よりの証拠だ。僕に言わせれば青葉さんも結構可愛いですよ。さすがに雅姉ちゃんと手毬姉ちゃんが相手では分が悪いのは認めるけど。

「・・・雅先輩より1ランクどころか3ランクも4ランクも下の高台寺がヨッコーの隣に座ったら、雅先輩がお前を突き飛ばすだろうなー」

「あー、その話、結構リアルかもー」

「あれっ?高台寺も知ってたの?」

「知ってたも何も、手毬ちゃん、ソフトボール部の先輩たちから結構揶揄からかわれてたよー」

「あらあらー」

「中学でソフトボールをやってた子なら、浜砂市内だけでなく周辺でも手毬ちゃんを知ってる子は結構いるからね。部長の大芝山おおしばやま先輩の妹の紅華こうかちゃんが手毬ちゃんと同じ1組になったから、その子からの情報として練習を始めるから大騒ぎしてた所へ手毬ちゃんが登場したから、最初は練習そっちのけでホントにイジラレまくりだったよ」

「へえー」

「しかも写真付きで送られてきたから、突羽根君も『可愛いー!』とか『カノジョいるの?」『双子なの?』『紹介してー』って、先輩たちも言いたい放題だったからね」

「ヨッコー!明日は登校と同時にハーレム確定だな」

 はあああーーー、勘弁してくれよなあ。僕は普通に3年間過ごせれば十分だったのにさあ。まあ、たしかにカノジョはいらない!とか言ったら嘘になるのは認めるけど、僕は地味系の、それこそ雅姉ちゃんや手毬姉ちゃんのように目立つ子とは反対の大人しい子なら誰でもいいんだけどなあ・・・

「・・・あー、そうそう、突羽根君に見せたい物があった」

 青葉さんはそう言うとスポーツバッグに手を伸ばしたけど、そのスポーツバッグから出てきた物は・・・スマホだった。

「・・・いやー、あたしも本当は春休み中に欲しかったけどー、昨日になって入荷してたって電話があったから、入学式が終わった後にイーオンのdokcodemoへ行ったんだよねえ」

「あれっ?高台寺、もしかして俺と入れ違い?」

「はあ!?あんたさあ、まさかと思うけどdocodemoとか冗談でも言わないでしょ?」

「冗談でも何でもない事実だ」

「マジ勘弁してよー。これで機種まで同じだったら、あたしはお先真っ暗よー」

「安心しろ!さすがに別だ」

「助かったー」

「まさかと思うけど『福禄寿君、あたしとLINEしよう』とか言って俺に頭を下げるつもりかあ?」

「はあ!?あんたが『高台寺さん、俺とLINEしてくれ』とか言って土下座しても絶対に拒否!1億円差し出したら検討位のレベル」

「その割に堂々と見せてるとは、俺に教えてくてウズウズしてるとしか思えないぞー」

「あんたに教えてやる気はないけど、陽光ひかる君になら喜んで教えるわよ、フン!」

「あー、そうですか、じゃあ、俺も高台寺には教えてやらない、フン!」

「その方が助かる。メモリーの無駄遣いをしなくて済んだからね」

「俺もメモリーの無駄遣いをしなくて済んだ。感謝するぞ」

 おいおいー、お前らさあ、こんな事で意地を張る必要もないだろー。

 結局、僕があーだこーだ言って二人を宥めたから、僕もアーリーも青葉さんも互いの番号とアドレスを交換し合ったけど、ホント、こいつら10年経っても全然変わってないよなあ・・・


 アーリーも青葉さんも何だかんだいいつつも、お好み焼き1つで閉店直前まで店内にいたのは事実だけど、さすがに閉店時間を過ぎても店に居座るような非常識な事はしないで帰った。

 それにしても・・・アーリーや青葉さんが言ってた事が事実だとしたら、明日以降が思いやられるぞ、はあああーーー・・・

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