不穏な訪問者

分厚い皮の外套を羽織り、腰の辺りから剣の柄が覗いているところを見るに、恐らく冒険者だろうか。長い白髪を肩の辺りで束ねており、高齢の割に大柄な体格のせいか武人のような静かな闘気のようなものが感じられる。


しかし、マルクを見下ろす新緑色の瞳は春風のように優しく、まるで自身の孫を見つめているかのようだ。間違いなくマルクは彼と初対面なのだからそんなことは到底有り得ないのだけれど。


「冒険者さん……ですよね。どうかしたんですか?」


「突然訪ねてしまって申し訳ない。実は港町から王都に向かう途中で陽が落ちてしまってね。何とかこの村に辿り着いたのだが、今夜の宿が見付からないのだ。村の人からキミの家ならば泊めてくれるだろうと言われて訪ねてきたのだが……」


心底困り果てた表情を浮かべた老人は見た目に反した温和な口調でそう語る。行商人ならともかく、何の名物も見所もないこの村にわざわざ街道を外れてまで訪れる人間なんてほとんどいないため、村には宿が無い。


そもそも港町から王都までの道は徒歩で半日ほど掛かるため、道中で陽が落ちるような時間であればおとなしく街で宿を取るのが懸命だ。


この辺りを行き来する者ではあれば半ば常識のようなものだが、自身の探求心に任せて各地を放浪する冒険者にそれを言うのは酷というものだろう。


「おばあちゃんに聞かないとわからないですけど、多分大丈夫だと思いますよ。僕からもお願いしてみます」


『お、おい、ふざけるな!我の身体を創喚する約束はどうした!それに、こんな何処とも知れん輩を安易に招くなどお人好しにも程があるぞ!』


レティシアが怒り心頭といった様子で怒鳴ってくるが、マルクは完全にそれを無視。この場で優先されるべきは、いつでも出来る創喚より目の前の人助けである。


「ああ、助かるよ。断られたら寒空の下で野宿をしなければならないところだった。おっと、そういえば自己紹介が遅れてしまった。私はリカーーーごほんっ!」


いきなり妙なタイミングで咳払いをする老人。何となく先ほどのレティシアの様子と既視感を覚えたマルクだったが、恐らく気のせいだろうと流しておいた。


「はい?」


「おっと、すまない。私は……うむ、グウェンだ。よろしく頼む」


「はい、よろしくお願いします」


マルクはグウェンと握手を交わす。彼の年期の入ったシワだらけの手の中はゴツゴツとして固く、昔は王都の兵士だったと語る村の老人の手の感触とよく似ている。かなりの期間、武器を手にした者でなければなり得ない手だろう。


「では、少し待ってて下さい。薪割りを終わらせないといけないので」


「それならば、私がやろう。一夜の宿を借りる者として、それくらいのことはしなければ」


「そんな、お客さんにそんなことはさせられませんよ!」


「なぁに、これくらい朝飯前だよ。正しくは夕飯前かもしれないがね。さぁ、貸してみなさい」


グウェンはマルクから斧を取り上げると、大きく振り上げて切り株の上に置かれた薪に振り下ろす。すると、斧は薪の中心を見事に捉えて小気味良い音と共に真っ二つに叩き割った。


「わぁ……すごいですね!」


「はっはっはっ、これでもそれなりに鍛えているのでね、まだまだ若い者には負けんぞ。さて、さっさと終わらせなければな」


「じゃあ、僕は薪を集めますね」


薪割りはグウェンに任せ、マルクは彼が割った薪を拾って薪置き場へと集めていく。マルク一人の手ではかなりの時間が掛かるかと思われたが、これならば早く終わりそうだ。


『おい、簡単に初対面の男を信用するな。平和ボケした頭もここまで来たら哀れを通り越して感心すら覚えるぞ』


「失礼ですよ。だって、こうやって手伝ってくれてるじゃないですか」


薪を拾うマルクの頭にレティシアの声が響く。グウェンに聞こえないように、マルクは作業の手は止めないまま小声で返答する。


『このお人好し阿呆め。貴様には本当にアレが冒険者に見えるのか?あからさまにおかしいだろうが』


「じゃあ、何処がおかしいんですか?どこからどう見ても冒険者さんじゃないですか」


『ならば、貴様のお花畑な頭にもわかるように教えてやる。まず、旅の途中にしては、あまりにも荷物が少な過ぎる』


「あ……」


確かに言われてみればそうだ。グウェンは荷物のようなものをほとんど持っておらず、旅には必需品とも言える野営道具の類も所持しているようには見えなかった。


『それと、身なりが不自然なほど小綺麗だ。外套もほぼ新品同然で、剣にも実用性の無い余計な装飾が多い。冒険者が持つようなものとは思えん』


「た、確かにそうかも……」


マルクはチラリとグウェンを肩越しに振り返る。熱心な表情で薪を割る彼の外套は土埃もほとんどなく、時折見える剣の柄や鞘に施されている装飾の黄金の輝きは恐らく金だろう。


それがグウェンの趣味かどうかはともかく、およそ冒険者が所持するには似つかわしくない逸品だろう。


『まぁ……奴の正体を考えれば、それも当然とは思うがな』


「じゃあ、レティシアさんはグウェンさんの正体がわかってるんですか?」


恐らくグウェンの様子から野盗の類ではないとは思うが、場合によっては即刻村から退去してもらわなければならないかもしれない。


『ああ、当然だ。ヤツから漂う異界の匂い、そして魔力……間違いなかろう。ヤツは、『創喚師』だ』


「そ、創喚師ッ!?」


『あ、阿呆ッ!声が大きいぞ!』


思わぬ返答に驚くマルク。慌ててレティシアが止めに入るが、既に出てしまった声を戻す手段などあるはずもない。


そして、同時にグウェンの薪を割る音が止まった。様子を窺うべく恐る恐る振り返ったマルクだったが、そこには斧を手に彼の背後に立つグウェンの姿があった。

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