新しい友達

大通りでは持ち前のヌルヌルボディを活かしてアイゼン達の足止めに一役買った功労者だが、今回は違った。スライムは全身をプルプルと震わせたかと思えば、どういう原理なのかその場で跳躍。そのままアイゼン目掛けて飛び掛かった。


「うおっ!?」


突然の急襲に驚いたか、スライムによる胸部への体当たりによってバランスを崩し、マルクを狙ったアイゼンの振り上げた一撃は空を切る。だが、中途半端な攻勢は彼の怒りに油を注いだだけであった。


「この雑魚が……煩わしいぞっ!!」


スライムは地面に着地したのと同時に、怒りに打ち震えるアイゼンによってサッカーボールのように蹴飛ばされる。大きく放物線を描いて飛んでいったスライムはべちゃりと地面に落ち、まるで力尽きたように地面の上に薄く水溜りのように広がった。


「大丈夫ですか、スライムさん!スライムさん!」


とっさに駆け寄り、マルクはスライムを掬い上げる。感情表現が乏しい存在のため察することは難しいが、かなりのダメージを受けていることは間違いない。既に原型が崩れ始め、マルクの指の間からポタポタと液体が滴っている。


本来、創魔は創喚師の魔力無しでは現界することは出来ない。だが、マルクの創喚術は自身の魔力ではなく魔導書に込められたレティシアの膨大な魔力を使用しているため、マルクの意思とは関係なく現界することが出来たのだろう。


「僕を、守ろうとしてくれたの……?」


自ら現界した理由は、それ以外に考えられない。マルクの危機を察知し、自身が戦闘向きの能力を持たないことを承知で危険を顧みず彼を守ったのだ。


だが、このままでは、スライムの命が尽きるのも時間の問題か。スライムを癒す手段をマルクは持ち合わせていない。何か手段はないか、懸命に思案していたその時、スライムが崩壊途中の身体の一部を触手のように伸ばしたかと思えば、マルクの額にペトリを触れさせた。


「……っ!?」


その時、マルクの頭に直接テレパシーのように何かが流れ込んでくる。それは彼の思考の中で、まるで清廉な乙女のような、透き通る美しい声で何度も言葉を繰り返した。


貴方を守りたい。貴方を助けたい。もっと一緒にいてあげたい。貴方を残して、ここで消えるわけにはいかない。もっと、力があれば。貴方を守ることの出来る力があればーーー


それは恐らく、スライムが持つ願い。その言葉を聞いた瞬間、マルクの脳裏にある光景がフラッシュバックする。


「…僕、描くよ」


スライムの言葉は、炎に包まれた村の中でレティシアがマルクに伝えたものと同じであった。そして、その呼び掛けに応じてマルクはレティシアに今の肉体と力を与えることが出来たのだ。


そうだ、自分には力を与えることの出来る手段がある。魔導書に描かれたスライムにさらに手を加えれば、新たな力を与えることが出来るはず。既に創魔として創喚されたスライムに影響を与えることが出来るのかは定かではないが、試してみる価値はある。


マルクはスライムを目の前の地面に置くと、開いた魔導書のスライムを描いたページに手にした炭を走らせる。何を描くのか、全く想像はついていない。ただスライムの感情と目の前の光景をエッセンスに、湧き上がる衝動に任せて描いていく。


「そのような雑魚を差し向け、俺をここまで虚仮にするとは……後悔させてやる!おい、奴を痛め付けてやれ!」


「は、ははっ!」


アイゼンによって差し向けられた護衛達がマルクへと迫る。手にした剣は鞘に収まっており、殺すつもりは無いようだがタダでは済まないことは間違いない。だが、その時には既にレティシアはマルクの意図を読み取っていた。


「阿呆共が……!」


ゴールドタイタンによって押さえ付けられるレティシアは唯一自由に動かせる尻尾を鞭のようにしならせ、割れた石畳の破片を弾き飛ばした。狙いは完全にレティシアから意識を外しているアイゼンーーーではない。


「ぐああッ!?」


弾かれた破片は、アイゼン達から離れた場所で少年を人質に取る護衛の兜を弾き飛ばす。その瞬間、少年を捕縛する腕が離れた。


「走れッ!振り返らずにさっさと消えろ!」


「お、おうッ!」


叫ぶレティシアに触発され、少年は戸惑いながらも一目散に広場から走り去る。これで、行動を制限する人質は居なくなっーーー


「ちっ……何をしている役立たずがッ!ゴールドタイタンッ!」


「ぐぅ……ッ!」


人質は逃したが、レティシアだけは自由にはさせまいとゴールドタイタンがさらに重量が掛ける。もはや立っていられるような状況ではなく、のし掛かる重量に負けてレティシアはその場に膝をついた。


だが、レティシアの目的は自身が自由になることではない。その間、アイゼンと護衛達の意識は完全にレティシアへと向けられた。


それは時間にして、およそ十数秒程度。時間稼ぎと呼ぶにはあまりにも短い時間だったがーーーマルクにはそれだけあれば十分だった。


「…出来た」


マルクが擦り減った炭を置く。スライムが描かれていた魔導書の紙面には、元の絵に描き加えられた新たな絵が描かれていた。


新たな姿を得て、ほぼ液体と化していたスライムの全身が光に包まれる。光の塊となったスライムは惑星の重力から解放されて宙に浮き、徐々に質量を増しながら太陽のような眩い輝きを放ち始める。


新たな身体には、新たな名を。立ち上がったマルクは手にした魔導書を掲げた。


「もう一度、僕に貴方の力を貸してください。僕の……新しい友達。来てください、クリスタルさん!」


光は極光の域に達し、その場にいる全員の視界を埋め尽くした。直後、巻き起こる地面を揺るがす小さな地響きと、広場に涼やかな空気が流れた。


「な、何が起こったんだ……?」


降り注ぐような光が収まった後、誰もが微かな不安と共に瞳を開きーーー驚愕した。


「う、うわぁあああーーーーッ!?」


そこに居たのは、ゴールドタイタンに対峙するかのように聳える巨体。降り注ぐ夕陽を乱反射させる身体は透き通った半透明で、しっとりと潤った表面はぷるぷると波打っている。


恐れ慄く護衛達を見下ろすのは、高貴な気品に満ちた美女の持つ水晶のような瞳。地面に届くほどに長い髪と、大きく張りのある釣鐘状の双房。そこからすらりと伸びる美しいラインの腰へと繋がり、ふっくらとした臀部から先は流体となってスカートのように地面に大きく広がっている。


その半透明の身体に纏うのは、豪奢な装飾の施された黄金の王笏と金刺繍のガウン。そして、頭には黄金のティアラがキラキラと夕陽を浴びて輝いている。


その姿は、まるで一国の頂点に君臨する女王。いや、女王であるという認識は間違いではないだろう。マルクが描いたのは、スライムの上位存在とも言うべきスライムの女王。即ち、クイーンスライムなのだから。

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