決着
「何を出すかと思えば……俗物らしい卑猥な創魔だな。その図体、俺のゴールドタイタンに対抗したつもりか?随分と甘く見られたものだな!」
特異な創喚には驚かされたが、このスライムにはあの女ほどの脅威は感じない。こちらを撹乱するために敢えて巨大な姿で創喚したのだろう。アイゼンはマルクの思惑を見抜き、口元に笑みを浮かべた。
「何を怯んでいる、さっさとかかれ!その図体に惑わされるな!」
「ぁ、…ははっ!」
怯む、と言うよりは見惚れていたと思われる護衛達はアイゼンの一喝によって覚醒。思い出したようにクリスタルへ向かって襲い掛かった。
「うぉおおおーーーッ!」
創魔相手ならば遠慮は無用。鞘から鋭い刃を抜き放ち、護衛達は一斉にクリスタルの軟体へと刃を突き立てーーーられなかった。
「うおおっ!?」
剣を弾き返された護衛が勢い余って後ろに倒れた。刃を受けたクリスタルの身体は形状を変えて刃を受け止め、ボヨンと力強い弾力によって弾き返したのだ。
クリスタルの身体に一切の負傷は無い。スライムの時のような液体ではなく、今のクリスタルの身体はゼリーのような個体に近い。刃を受けても傷付かない柔軟性とゴムのような弾力性を併せ持つ、凄まじい防御力を誇っていた。
「クリスタルさん、怪我をさせないようにお願いしますね!」
「ーーーーー!」
「く、来るぞっ!?」
「ま、待っ……どわぁあああーーーーッ!?」
為す術もなく奮闘する護衛達に向かって、クリスタルは腕を振るう。遠心力によって伸びた腕は、まるで巨大な鞭となって護衛達を薙ぎ払った。いくら強固な鎧を纏っていたとしても、その衝撃から完全に身を守れるはずもない。およそ半分ほどの護衛達がこの一撃でダウンすることとなった。
「ええい、何を遊んでいる!さっさと片付けてしまえ!貴様達、この俺に不甲斐ない姿を晒してタダで済むと思うなよ!」
「う、うおおおーーーーッ!」
アイゼンからの発破を受けて、残りの護衛達が殺到する。先程と同じように薙ぎ払うのは簡単だが、加減を間違えれば怪我をさせてしまうし、かといって弱すぎては制圧出来ない。別の手段を講じる必要があったが、既にクリスタルはその術を持ち合わせていた。
「クリスタルさん、お願いします!貴方の力を見せて下さい!」
「ーーーーー!」
マルクの呼び掛けに呼応して、クリスタルが大きく身体を震わせる。すると、地面に広がる流体がそれぞれ意思を持ったかのように幾つも立ち上がり、人型のような形状へと変わっていく。
「こ、これは……っ!?」
その光景に、アイゼンも絶句。彼と護衛達の前には、一糸乱れずズラリと整列したスライムの兵士達が立ち塞がっていたからだ。
その姿は人間のサイズまで縮小したクリスタルの姿そのものだが、身体は半透明のゼリー状の鎧を纏っている。アイゼンの護衛達を遥かに上回る人数が整然と隊列を組むその様相は、まさに女王を守護するロイヤルガード達。マルクが配下を指揮するアイゼンの姿から着想を得たことによって込められた、クリスタルの持つ能力であった。
その威容を前に恐れる護衛達の前に、一際凝った形状の鎧を纏うスライムの兵士長が立つ。勿体ぶるような仰々しい動作で腰に提げた剣を抜き、高々と掲げて見せた。
「じょおーさまとあるじさまにあだなすろーぜきものたちめ。そのぶれい、だんじてゆるすまじ。じょおーさまのいかりをうけるがいい!」
その瞬間、掲げていた剣を勢いよく振り下ろしてその剣先を護衛達へと向けた。
「とつげきーーーー!」
「う、うわぁあああーーーーッ!?」
どこか間伸びした舌足らずな掛け声と同時に、スライムの兵士達が動揺する護衛達へと殺到した。
「く、来るぞ!応戦しろ!」
「な、何だコイツら、剣が効かないぞ!?」
「お、押すなバカ!おわぁあああッ!?」
護衛達は手にした剣で抵抗しようとするが、刃を通さない身体を持つ兵士達に効果は無し。ヌルヌルの液体を纏う兵士達によって押し込まれ、さらに突撃した兵士達とは別に後方から粘液塊を投げつける兵士達によって粘液塗れになった衛兵達は滑って転んで大混乱。もはや総崩れとなって集団としての機能を発揮してはいなかった。
「…何だ、これは……俺は何を見せられている……」
何故、何故こんなことになった。たった一体の創魔によって覆された圧倒的優位。立ち尽くすアイゼンの前に、ヌルヌルになった護衛が転がり込んできた。
「だ、ダメです、アイゼン様!このままでは……!」
「この役立たず共が!こうなれば……!」
人質は逃されたが、まだ手段はある。今度はゴールドタイタンが抑え込んでいる創魔を人質に、再び主導権を握ればいい。
そう考えて、頼りのゴールドタイタンを見上げるアイゼン。だが、飛び込んできたのはゴールドタイタンに向かって手にした王笏を振り上げるクリスタルの姿であった。
「なっ!?や、やめーーー」
「ーーーー!」
クリスタルの持つ渾身の力で振り抜かれた王笏による一撃に、金属同士がぶつかり合った甲高い残響音が響き渡る。想定外の一撃に意表を突かれ、よろめくゴールドタイタン。なんとか倒れず堪えたようだが、後退りしたその足下から、紫電を纏いながら立ち上がった人影があった。
「随分と好き勝手してくれたな……この代償は高く付くぞ」
長時間押さえ付けられたことによるダメージの影響か、足下をふらつかせ、ゆらりとレティシアの上半身が揺れる。だが、ゴールドタイタンへと向けられた瞳から戦意は全く失われていない。
「来い、デカブツ。陳腐な想像力の産物たる貴様との性能の違いを教えてやる」
有り余る力を振るうことが出来なかったことによる溜まりに溜まったフラストレーション。その矛先を向けられたゴールドタイタンは無機物の身体に存在するはずのない恐怖心を初めて体感することとなった。
「ご、ゴールドタイタン!先に奴を片付けろ!」
レティシアの強さをよく知るアイゼンの指示に従い、ゴールドタイタンが握りしめた黄金の拳を眼下のレティシアに向かって振るう。頭上から巨大な拳が向かってくる様は、まるで黄金の隕石。
「芸が無い。その図体に任せて手足を動かすだけが貴様の限界だ」
レティシアならば難なく避けることは可能だっただろう。だが、レティシアはそれをしない。苛立ちと、そしてマルクを傷付けられたことによるマグマのように湧き立つ怒りが、彼女の握る拳にさらなる力を宿した。
「おおおおおッ!!」
拳を振りかぶるレティシアの肘部分の噴射口から噴き出す炎。機構によって加速する拳は一瞬にして音速に達し、レティシアは真っ向から自身の何倍もあるゴールドタイタンの拳に文字通りのマッハパンチを叩き付けた。
衝突の瞬間、一瞬嵐のような衝撃波が巻き起こる。レティシアの足下の石畳が砕け、破片が四散する。その体格差は圧倒的で、まるで象と鼠。普通に考えれば鼠に勝ち目など皆無なのだが、レティシアの膂力は体格では決して測れるものではなかった。
「な……っ!?」
ぐらりと体勢を崩したのは、ゴールドタイタンの方であった。後ろに倒れたゴールドタイタンの身体が、背後にあった廃墟ごと薙ぎ倒して瓦礫に沈んだ。
それを追うように、レティシアのジェットパックが火を吹いた。横たわったゴールドタイタンの頭上へと一気に飛び上がり、その眼下に巨体を捉えた。
「目には目を、だ。さんざん我を踏み付けてくれたのだ。貴様も同じように踏まれるのが道理だろう」
「ま、待てっ!それ以上はーーー」
「聞く耳持たんな」
アイゼンの制止を意に解することなく、噴射口から吐き出す炎に任せてレティシアは一気に急降下。装甲を輝かせ、一直線に降下する姿はまるで一条の流星。レティシアはゴールドタイタンまでの距離を一気に詰めてーーー着弾した。
「わぁあああーーーっ!?」
「ぐっ……!?」
ミサイルでも落ちたような、地面を揺るがすほどの衝撃と瓦礫、砂埃がカーテンのように舞い上がる。足下すら見えないほどの煙幕に包まれて、衛兵達も大混乱に陥る中、徐々に晴れてきた砂埃の中から、その光景は飛び込んできた。
「見た目の割に脆いな。御立派なのは図体だけか」
光となって消えていく黄金の残骸を蹴り、砂埃を払ってレティシアが現れた。
「俺の……俺のゴールドタイタンが……」
「ま、まさかアイゼン様の創魔が二度までも……」
「な、何者なんだ、あのガキ……」
力の象徴たるゴールドタイタンを力によって捩じ伏せられ、消失したことによってアイゼン達の戦意は底に達した。クリスタルの軍勢に押しやられて一塊にされた護衛達も、そしてアイゼンも言葉を失って立ち尽くすことしか出来なかった。
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