マルクの秘密

「ほれ、さっさと出せよ。今日もたっぷり持ってきてんだろ。そのバッグの中に入った例のブツを早く見せろってんだよ」


「はいはい……こんなに警戒する必要あるんですか?」


「バッカお前。他のヤツに嗅ぎ付けられたらどうすんだ。コイツは俺とお前だけの儲け話なんだからよ」


「はいはい……ほら、どうぞ」


鼻息荒く顔を近付けてくるローガンに、マルクはバッグの中から自身の描いた絵の束を差し出した。


「ぶほほっ!ほれ見ろ、やっぱたっぷり描いてんじゃねぇか。もしかしてお前、俺に可愛がって欲しくてこんだけ描いてきてんのかぁ?まぁ、意外とイケなくもねぇが婆さんが黙ってねぇだろうなぁ」


「バカ言わないで下さいよ。こっちはあくまでも趣味で描いてるだけですから」


マルクから絵の束を受け取ったローガンは狂喜乱舞といった表情で一枚一枚捲りながら瞳を爛々と輝かせている。


絵に描かれているのはこの村近辺の風景から馬や牛、ドラゴンやユニコーンといった動物(?)など。しかし、その中に混じって幾つか不可思議な絵の存在があった。


それは、恐らくマルクの想像で描かれたものだろう。奇妙な造形の武器や鎧を纏う巨人や、先端に星形のオブジェが付いたステッキを握る可愛らしい魔法使いの少女。他にも長方形型の謎の建造物が建ち並ぶ景色など、普通の思考をもってしては決して思い付かないような絵であった。


「へっへっへっ、わかってるって。俺が提供した画材でお前は絵を描いて、俺はそいつを売り捌く。まさに誰も損しない良い関係だな。確か、あー……なんだ、その……お前が言ってたアレ、なんだったか……」


「ウィン・ウィンの関係ですか?」


「そう、それだ!」


描くばかりでローガンに引き渡したその後のことはよくわからないマルクだったが、彼が言うには王都でマルクの絵はそれなりに人気があるらしい。


以前にはもっと大きい絵を描いてくれとローガンからドア一枚分もある大きな紙を渡されたこともあり、興の乗ったマルクは一時間と掛からずに天へ昇る美しい戦乙女を描いた。王都に持っていくなり何処かの教会の人が買っていったそうで、今もその教会に飾られているらしい。


そういった一般人はもちろん、時として貴族が購入していくこともあるのだとか。マルクの描く幻想的な絵に魅せられたというのもあるが、題材を選ばない幅広いジャンルがあらゆるニーズに答えているのも要因の一つだろう。


当然、それだけ人気があると一体誰が描いているのか知りたくなるのが人というものだろう。だが、マルクは絵の出所に関してはローガンに固く口止めしていた。


一方的に押し掛けられたくないというのもあるが、あれこれと注文を受け付けていては自分が描きたいものを描けなくなるというのが理由としては一番大きいかもしれない。


「しかしまぁ、よくこんなアイデアが浮かぶもんだ。まるで別世界の光景でも見てきたようじゃねぇか」


「ほぇっ!?な、何言ってるんですか。そんなわけないじゃないですか~……あ、あはは……」


ローガンが口にした何気無い台詞に、何故か大袈裟なまでに狼狽するマルク。だが、それも当然だろう。何故なら、ローガンの言うとおり、マルクはこの世界の人間ではないのだから。


いや、正しくは人格と記憶だけがこの世界の住人ではない。肉体はマルクだが、その精神は神無月渚という地球の日本に住んでいた少年のものだった。


マルクが渚としての人格に目覚めたのは十年前。ちょうど彼の両親が流行病で相次いで亡くなり、唯一の肉親である祖母と新たな生活を始めた頃であった。


マルクとしての記憶は残っているが、人格は神無月渚のもの。これが俗に言う異世界転生というものかと納得するまで、この世界で覚醒したばかりの渚は戸惑い混乱し、周囲との接触を避けて引きこもり勝ちになっていた。


周囲からは両親を失ったことによるショックだろうと思われて別人格になったのだと疑われることはなかったが、一体何が起こっているのか、これからどうすればいいのか、その頃の渚は絶望の渦中にあった。


だが、その絶望を癒してくれたのが、今の祖母である。元の世界でも早くから両親を亡くし、孤独のまま生を終えた渚は祖母の温かさに触れ、ようやくこの異世界で生きていく希望を持つことが出来たのだった。


祖母には感謝してもしきれない。今は生前から夢見ていた健康的な身体を得て家族と生活することが渚の、彼女の孫であるマルクとしての生き甲斐だった。


本当なら、この世界から遥かに進んだ技術力を持つ世界からやって来た者としてその知識を役立てたいと思ったが、渚は病弱でほとんど学校にも行けず、人生のほとんどを病室で過ごしてきたが故に今の生活に役に立てられるような知識らしい知識も無く、異世界転生でありがちなチート的な能力も持ち合わせていなかった。


だが、生前は知る人ぞ知る絵師だった渚は、その技術を活かしてあまり裕福でない家計を助けるべく、たまたま行商に訪れていたローガンに自分の描いた絵を売ってくれるように持ち掛けたのだった。


「急に気味の悪ィ笑い方しやがって、おかしなヤツだな。そんじゃ、今日は金とオマケに俺のとっておきの酒と魚の干物でも入れといてやるか。画材は適当に中から持っていきな。どうせ金の無い絵描きから安く買い上げたものばっかだからな」


「たまにはもっと良い画材で絵が描きたいんですけどね。じゃあ、ちょっと失礼して……」


マルクはローガンに抱え上げてもらうと、彼の馬車の中に潜り込んだ。

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