反撃、そして…

「ノクシス、今は状況を詳しく説明をする暇はないが……いけるな?」


「ダンナの頼みとありゃ喜んで……と言いたいところだけどさぁ。ちょっと一言いい?」


その勇ましく威圧的な姿には似つかわしくない、親しみすら感じさせる少年のような声がワイバーンの口から飛び出した。


本が喋るくらいなのだからワイバーンが喋っても不思議ではないのだが、いくら知能に優れるドラゴンでも喋れるなどとは聞いたことが無い。ここは普通のワイバーンではなく創魔だから、と考えるべきだろう。


「ダンナが一番わかってると思うけどさぁ、オイラはダンナを運ぶか話し相手になる以外はてんでダメだってのは知ってるだろ?ここは普通に考えてゼムナスの兄貴かシャクティの姉御の出番じゃん」


「すまないな、ノクシス。私もこんなことになるとは想定していなかったのだ。今は持ち歩いていたお前しか頼れん。私の恩人を救うためにも力を貸してくれ」


「あ〜……はいはい。ダンナにそう言われちゃ断れないよなぁ〜……そんじゃ、いっちょ頑張ってみますか!」


そう言うが早いか、ノクシスは両翼を羽ばたかせて上空へと飛び上がった。それを追ってサラマンドラが炎を吐き掛けるが、ノクシスは空中で踊るように炎を避けている。


「ダンナぁ!コイツは思ってたより相当ヤバそうだ!骨と皮しかねぇダンナが焼かれたら一瞬で昇天しちまうぞ!気を付けろよ!」


「わかっている!お前も油断をするんじゃないぞ!」


サラマンドラがノクシスに気を取られている隙を突いて、リカルドもまた剣を手にサラマンドラへと接近する。その動作に全く老いは感じられず、リカルドの存在に気付いたサラマンドラが迎撃するかのように大きく腕を振り上げたが、リカルドは身を翻しながら難なくそれを避けてみせた。


「おおおっ!」


リカルドは片目を潰されたサラマンドラの死角へと回り込みながら鋭く剣を一閃。刃は柔らかい肉を難無く切り裂いたが、分厚い肉の壁はサラマンドラの内蔵まで至ることはなく、反撃のためにサラマンドラが大きく息を吸い込んだ。


「ノクシスッ!」


「はいはいっと!」


それを察知したリカルドがノクシスへと呼び掛けた瞬間、ノクシスは彼の頭上へと降下。リカルドがその足に掴まると同時に飛翔した直後、その足下をサラマンドラの炎が焼き払った。


「そぉらっ!隙だらけなんだよっ!」


無防備なサラマンドラの頭上目掛けて急降下したノクシスが、スピードと全体重を掛けて踏み付ける。鋭い爪が突き刺さり、サラマンドラの頭部から文字通り真っ赤に燃える血流が流れ出すと、さらにダメ押しとばかりにリカルドの剣が鼻の上に突き立てられた。


「ーーーーーーーーッッ!?」


これにはたまらずサラマンドラが悲鳴のような声を上げて立ち上がると同時に手当たり次第に炎を吐いたが、その頃には既にリカルド達は離れている。サラマンドラの射程圏内から逃れたリカルドは、再びマルクに背を向けるようにノクシスから手を離して着地した。


長年の経験の賜物か、淀みの無い流れるような連携。炎を吐き、尻尾を薙ぐサラマンドラの攻撃を全く受けることもなく、リカルド達は一方的な攻勢を見せていた。


これならば、勝てるかもしれない。その光景を前にすれば誰しもそう思うことだろう。だが、一人だけーーーいや、一冊だけは違った。


『…………』


レティシアは、リカルド達の戦いを見定めるかのように沈黙していた。出来ることならば、このまま押し切ってしまえと思ってはいる。しかし、そう確信出来ない気味の悪い予感のようなものをレティシアは感じ取っていた。


「なんだ、立派なのは図体だけじゃん。完全な見掛け倒しだなぁ。これなら楽勝だな、ダンナ」


「…いや、油断をするな!」


余裕綽々のノクシスへと、リカルドが鋭く檄を飛ばす。その直後であった。


「ーーーーーーーーッッ!!」


唐突にサラマンドラが咆哮を上げる。同時に全身から噴き出した炎はまるで衣のようにサラマンドラを包み込み、吹き荒れる熱風が容赦なく押し寄せ、その勢いはサラマンドラを直視できないほどであった。


「こりゃヤベェ!ダンナぁ、オイラの後ろに!」


「むううッ!?」


リカルドがとっさにノクシスの背後に回ると同時に、ノクシスが翼を壁のように広げて熱風からリカルドとマルクを守った。周囲の空気や地面が有り得ないほどの熱を帯びているのがわかる。熱風が直撃していたら、恐らくタダでは済まなかったことだろう。


「あちゃちゃちゃッ!?こりゃヤバい!オイラの鱗が焼けちまうよ!」


「こ、これは……!」


リカルドの声色に焦りが浮かぶ。彼らの目の前に鎮座するサラマンドラが、変異していたのだ。


背中から噴き出す炎は尻尾の先に至るまで高く、大きく燃え上がり、胡乱げな瞳は一変してリカルド達に対する明確な怒りが渦巻いている。今までは恐らく、魔力の消耗をセーブしている状態だったのだろう。しかし、リカルド達という強敵の出現により命の危機を感じ取ったことをトリガーとして、そのリミッターを外したのだ。


幾人もの命を燃やし尽くして得た力を解放したサラマンドラから伝わってくる圧力は、先程までとは比較にもならない。周囲の熱気によるものとは違う、冷たい汗がリカルドの頬を流れ落ちた。


「…ノクシス、私の身に何かあった時は、せめてその子を連れて逃れるのだ。そして、陛下にこの有事を伝えるのだぞ」


「ちょっとダンナ、いくら何でもそりゃ縁起が悪いってモンじゃ……」


「来るぞッ!」


サラマンドラが纏う炎の一部がゆらりと空中に浮かび上がったかと思えば、炎の槍へと形状を変えてリカルド達へと放たれた。とっさにリカルドを守ろうと翼を広げるノクシスだったが、その火力は先程の比ではなく、炎の槍は易々と翼膜を貫いた。


「いっ……てぇえええーーーーッ!?」


「ノクシスッ!」


ノクシスの翼を貫いた炎の槍は、その背後にいたリカルドに迫ったが、彼は素早く身を屈めて炎の槍を避けた。しかし、ノクシスの翼は大きな穴を穿たれてしまった。これでは飛行することは難しいだろう。


しかも、サラマンドラの攻撃はそれだけに留まらない。リカルド達がサラマンドラへと視線を向けると、サラマンドラの周囲には既に同様の炎の槍が幾つも浮かんでいたのだから。


「お、……おおおおッ!!」


直後、一斉に放たれる炎の槍をリカルドは避け、弾く。しかし、その全てを捌ききれるはずもなく、炎の槍は彼の身体の端々を抉り、焼く。ノクシスも懸命に両翼を振るって炎の槍を捌いてはいたものの、先程のダメージのせいか動きは鈍く、鱗を焼かれた。


「っ、ダンナ、危ねぇッ!!」


その刹那、サラマンドラの開かれた口から炎が吐き出される。火力を増した紅蓮の炎は、まともに受ければ人体など一瞬で灰にされてしまうことだろう。それを察してか、ノクシスは防戦一方のリカルドの盾となるかのように立ち塞がった。


「ノクシスッ!」


「ぐぁあああーーーーッ!!」


炎は一瞬でノクシスを包み込み、彼の絶叫が響き渡る。直後、サラマンドラの突進が火達磨となったノクシスを捉え、鈍い音と共にリカルドの遥か後方へと吹き飛ばした。


「お、おのれ……うぐぉッ!?」


反撃に移ろうとしたリカルドを、サラマンドラの尻尾が薙ぐ。胴に直撃を受け、弾き飛ばされたリカルドは地面の上を三転、四転と転がっていき、遂には手にしていた剣すら手放して地面に横たわった。

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