第2話 conflict

 手芸部の活動を済ませ、帰路につく。夏休みにテンションが上がっている高校生たちを横目に、急いで家に帰る。早く宿題を済ませて残りの期間で夏休みを楽しまないとね!

 といったことを考えながら早足で歩いていると、公園からものすごく聞き覚えがある声がした。

「ここで会ったが百年目!今日こそ決着を付けようじゃないか!」

 またか…と思いながら声がした方に足を向ける。


 この男子の名前は海老原陸。私と同学年で、小学生の頃はガキ大将だったんだけど、修行を積んだ私に倒されてからは毎日のように私に喧嘩を挑んできていた。それから毎回私が勝ってるんだけど、飽きないのかしら。

 ただ、最近はあまり喧嘩を挑んでこない。やっぱり高校生になったから勉強や部活で忙しいのだろうか。


 公園に足を踏み入れる。この公園は私の住む住宅街にあって、それほど広いわけではない。

「それで、今日も喧嘩?」

「当たり前だ!今日こそ俺が勝ってやるからな!」

「ちょっとは戦い方を変えなきゃ勝ち目がないと思うんだけど…」

「なんか言ったか?」

「いや、何も」

「よっし、じゃ始めようぜ!」

 と言うやいなや彼は牛の獣人に変身した。対応するように私も人魚に変身し、足元に魔法で水を敷く。そうしないと地上で動けないからね。そして同様に水で杖を形成する。それぞれの端に月と太陽が付いた、好みのデザインだ。月の形をしたほうを上に持つ。

「準備は済んだか!こっちから先に行くぞ!」

 の声とともに、陸はこちらに突進してきた。


 ひと目見てわかる。前回より明らかに突進が速くなっている。前回はまだ楽に避けられる速さだったけど、今回は少しまばたきをしたら既に眼前にいそうな、そんな迫力を持った速さになっている。

 そんな速さで突進してくる陸の頭上を、ジャンプ台のように変形させた水を使って飛び越える。ただ、速さに戸惑ってしまったのかヒレが狂い、角で腕をこすってしまった。とはいえ、それくらいで泣き言を言うような私ではない。


 陸が振り向くと同時に私はこう言った。

「また腕を上げたみたいね。陸上部に入っているんでしたか?やっぱり、短距離走を重点的に?」

「当然。俺より速い人はいっぱいいるが、パワーなら負けないと思ってるぜ!」

「短距離走でパワーって、他の選手を跳ね飛ばす気?失格になるわよ」

「勿論、そんなことはしないさ。パワーは喧嘩以外で人を傷つけるのには使わない」

「まぁ、律儀なこと。次はこっちから行くわよ」


 体を地面と平行にして姿勢を低くしつつ、相手に突進していく。

「その度胸はもちろん買うが、最近の俺は突進だけじゃないことを忘れてはねぇよな?」

 と、右腕のフックが飛ぶ。

「勿論」

 杖を左に構えてガードし、そのままそれを回転させ、太陽の形をしている部分を顎目掛けて振り上げる。相手は動きの重さが災いし杖のアッパーをまともに食らった…がなんでもないような表情を崩さない。

「私らしくないけど、『この石頭め』と言ってあげましょう」

「こういう時も石頭って言うのか?」

「顎も頭の一部でしょう」


 サマーソルトキックをしながら後ずさる。しかし同時に相手も後ずさり、ヒレが顔面を掠るぐらいになった。

 その直後に空中で魔力を溜め、即座に水に変えて打ち出す。

「ウォーターバレット!」

 両手で円を作ったくらいの大きさの水の弾が相手めがけて飛ぶ。相手は、この弾は無傷では防げないと分かったのか、横に走って避ける。地面に着弾した弾は砂を弾き飛ばし、砂が剥げた地面を露出させる。


 それから空中に留まりつつ、間髪入れずに同じ水弾を連射する。今度は相手を狙った弾だけではなく、逃げ道を塞ぐような、相手を外した弾も混ぜる。

「俺が空を飛べないからって空中に逃げるのはやめろー!」

「部活で走り高跳びを教えてもらったほうがいいんじゃない?まぁ、高く跳べたところで近づかせはしないんだけど」

 しかしそれほど空中に留まり続けられる訳ではない。時間とともに私の高度が落ちていく。それを見計らったかのように、相手はこちらの方に進路を変える。

「また飛ばれると困るし、このタックルで決めてやるぜ!」

 と、相手は顔の前で腕をクロスさせ、これまでより強烈な速度で突撃してきた。水弾を受けて無傷では済まないはずだが、完全に捨て身の態勢になっている相手には関係ないのだろう。


 だけど、私も新技を身に付けてきたのよ。

 相手の目くらましをするように水弾を厚く打ち出し、それと同時に水弾で隠れるように大きな泡を打ち出す。相手は自分の腕と水弾で泡が見えていないはず。

 もちろん外したときのために回避する態勢は整えておく。

 そして泡が…着弾した!

 ボヨン「うおっ何だこれ!」

 相手は泡の中にすっぽり入ってしまった。泡にタックルを仕掛けるが、助走が出来ないために威力が足りず、泡を破れずにいる。

「これが私の新技よ。名前は…そうね、『バブルジェイル』とでもしようかしら」

「出せー!このやろー!」


 そんな相手を下目に、私は水のジャンプ台を使って飛び上がる。そして杖をグルグルと体の前で回しながら、杖の中心に大きな水球を、そしてそれを囲むように4つの小さな水球を生成する。魔力が十分チャージされたのを見計らい、

「ウォータービーーーーム!!!」

 5つの水球から強烈な水流を放った。水流は泡を貫き、相手に直撃した。

「うごらぎょぐえーーーーーっ」

 水流に直撃した相手は、そのまま地面に叩きつけられる。

 相手が気絶したことを確認すると、地面に降り立ち、人間の姿に戻る。


「お前…前撃ったときは『ウォーターストリーム』って名前だったじゃねぇか…」

 そう陸の口から聞こえてきた。そういえばそうだったかしら。魔法の名前なんて適当だもの、仕方ないわ。

 若干ムカついたので、癒やしの水を乱暴に振りかける。

 ・

 ・

 ・

 気絶した陸を家に送り届け、私も家に帰る。

「ただいま」

「おかえり、遅かったわね。また陸くん? もう『くん』付けする年じゃないけど(小声)」

 と、お母さんが声をかける。そういえば今日、お母さんは午後休だったわね。

「そうですよ。これから私は宿題をするので、夕食の準備ができたら呼んでください。」

 と言いながら、自分の部屋に入る。

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