暴かれし者

マルクの脳裏に、前世で何気無く鑑賞してしまったがばかりに三日ほど深夜にトイレに行けなくなった原因であるホッケーマスクの殺人鬼の姿が蘇る。レティシアが何かをずっと叫んでいるが、恐怖に慄くマルクには届かない。


何もかも諦めたかのように茫然と見上げるマルクの前で、グウェンは目線の高さを合わせるように膝をついた。


「キミ……創喚師と、そう言ったのかね?」


「い、言ってません!ちょっと見た目が冒険者さんらしくないので、もしかしたら貴族様かな、とは思いましたが、創喚師だなんて一言も……あっ」


『こ、このたわけぇえええーーーーッ!!』


マルクの頭を内側から破裂させんばかりにレティシアの絶叫が響き渡る。言い訳のようで全く言い訳になっていない言動。知らぬ存ぜぬを貫いて素知らぬフリをしていれば良いものを、これではどちらにせよグウェンを疑っていると言っているようなものだ。


そんな失言まで飛び出しては、もはや言い逃れは出来ない。固唾を飲んでグウェンの反応を見守るマルクだったが、強張った表情を浮かべていたグウェンは溜め息をつくと同時に張り詰めた緊張感を弛緩させた。


「はぁ……いや、すまなかったね。恩人を騙すような真似はするべきではないと思ったのだが、余計な気を遣わせたくはなかったのだ。どうか、許して欲しい」


「じ、じゃあ、貴方は本当に……?」


「ああ、キミの言う通りだとも。私は貴族であり、創喚師でもある。私なりの精一杯の変装だったのだが、キミのような少年からこんなにもすぐに見抜かれてしまうとは……いやはや、慣れないことはするものではないな。はっはっはっはっ」


グウェンはそう言ってマルクの頭を撫でながら笑った。どうやら、命の危機を感じていたマルクの心配は徒労に終わったらしいが、どちらにせよ、マルクのような平民がおいそれと口を聞いて良い相手ではなかった。


「し、知らなかったとはいえ、本当に失礼しました……!」


「いやいや、身分を偽っていたのは私の方だ。だからキミが謝罪する必要は微塵も無いよ。それに私は、ある目的のために従者に黙って屋敷を抜け出した悪い貴族なのだ。だから、そのように畏まらないでおくれ」


深々と頭を下げるマルクだったが、グウェンは逆に頭を下げてきた。貴族にしては随分と腰が低い。マルクが今まで抱いていた貴族に対するイメージを払拭するほどであったが、間違いなくグウェンが特別なだけだろう。


「キミの御家族にも余計な気を遣わせたくはないのだ。だから、私が貴族だということは私とキミだけの秘密だ。いいかね?」


見た目は老獪な紳士なのに、グウェンはまるで無邪気な子供のように笑う。そんな頼み方をされては無下にするわけにもいかず、マルクは困惑しながら頷いた。


「は、はい、わかりました……」


「うむ、それでいい。さぁ、早く仕事を片付けてしまおう。先ほどから家の中から漂ってくる良い匂いが辛抱たまらんのでな」


そう言って、グウェンは再び手にした斧で薪割りを再開。マルクも割れた薪を拾い集める作業に戻った。


『まったくもって変わった男だ。だが、嘘をついているようには見えん。何故貴族がこんなところに居るのかはわからんが。この際、恩の一つも売ってこのボロ小屋でも建て直させてはどうだ?』


「恩はともかく、確かに悪い人ではなさそうですよね。何か理由がありそうですけど……」


『あまり首を突っ込むのは利口とは言えんな。特に貴族繋がりの厄介事などロクなことにならんぞ?』


「でも、困ってるかもしれませんし……何か力になれるかも」


『はぁ~……好きにしろ、この底抜けのお人好しめ』


レティシアは不服そうだが、何か事情があるのならば放ってはおけない。レティシアの重い溜め息は気にせず、マルクはグウェンへと向き直った。


「グウェンさんは先ほど港町からの帰りと言っていましたけど、何か用件があったんですか?あっ、もしもお話し出来ないようなことなら、無理に話して頂かなくても大丈夫ですから!」


「おや、気になるのかね?いや、たいしたことではないよ。今回は公務ではなく完全な私事なのだが……ふむ。もしかしたら、この村に立ち寄っている可能性もある、か……」


「はい?」


「では、今回ばかりはキミの好意に甘えるとしよう。実はだね……」


グウェンはおもむろに、自身の懐の中へと手を差し入れる。そして、マルクの前へと取り出したものを差し出した。


「私は、これを探しているのだ」


「これは……?」


グウェンがマルクに見せたもの。それは、巻物のように丸めて白色の帯で留められた一枚の紙であった。

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