黄金の騎士
体格は一般的な男性の平均身長よりも少し高いレティシアよりも大きく、その全身の至るところに鷲や獅子を象った装飾や宝石のようなものが施され、兜や肩部はまるで物語に出てくる魔王の鎧のように禍々しく所々が鋭く隆起している。
鎧の内部はぽっかりと空洞になっているが、確かな腕力を持って手にしているのは鎧とほぼ同等の大きさがある黄金の大剣。黄金の騎士鎧は全く重量を感じさせない動作で大剣を持ち上げると、それをマルク達へと向けて構えた。
「金色の、鎧……?」
「何が出て来るかと思えば……目が痛いな。アレの自己顕示欲が具現化したような、陳腐な見た目だ。貴様もそうは思わんか?」
「え、えーっと……」
動揺するマルクと、眩しそうに瞳を細めながら不機嫌そうに腕組みをするレティシア。相手が貴族である時点でこうなる展開は予測出来ていたのだが、彼女にしてみれば半ば期待を裏切られて興醒めといった心境なのだろう。
そして、レティシアの言葉通り、黄金の鎧騎士はお世辞にもデザインに優れているとは言えない。どうすれば強そうな見た目になるだろうか、と方向性も何も無い五里霧中の中で手当たり次第にあらゆる要素を取り付けた結果のような、そんな創喚した者の屈折した美的感覚が伝わってくるかのようだ。
「くっくっ……今更後悔したところでもう遅い。俺の最高の創魔がお前達を血祭りにしてくれる」
「これで最高か。ほう、まるで赤子の積み上げた積み木のような造形だな。まるで創喚者の屈折した精神性が垣間見えるようだ」
「だ、ダメですよレティシアさん。感性は人それぞれなんですから、あまりそういうことを言っては……」
「い、行けっ、やってしまえゴールドブランド!奴らを粉微塵に切り刻んでしまえェッ!」
アイゼンの怒号混じりの指示に従い、黄金の騎士鎧はガシャガシャと音を立てながらマルク達へ向かって一直線に駆け出した。その動作は重装とは思えないほど早く、顔も何もない空洞の奥からは纏わりつくような殺気が伝わってくる。
見た目に多少の難はあれど、その硬度は紛れもなく黄金そのもの。弓はもちろん、並の刃では歯は立たず、目の前の相手をその巨大な大剣で一刀両断にするのだろう。
対して、レティシアの武装のほとんどは破壊力はあれど広範囲に影響がある。このような街中で使おうものならば、周囲一帯が瓦礫の山に変わってしまうことだろう。即ち、今の彼女はサラマンドラの時とは違い、強力な武装に頼ることは出来ないのだ。
「れ、レティシアさん……!」
「下がっていろ。それ以上傷を増やされては爺に何を言われるかわからん」
マルクを自身の後ろへと押しやり、レティシアは黄金の騎士鎧に対峙する。何か武器を手にするでも、身構えるでもなく、ただ腕組みをしながら接近してくる相手を見据えていた。
「はははっ!もはや勝負にもならないことを察したか!俺の創魔、ゴールドブランドに平民が敵うはずないからな!お前達では決して得られぬ力の強大さを思い知りながら死んでいくがいい!」
「随分と強気だな。創魔が扱えることがそれほどまでに愉快か?」
「ああ、愉快だとも!お前達が無様に斬り捨てられる様を見られるのだからなァッ!」
「ふん、そうか……それは、残念だったな」
レティシアがそう呟いたその直後、ガクンと前のめりになりながら黄金の鎧騎士の歩みが止まった。いや、正確には止まったのではない。鎧騎士の両足は未だに動き続けていたーーー地面から僅かに浮いた状態で。
「なっ……!?」
想像もしていなかった光景に絶句するアイゼン。彼の視界には、黄金の鎧騎士の胴体を貫いて生える巨大な円錐状の突起物が映っていた。
それを辿ると、レティシアが纏うローブの足下に続いている。その正体は、彼女の持つテイルブレードの先端部分に取り付けられた円錐状の装置。レティシアは一瞬にして尻尾を具現化させ、ゴールドブランドを貫いたのだ。
装置は青白い光を発しており、かなりの高温に達しているのか立ち昇る熱気が周囲の景色を歪ませる。恐らく、その光が鎧騎士の装甲を融解させ、刺し貫いたのだろう。レティシアは伸ばした尻尾を引き寄せ、鎧騎士が闇雲に振るう大剣が届かない位置で止めた。
「創魔が自身の専売特許とでも思ったか?あいにくだが……こちらもそうだ」
「や、やめ……!」
レティシアは拳を振り上げると、力任せに串刺しにされた鎧騎士へと叩き付けた。その衝撃はまるで大砲。胴体を大きくひしゃげさせながら鎧騎士は各部位をバラバラに飛散させ、音を立てて地面に転がった。
鎧騎士は再び立ち上がることもなく、そのまま霧のように掻き消えてしまう。自慢の創魔が霧散した一部始終を、アイゼンはただ信じられないといった表情で見つめていた。
「創魔に込めたイメージが浅い。ブリキか何かかと思ったぞ」
「レティシアさん、大丈夫ですか……?」
「ああ、何も問題は無い。それより見たか、マルク?これが貴様の意思を押し通す力だ。この我がいる限り、貴様は自身が思うがまま在ればいい。それがよくわかったか?」
「そ、それは……」
マルクは恐る恐るアイゼンを見る。未だに目の前の光景が信じられないのか、茫然と立ち尽くしている。彼の創魔は恐らくそこまで強いものではなかった。だが、彼は紛れもなくこの街を動かす貴族の一人であることには違いない。
その貴族の意向に逆らい、その創魔を打ち倒したのだ。それがどれだけ凄まじい状況なのか、レティシアに出会うまでのマルクには想像も出来なかったことだろう。
「…こ、今回だけですからね。穏便に済ませることに越した事はないんですから」
「ああ、それには同感だとも。だが、我は貴様の意思に関わらず、それが貴様のために必要とあれば躊躇なく力を振るう……よく覚えておけ」
レティシアがマルクの耳元で囁く。彼女の力があれば、何でも思うがままだろう。ヒトの持つ欲望を艶かしく刺激するようなその言葉に、マルクはゾクリとした感覚を覚えた。
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