第3話 檄

「宿題、終わっっっっっっっっったぁ~~~~~~~!!!!!!」

 と同時に、ベッドに倒れ込む。

 苦節5日、やっと一行日記以外の宿題が終わったのだ。モチベーションを保つために1時間宿題をする度に15分休憩をとったり、体をなまらせないために毎日夕方にマンションの庭で棒術の型を練習したりして、やっと宿題が終わったのである。


 今は午後7時。そろそろ夕食の時間だ。それまで、宿題が終わったら読もうと思っていた小説をベッドに寝そべりながら読む。神社に来た人々の悩みを神社の狐が解決する、という内容の小説だ。学校で小説や実用書といった本を読むことを奨励されているため、私も月に1冊は読むようにしている。


「波蓮ー、晩ごはんできたぞー」

 夕食が出来たみたい、リビングに行かなきゃ。と読んでいた本を本棚に戻して向かう。

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 私のお母さん、潤子は水族館でドルフィントレーナーとして働いている。それでいてR種・イルカの能力者なので、イルカショーではトレーナーとしてもイルカとしても演技ができるマルチプレイヤーだ。その特性のためか水族館の中でも人気の人になっているらしい。そういえば下半身だけイルカに変化した姿で水槽に潜っているところを見たことがある。


 私のお父さん、智之は小さな会社の事務をしている。どうやら結婚する時に時短勤務に変えて家事の大部分を引き受けることにしたらしく、今は私と一緒に家事をしている。昔、お父さんの口から、「実はな、僕はお母さんがショーで演技をしていることに惚れたんだ」と聞いたことがある。

 ちなみにお父さんは無能力者だ。これもあって、私は能力者にも無能力者にも分け隔てなく接することが出来ているのだろう。

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 お父さんはほとんど夕食を食べ終わってから、話を切り出した。

「波蓮、やっと宿題が終わったのか、待ちくたびれたぞ。」

「ちょっと数学の宿題で手こずってしまいまして。問題集の1学期に習った部分を全部とか、どういうことかと思いました。」

「それは災難だったな。その問題集って、どれくらいの難易度なんだ?」

「クラスメイトは、中級難易度の問題集と同じくらいって言ってました。」

「学校的には、テストもしたんだしそれくらいは解けてほしいってことなんじゃない?」

 お母さんが話に入ってくる。

「こんなにまじめに勉強してるのに、どうしてうちの子の点数は平凡なんですかねぇ~」

 とお母さんが私を睨む。

「わ、分かりませんよそんなの。ご、ごちそうさまでした!」

 と言いつつ、自分の部屋に逃げるように戻る。

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 お風呂に入った後、ベッドに寝そべる。そして小説投稿サイト「Novel Gallery」を開き、適当に見つけたものを読む。


 小説は修行パートに差し掛かる。スクワット・腕立て伏せといった基本的なトレーニングから始まり、剣術の型を徹底的に教え込んでいる。師匠は主人公の潜在能力を信頼しており、「やれば出来る!」と鼓舞している場面もある。

 そういえば、私の小学生時代の師匠、ドロシーさんはどうしているのかなぁ…

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 私の師匠である女性━ドロシー・アーク━と私が出会ったのは、陸くんにコテンパンにされて逃げ帰る途中だった。確か陸くんが友達の漫画を取り上げている所に出くわして、それはだめだと割って入ったんだっけ。当時は水魔法の威力が低く、しかも空中に留めた水を使って地上や空中を泳ぐこともできなかったのよね。


「そこの少女よ、そんな顔で走ってどうしたんだい?」

 当時の私は未だ振り向かず、泣きながらそばを走り去る。

「そこの少女~~~~!!なんでそんなに走っているんだーーーーい???」

 当時の私はまだ振り返らない。

「君がその気なら、私だって!」

 と言うと、ドロシーは人魚の姿に変身し、魔法の水を使って空中を泳ぎ、私に追いついてきた。


「わわっ」

「少女よ、先程から私の問いかけに答えてくれないじゃないか。どうしたんだい?」

「し、知らない人にはついていっちゃいけないって言われてますし、失礼します」

「そうか。じゃ、自己紹介からだな。私の名前はドロシー・アーク。世界中で能力者の戦い方を教えている、流浪の格闘家さ。ほら、これで知らない人じゃなくなったな」

「いや、そういうことでは…」

「君、見たところ傷がたくさん付いているし、喧嘩でもして負けたのかい?私が『戦い方』っていうものを教えてあげよう。もし不安なら、そうだな、交番が近いあの公園に行こう」

 当時の私は、『戦い方』という言葉に関心を覚えたんだっけ、それで一緒に公園に付いていくことにしたんだった。


「それでは、この木人を相手と考えて、いつも通りに戦ってみなさい」

「いつも通りって言われても…しかもこの木人、どこに持っていたのですか…」

 それで私は、走りながら水弾を連射したり、バク転したりといつも通りの戦い方をやってみていた。

「君は魔法を使えることからF種だと思うけど、どうして変身しないんだい?」

「私は人魚ですよ、人魚が地上で何が出来るのですか」

「ふふふ、君は人魚の戦い方というものが分かってないようだね」

「もしかして、相手を水の中に突き落として地の利を得るのでしょうか」

「まさか、そんな物騒なことはしないよ。空中に水を張ってその上を泳げばいい。人魚の真骨頂はそうした3次元立体機動にあるのさ。よく見てな。」


 そう言ってドロシーは、近くに落ちていた片手で持つのに丁度いいサイズの木の枝を拾い、人魚に変身した。そして生成した水に乗り、木人に向かっていった。

 その後の戦いは、まさに美しい戦いだった。空中を泳ぐように(実際泳いでいるんだけど)舞いつつ、近づいて攻撃したと思ったら翻って空中から水弾を撒き散らし、終いには高水圧の水流を放って木人を破壊してしまった。


「と、まぁこんな感じだな」

「…凄い、…私に出来るでしょうか」

「当然さ。でも、今は使える魔力の量が足りないね。まずはそこから特訓しよう。」


 それから、私とドロシー師匠の特訓が始まったのだった。

 同時に出せる水弾の数を増やす特訓から始まり、50発同時に出せるようになったら泳げるくらいの厚さをした水を地面に敷く特訓、それをできるだけ空中に留める特訓と続いた。ここまで1ヶ月かかったと覚えている。


 そして最終目標の、敷いた水を使って地上や空中を泳ぐ特訓をした。


 そういえばその途中、私が水を踏み外して怪我をし、癒やしの魔法を使ったとき、こんなことを言われた記憶がある。

「ほう、癒やしの魔法か。私の持論だが、癒やしの魔法が使える人は他人を思える優しい心の持ち主だ。君はもしかしてあの時、誰か他人のために喧嘩をしたのかな?」


 正直、敷いた水を泳ぐときは自分の足元に水を移動させつつ泳ぐ必要があるので、慣れるまではカタツムリのような速さでしか移動できなかった。けれど、毎日練習するごとにコツが掴めてきて、特訓開始から2ヶ月経った頃には自在に(とはいえ今よりはまだ遅いけど)泳げるようになってきた。


 あと師匠は、私に武器を持つことを推奨していた。得意技とかそういう意味じゃなくてそのままの意味で。

「武器を持つことには、近接戦闘のときのリーチが伸びる、魔力を使うときのイメージが楽になる、といった利点があるんだ。当然物によるけどな。君には何か思い入れのある武器はないのかい?」

「そうですね、こういうものはどうでしょうか」

 と、当時見ていたアニメに出てきた武器をベースに、両端がそれぞれ月と太陽の形をした棒を水で形作ると、

「棒か、棒はリーチが長く、関節技で相手を拘束するにも向く。そして何より、魔法の杖としてみてもいいデザインだ。遠近両用の戦い方ができそうだな」

 と言ってくれたっけ。


 そして…


「もう私が教えることはない。後は自分の力で技を磨くといい」

「い、今まで教えていただき、ありがとうございました!」

「私は次の戦場に行く。いつか、また会おう!」

 と言いながら、ドロシー師匠は走り去っていった。

 その次の日の陸くんとの喧嘩は、教わった3次元機動を活かし、なんとか勝つことが出来た。その時の水弾も、なんとなく威力が上がっていたような気がする。

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 ピピピ ピピピ ピピピ

「ん~?ムニャムニャ」

 どうやらいつの間にか眠っていたようだ。朝食を食べる前に、寝る前に読んでいた小説の続きを読もう。

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