第9話 Dragon Dive

 私とネイサンは広場中央で向き合う。一呼吸した後、私は人魚に変身する。それと同時にスカートが変形し、腰の両脇に付いたフリルになる。そして杖を構え、足元に水を引きそれに乗る。

 それを見た後ネイサンは、全身が堅牢な紅い鱗で覆われる。いや、もはや鎧と言ったほうがいいだろうか。そして翼が生え、大きく広がる。

「あなた、竜の能力者ですね?」

「ハズレだ。竜じゃなく竜人、ドラゴニュートだ」


 そして彼の周りに赤い炎が薄くオーラのように巻き上がる。それと同時に彼の鱗の隙間から真っ赤な光が覗く。

「ま、見ての通り俺は炎の竜人って訳だ。お前の水魔法とは相性が悪いかもな」

「まぁ、そんなことを自分から言うなんて。相当に自信があるのですね」

「まぁな」


 相手の力はどれ程か分からないけど、少なくとも私より強いことは確かだ。まず小手調べとして、水弾を数発放ってみる。

「ウォーターバレット!」

 すると相手は口を大きく開き、炎弾を放ってきた。水弾と炎弾が相殺され、蒸発した水による水蒸気が一瞬あたりに漂い、そして消えた。

「あなた、弾を口から放っているのに精度が高いのですね」

「あぁ。かつて軍人だった頃に的を使って練習したんだ」

「軍人だったなんて、初耳ね」

「あの頃はいろんな事があってなぁ。おっと、今はそんな話をしている場合じゃないな。ギアを一つ上げていくぞっ」


 そう言うと相手は、左手を前に、右手を右肩に寄せた構えをとった。つられて私も杖を構え直す。相手はその構えのままこっちに走ってくる。なるほど、近接戦闘能力を見ようというわけね。私もそれには少しながら自信がある。しかし、あくまでもだ。近接戦闘だけで勝てると思わないほうがいいだろう。より杖に魔力を込め、その硬さを高める。


 相手は左足を高く上げ、踵落としの体勢になる。私は対応して、杖を高く上げて防御する。そのまま左足が降ろされる――と思いきや、相手は右足に力を込め、そのまま片足でサマーソルトキックを繰り出してきた。私はなんとか反応し、回転して横に避けようとしたものの、横っ腹にキックを受けてしまった。

「…っ、痛ったー!」

「へへ、これで俺の1点だな」


 私の体が宙に打ち上がる。体を捻って安定させ、足元に改めて水を敷き、その上に乗る。一応、敷いていた水のおかげで足に抵抗がかかり威力は抑えられたけど、それでも痛いことは痛い。それはそうと、片足を上げた状態でサマーソルトなんて、なんて筋力なの。


 返す刀で、私は下に杖を投げつけた。杖は相手の眼前をかすめ、地面に太陽の飾りを下にして落ちる。

「ヤケになった…って訳じゃなさそうだな。そうなるには当然まだ早いだろう」

 相手がそう言い終わった直後、相手の足元から次々と間欠泉のように水が吹き出した。しかし、相手は見た目から想像もできないようなステップでそれを回避する。

「なるほど、魔力を地面に突き立てた杖から地面に行き渡らせ、それを水にして吹き出させたってことか」


 相手がそう言うと同時に、杖を手の中に再生成する。地面に突き立てた杖は既に形を失い、蒸発しようとしている。

 私は、地面に気を取られている相手に向けて水玉を生成し、水流を発射する!

 ズビャアアアアアーーーーーー!!!!

 それを相手は避けるでもなく、両腕を赤熱させそれらを目の前でクロスして防ぐ。私は水の勢いを強めるが、それでも相手は後ろに滑るだけで、倒れる気配を見せない。私はこの技では相手を倒せないと思い、水流を止める。魔力の無駄だ。


「あなた、この技でも倒れないなんて、相当お強いのですのね」

「地面に注意を向けさせて空中から攻撃するのはいい考えだが、そもそも俺が耐える可能性を考慮していなかったな。さて、こっちから行くぞ!」


 相手は翼をはためかせ、こっちに急速に迫ってくる。正直、この時点で勝算はあの技しかない。しかしその技を使うためには長時間の隙を作らないといけないし、そのためにはバブルジェイルを当てることがほぼ必須と言っていい。


 相手の右フックを杖で受け、相手の右手を中心に杖をくるりと回し縦に構える。上からの攻撃にも下からの攻撃にも備えられる構えだ。そのまま私は相手の連続攻撃を受ける。一撃一撃が重く、反動で体が後ずさってしまう。そんな中で私は、右手で防御しつつ左手で泡を形成し、相手に向かって放った。


 しかしその泡は、相手が上に飛んだことで外れてしまった。

「こちらの攻撃を防御しつつ、隙を突いて反撃する。よく考えたが、俺は左手の怪しい動きを見逃さなかったぜ」

「流石ですね、ネイサンさん」

「だから『さん』はいいって」


 そんな話をしていると、ポツポツと雨が降ってきた。それでも相手は止まらず、急降下して頭突きを仕掛けてくる。私は杖で防ぐ…と見せかけて下に受け流す。そして遠ざかる相手に向けて水弾を連射する。水弾は減速する相手に当たったが、効果は薄く、相手はピンピンしている。


 いつの間にか雨が強くなり、ザーザー降りになってきた。

「こんな雨で勝てなかったら、元ガキ大将の名折れですね」

「そうだな。ただ、こっちも負けるわけにはいかないんでね」


 雨の効果を試すために上空から水弾を放つ。雨の効果か、心なしか威力が上がっているようだ。対応して、相手は口から炎弾を放つ。それに雨水が当たると、少しだけそのサイズが小さくなる。水弾と炎弾がぶつかると、今度は水弾が炎弾をかき消しつつ飛ぶ。水弾はバク宙で避けられ、地面にぶつかる。雨の効果で威力が上がった水弾は相手に傷を負わせられるほど威力が上がったってことかしら。


 ここで私はいい考えを思いつく。このザーザー降りで魔力が昂ぶってる状態なら…

 そう考えると私は踵を返して、この広場の角、地上から10mくらいあるところに移動する。相手も追いすがるが、なんとか逃げ切れているようだ。角に着くと、杖にある太陽の飾りを外しそこに設置し魔力で固定する。外した飾りはすぐに生やす。それと同時に、1本だけ細い水流を放つ。当然のように避けられるが。


 そこから反転し、相手の空中スライディングを避けつつ、次の角に移動する。次の角でも同様に太陽の飾りを設置する。こうしていき、地上から離れた四隅に太陽の飾りを設置し終えた。


「こんだけお前が逃げるんだったら、今度は避けられない速さで攻撃してやろうかッ!!」

 と相手は言うと、すぐさま上空に飛び上がり、すぐに見えなくなった。

「あの技が来るぞ!」

「これは絶対に避けられないぞ!」

 という野次が飛ぶ。これまでも散々飛んでいたのに、まだ速い速さで飛べるというの!?私は警戒を強めながら地上の広場中央に降り、太陽の飾りを取っては四隅に投げていった。最後の一つを投げ終わると同時に轟音が響き渡った。これは…来るっ!


「ドラゴン…ダーーーーイヴ!!!!!」

 という声が響き渡ると同時に、何かが空中から飛来してくる。危ないと思うより前に、自分の身体を水球で覆う。これが自分を守ってくれる…はずだ。


 グサッ…

 水球に何かが刺さる。見ると、炎でできた槍だった。相手が炎の槍を持って突撃してきたのだろう。槍は水球に突き刺さって威力を落としてもも未だにこちらに向かって突っ込んでくる。しかし、逆にその威力と速さゆえ一度突っ込んでしまうと制御が出来ないようだ。とすると…


 私は水球から素早く離脱し、アドリブで八方に設置した飾りと水球を水のパイプで接続する。その際、槍が尾びれを掠め、尾びれが少し焦げてしまう。少し痛い…けどこれで水球に魔力が流れ込み、より固くなったはずだ。そのことを示すように、水球の中にいる相手の動きが止まる。本来は飾りの中にある雨粒を全て泡に変えて押しつぶし、時間を稼ぐ事を考えていたのだけれど…まぁ結果オーライでしょう。


 私は杖を上下逆にする。つまり、月の飾りを下、太陽の飾りを上にする格好になる。そして杖の上側に水を注ぎ込み、徐々に大剣を形成していく。相手の方を見ると、相手は体を赤熱させて水球の水を全て蒸発させようとしている。


 大剣は水を注ぎ込むにつれ徐々に重くなり、相手を叩き斬るのに適した重さになる。実際に物が切れるわけではないが。大剣を形成し始めてから大体25秒後、その形が完成した。いつもは40秒はかかるのだけれど、雨による強化は凄いわね。それが完成すると同時に、水球を構成する水が全て蒸発し、相手の姿があらわになる。


「完成!『スターライトブレード』!これであなたをたたっ斬ります!」

 啖呵を切ってみたが、先程から全力で動いたり魔法を使ったりしてきたせいで、もう結構疲労がきつい。そのうえでこのような巨大な武器を振り回してしまえば、もう動けなくなってしまうだろう。

「ほーう、啖呵を切るだけはあるでかい武器じゃねぇか。でも、当てられるかどうかは別問題だ」

「無理をしてでも当ててみせます!」


 私は相手に向かって突撃し、右上から袈裟懸けに斬りつける。しかし重くてそれほど速く振れないせいか、すぐに避けられてしまう。当てるにはやはり行動を制限した上での一撃が必要ってことね。


 今度は逆に左下から右上に向けて振り上げる。またしても避けられてしまうが、今度はそのままの勢いで一回転し、再度切り上げる。その際、大剣の剣先を少し切り離しさらに尾っぽで水を叩いて、避けられないように相手に向かってなるべく広範囲に水しぶきを起こす。

「うおっぷ!」

 剣自体は避けられたが、水しぶきは直撃したみたい。


 その隙に水泡を形成し、尾っぽで相手に向けて弾き飛ばす。相手は目を開ける間もなく水泡に包まれる。あまり足止めにはならないだろうが、それでも十分だ。

「これで終わりにしましょう!」

 と叫ぶと同時に、私は上空に向かって滝登りをする。相手は泡を割ろうとしているが、多分こちらのほうが早い。


「星の力よ我が身に集え、そして目の前の敵を討ち滅さん。スタァーーーゲイザーーーッ!!!」

 私は大剣の重さに身を任せ、眼下にある泡目掛けて落下する。そして…大剣で相手を捉えた!

「いっけーーーーーーー!!!」

 そのまま剣を地面に叩きつけ、私もゆっくり落下する。役目を終えた剣は形を失い、ただの水になって相手に掛かる。


 私はうつ伏せに、相手は仰向けにして地面に横たわる。もう魔力も体力も限界で、陸に打ち上げられたマグロのように地面をビチビチ跳ねることしか出来ない。なのに、相手はおもむろに地面に座り、変身を解いて言った。

「もう良いもう良い、もう十分だ、引き分けにしよう、頭は十分冷えた、水だけに」

「え?」

「は?」


 私と陸くんがあっけにとられているとネイサンは更に言った。

「あと波蓮ちゃん、これ言うと本気が出せなくなると思って言わなかったんだが、Tシャツ、透けてるぜ」

 え?と思って仰向けになりシャツを見ると、確かに透けて肌などが見えてしまっていた。

「このエロオヤジィ~~~~!」

 口調が崩れるほどネイサンを罵倒しつつ、心のなかでは完敗した、と思ったのであった。

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