第9話 もう一つの、あの日の話

私は色部ひかり。私としょうちゃん、榊輝子は小さいころからずっと一緒でした。家の近所で同い年の女の子同士、どうやって知り合ったのか、今となってはずっと昔のことで思い出すことはできないのですが、幼稚園でも、小学校、中学校でも私たちはずっと一緒でした。明るくて、人当たりのいいしょうちゃんは、引っ込み思案もあってクラスにうまくなじめなかった私の手を引いてくれて、私の太陽のような存在だったんです。

一度だけ、そうやっていつも手を引いてくれるしょうちゃんに、感謝を伝えたことがあります。なけなしの勇気を振り絞って、思いを伝えた私に彼女は笑って言いました。

「私の方こそ、ひかりがそばにいてくれてるから、見てくれてるから頑張れるんだ。だから…私がひかりの太陽なら、ひかりは私にとってのお月様だから」

月と太陽。私たちは幼馴染で、お互いのことを支えあってきました。だから手を離してはいけなかったのに、私は彼女に甘えて、忘れていたのかもしれません。


二年前のことです。受験戦争を生き延びて、私としょうちゃんは同じ第四地区の高校に進むことも決まっていました。その記念に、と私たちのお母さんが両家でのキャンプを立案、中学の卒業式から数日後の土曜に、近くのキャンプ場のある公園にでかけたのです。

公園は自然も多く、私たちは河原で遊び、お昼にカレーを作ったりと休日を満喫していました。



それが、嵐の前の静けさとも知らないままに。


カレーを食べて、美味しかったね、と一休みしていた時のこと。寝転がって空を見上げていたしょうちゃんが何かを見つけ、声を上げました。

「ねえ…あの鳥…カラス?なんか変じゃない?」

「…どの子のこと?普通のカラスみたいだけど」

「え、そうかな。今一瞬だけど…あっちのカラスたちが頭が二つあるように見えたんだけど。頭がわーって」

「しょうちゃん遊び疲れたんじゃない?はしゃいでたし、すごかったよ?」

「それはひかりもでしょー?まあけど、パーっと遊ぶなんてしばらくなかったからなあ。体がビックリしてるのかも」

この一年勉強ばっかりだったし、としょうちゃんがぼやきます。

「けどそのおかげで四校なんだし悪いことばっかりじゃないよ?それに、また高校でも一緒なんだしさ」

「ひかりはいいよー。私はぎりぎりだっただろうからさぁ」

「大丈夫、ちゃんとサポートするよ?」

「へへっ・・・ありがとう、ひかり!」

ク社っと笑って、私に抱き着くしょうちゃん。その体のぬくもりにつられて、私の隠そうとしていた口角が上がります。

「もうっ、急に抱き着かないでよ…」

「そういう割には随分とうれしそうじゃんか?」

「・・・バカ・・・」

「はいはい、馬鹿のしょうちゃんですよーっと」

抱きしめる力をほんの少し強めるしょうちゃん。それに比例して赤くなる私の顔。それはとても幸せな時間で。


けれど、この時、彼女の口にしていた双頭のカラスのことをもっと気にしていたのなら、その時間はもっと続いていたのでしょうか。それでもキャンプ場のある河原にはほかにもたくさんの人がいて、誰も気には止めていなかったのです。あの、怪異のことなど。


やがて、晴れていた空に黒い雲が広がり始めました。今日は一日晴れの予報だったのに。そう思って空を眺めていると、川の下流の方から大きな声が響き渡りました。

『ば、ばけものだーっ!!」

声に驚いてそちらを見ると、下流で遊んでいたはずの人たちが先を争ってこちらへと走ってきます。中には手や足を切ったのか血を流す人がいて、川の中に倒れて動かなくなっている人もいて…。その後ろに舞い上がったのは、鈍い銀色の翼をした、双頭のカラス。

つい先程、しょうちゃんが見た、と言った異形の怪物でした。


「逃げよう!ひかりっ!!お父さんたちも!」

「えっ…?しょうちゃん!?」

立ち尽くした私の手を引いて、しょうちゃんが走り出します。そうこうしている間にもカラスたちは私たちの頭の上も飛び越えて行って。そのくちばしに挟まっているものが、人間の腕だとわかった時私の足は恐怖ですくみました。

「…見ちゃだめ!走って!!」

しょうちゃんが私の目を左手で強引に遮って。川の上流にもカラスたちが飛んでいくのを見て、しょうちゃんはすぐに盛の方へ、私の手を引きました。やがて、河原の方でヘリコプターの羽音がして。私たちはその音の中を、森の奥へ、奥へと進んでいきました。


「なんなのっ!あいつら一体…」

「わ、わかんないよ…でも、でも人を…食べ」

「ひかり」

それ以上言うな、としょうちゃんが首を振ります。走って、走って、ようやく騒ぎの音が聞こえなくなって、息を整えていると私たちの父母が追い付いてきました。

「輝子!ひかりちゃん!けがはないか?」

「ひかり、輝子ちゃん、大丈夫?…よかった…無事なのね…」

「私たちは大丈夫。お父さんたちは?」

「ああ、大丈夫だ。しかし…あれは一体…何が起きているんだ?」


一同けがもなくて一安心。それでも正体のわからない怪物の存在は空恐ろしく、森の中でじっと集まって息を殺して、時が過ぎるのをただじっと待って。

どれくらい時間が経ったかわかりません。そんな中で、ガサリ、と何かの動く音が近くの茂みからしました。


「ひっ・・・!?」

「…何の音…?まさか…」

「で、でも…川からは離れたし…野生の動物かな…」

「そうだな、少し見てくるか」

「それなら私も、輝子たちはここにいてくれ」

「え、ええ…気を付けて…」

そういって立ち上がる私のお父さんと、それに続いたしょうやんのお父さん。二人は一同の見守る中、そっと茂みの中に入っていきました。

「特に何もいないみたいですね…」

「そうですね…!色部さん、危ないっ!!」

刹那、シュっと再び響く音。そして、しょうちゃんのお父さんが私のお父さんを突き飛ばしました。

「えっ…!?」

飛んできたのは一本の針。その針は、お父さんを突き飛ばしたしょうちゃんのお父さんの喉を貫いて。その姿を、木の上でサソリの尾を持つ、紫のリスが笑って見つめていました。






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