竜公


「ーーーーーーーーーッ!!」


後ろ足で立ち上がり、炎を吐きながら怒りに満ちた咆哮を上げるサラマンドラ。大きく開かれた口蓋から炎を吐き出すその様子は、まるで火山の噴火。しかも、夜空を真っ赤に焼き尽くした炎はマルク達の周囲へと火山弾のように降り注ぎ、炎の壁となって彼らを取り囲んだ。


『おのれ、小癪な真似を……!』


周囲からの熱気が肌を焼く。これで退路は完全に塞がれてしまった。もっとも、今のマルクが動けるような状態ではない以上、既に逃走という選択肢は残されてはいなかったのだが。


「ふむ……あの様子、魔力の供給がなされていないようだ。周囲に創喚した者の姿も無し。創喚して放棄したのか、或いは……どちらにせよ、放置は出来んな」


魔力によって存在をこの世界に繋ぎ止めている創魔は、魔力の供給が無ければ、ただ本能のままに他者から魔力を貪るだけの化け物に成り下がる。また、強力な創魔ほど、維持のために必要となる魔力は多くなる。あのサラマンドラも、かなりの飢餓状態に陥っているようであった。


このままでは村一つを喰い尽くした後、さらなる獲物を求めて近隣の村や町を襲うだろう。ここで食い止めなければ、際限なく犠牲者は増えるばかりだ。


「マルク君、ここは私に任せておきなさい。それと……先に謝っておこう。私は、キミに一つだけ嘘をついてしまった」


グウェンは立ち上がって地面に落ちていたレティシアを拾い上げるとマルクの膝に置き、意味深な台詞と共にサラマンドラへ向き直った。


傍から見れば絶望的な状況である。よほどの好機、奇跡でも起きない無い限り、グウェンの勝率は万が一にも有り得ないだろう。だが、彼の表情に諦めの色は微塵も無い。もう誰も傷付けさせはしない。そんな意志を露わにサラマンドラと対峙していた。


「そうあれと願われ、創喚された汝に罪は無い。だが、これ以上陛下の愛する無辜の領民を傷付けることは断じて許さん。私と、そして我が友の手で、汝を縛る悪しき誓約から解放してやろう」


グウェンは剣を抜き、そのまま構えるかと思えば切先を地面へと突き立てた。


同時に、周囲を不可視の奔流が渦を巻く。大気がざわめき、炎が揺らぐ。それはグウェンを中心に収束しているかのようであった。


『この感覚……マルク、よく見ておけ。これが創喚術というものだ』


レティシアの言葉に静かにマルクが顔を上げると同時に、グウェンが高々と右腕を掲げる。その瞬間、彼の指先に収まる翡翠色の宝珠を備えた指輪が、煌々と神秘的な輝きを放ち始めた。


「咆哮を上げよ!爪牙を研げ!我が盟友、天空を翔け、邪悪を打ち払う誇り高き勇壮の翼よ!竜公、リカルド=ヴォルテクスの名の下に、今ここに顕現せよ!来い、ノクシスッ!」


その瞬間、輝きはグウェンの指輪を離れ、夜空へ向かって一直線に飛び上がった。それはまるで、夜空を翔ける一筋の流星。その輝きは失われることなく、さらに光り輝いて真っ暗な夜空のキャンパスを白く染め上げた。


その光から感じ取れるのは、生命の煌めき。ぼんやりと光の軌跡を追うマルクの瞳に輝きを映しながら、光は少しずつ増大し、やがて馬ほどの大きさまで成長を遂げると、少しずつその形状を変化させていった。


左右に大きく広がる翼と、長く伸びる尻尾と首。何らかの生物の形を取った直後、天へと昇る光は唐突にその軌道を変え、ぐるりとマルク達の頭上を旋回すると、彼らのいる地面目掛けて急降下してきた。


着地とほぼ同時に砂塵が巻き上げられ、マルク達の視界を遮る。だが、続けて巻き起こる烈風によって、一気に砂塵は周囲へと吹き飛ばされた。


『ほう、これは……』


鮮明となったマルクの視界に映るのは、いつの間にかグウェンの隣に立つ大きな生物の姿であった。照らされる鱗は煌めくような翡翠色をしており、両腕の翼を威嚇するかのように広げ、丸太のような尻尾が鞭のように地面を打つ。猛禽類のような鋭い眼差しを正面のサラマンドラへと向けるそれは、一般的にワイバーンと呼ばれる翼竜の姿であった。


そして、グウェンが口にしたリカルド=ヴォルテクスという名前。何年もの間、人から人へと渡り歩き、海を越えてきたレティシアは、その名前には聞き覚えがあった。


その名は、王都の治める領地に住む者ならば幼い子供だって知っている。王都において、公爵家の中から選ばれた『守護者』と呼ばれる五人の創喚師達。その長であるとされるのが、公爵家の一つ、ヴォルテクス家の当主である。


他国のけしかけた創魔の軍勢をたった一人で殲滅する等、その功績は数えればキリがないが、これまでに幾度となく王都の危機を救い、地上最強の生物として知られるドラゴンの創魔を使役することから、国王より『竜公』という称号を賜った英雄。その名前こそ、リカルド=ヴォルテクスなのだから。

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