第1話 魔王が移住!?

 平和っていいなぁ。決して裕福ではないけれど、それでも俺はこの日々が大好きだ。


 毎日が充実していると、心にも余裕が出来てくる。なんだか気持ちがいい朝だ。よし、今日も頑張ってたくさん木を切ってこよう。


「よし、行くか……!」

 仕事へ行く準備を終え、俺は荷物を持って立ち上がった。

 ドアを開け、外の新鮮な空気を吸いながら、きちんと戸締まりをする。


「ふう、やっと着いた」

 俺は基本は毎日仕事に行くので、それなりに森に近い家に住んでいる。だから15分くらいで着くけれど、それでも疲れるものは疲れるのだ。

「今からが大変ってのに、こんなとこで疲れてどうすんだ!俺!」

 自分を鼓舞して仕事に取り掛かろうとした、そのとき。


 ブォーーーン


 なんか、空に黒い未確認物質が浮かんでるんですけど!?


 ブォーーーーン


 わわわ、なんかでっかくなってる、ど、どうしよう!?


 ブォーーーーーン


 ん?誰かが出てきてる?


 そう気づいた次の瞬間、その「誰か」がこちらに気が付き、俺の目の前に一瞬で降りてきた。


 うわこの人めちゃくちゃ可愛いな。俺の目の前に降りてきて、もしかして俺のこと好きなの?赤髪でポニーテール。最高ですね、ハイ。

 上から下まで嘗め回すように見ていると、俺は重要なことに気が付いてしまった。


 …やばい、こいつ魔族だ。魔族っぽい服着てるし、なんか仰々しいオーラも感じるし。しかもかなり強い。戦いをしない俺でも分かるくらい、圧倒的に強い。たぶんだけど。

 俺が恐怖に震えていると、彼女は口を動かし始めた。


「▋▇█▇▆▅▉▇▄▇▊▁▃▎▇▅▇」


 …えっと?そうか。魔族だから言葉が違うんだ!えっと、どうしよう!?パニックになってきた!

「あ、えーっと・・・えーっと・・・こんにちは・・・・・」


 …絞り出しで出たのがたったこれだけだった。もう俺、終わったな。アドリブって苦手なんだよな。きっと殺されるんだろうな。これまでの人生、楽しかったなぁ。


「ああ、すまない、言葉を間違えてしまった。困らせてしまい申し訳ない。私は魔王軍幹部のララリア・スカーレットだ」

 俺が走馬灯を見ようとしていると、彼女は人語を話し始めた。


 魔族って人の言葉も喋れるのか。教育が行き届いてるなあ。

 …なんて感心している場合じゃなかった、彼女と言葉が通じたところで状況は大して変わっていない。しかも魔王軍幹部って。どうりで強そうなわけだ。


「お前は、このあたりに住んでいるのか?」

 俺がどうすればいいか考えていると、彼女、ララリアが質問を投げかけてきた。

「はい、そうです。俺はこの近くに住んでいるクロニス・ドールといいます。魔王軍幹部の方がこんな遠くまでいらっしゃって、何かあったんですか?」

 言葉づかいに気を付けて、おそるおそる質問を返す。


「ああ、今日からここが魔王様の定住地となる。今から魔王城をここへ移動するためにここまで来たんだ」

 ……え?そんなこと初めて聞いたんだが!?

 と、とりあえず理由を訊いておこう。何か策が見つかるかも。

「どうしてここに移住を決めたんですか?」

「近年、魔王城付近の冒険者が強くなってきてきたからな。あまり強い冒険者がいない場所へ行きたかったんだ。さらにここは自然が美しいからな。それで魔王様がお気に入りになられたという訳だ」


 俺が長年手入れをしていた森が、魔王様に気に入られた!!やったーー!

 ……じゃねえよ!!ふざけんな!!俺が愛をこめて育ててきた森を、そう簡単に渡せるか!!!しかも家近所だし、嫌だよ魔王城徒歩15分の立地!

 おっといけねえ。ハイになっちまったぜ。こんな時こそ冷静にいこう、冷静に。


「ここは俺の森なんで、退いていただきたいんですが」

「私に言うな。魔王様の決めたことだ、魔王様に直接言ってくれ」

「そんな!すぐ殺されるに決まってますよ!」

「…魔王様はお前たち人間が思っているような人格ではないぞ。お優しいんだ、あの方は。話くらいは聞いてくれるさ」

 お優しいんだったら、勝手に人の森に移住しないだろ!

「なら、一度会って話をしてもいいですか?」

 怖いけど、こんな所に魔王城なんて建ったら俺の生活はもちろん、町のみんなの生活も脅かされちまう!

「分かった。なら魔王様の所へ連れていこう」

「もう一度だけ確認しますけど、魔王様はお優しくて問答無用で殺したりしない方なんですよね…?」

「まあ、基本はそうだな」

「基本は!?」


 そういう訳で、俺は魔王城に行くことになった。




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