第8話 異界のひかり
コシゴシティから電車を乗り継ぐことおよそ二時間半。朝早くに本部を出た私は、ひかりの暮らす街・アガキタにやってきた。
「この街に、ひかりがいるんだよね…」
土曜日なこともあって駅前はとても静かで、降り立った私にも静寂を求めるような分厚い雲が広がっていく。なじみのない街だったから、特に行く当てもなくて、長岡さんにもらった住所をスマートフォンに入力して、私は歩き出した。
(こっちのひかり…どんな風になってるんだろう)
もう一人の私があの姿なのはもう既知の通り。と、するとはるひさんや菜摘ちゃんのようにキャラや性格から変わっているのだろうか。2年前、力を手にした私とひかりは離れ離れになることはなかったから、それどころかずっと一緒だから離れた時、というのはなかなかに想像ができない。
「んと…ここ、だよね」
大通りに面した三階建てのアパートの一室。ここがどうやらひかりの今の住処らしい。そのインターホンに手を伸ばしかけて、なんと言うのか考えていないことに私が気づいた。
(私からしたら初めまして…だけど、向こうからしたら榊輝子だし…久しぶり?元気だった?二年前を知らないのにそんなに軽く接していいのかな…)
「ダメだ…なんか緊張してきた…」
「あの、うちに何かご用ですか?」
まとまらない考えの性かバクバクと心臓の音がうるさくなる。一人どうしたものかとうなっていると、背後から声がかけられた。
「あ、すいません。実は……ひかり?」
「…しょうちゃん…なの?」
振り向いた先にいたのは私と同い年くらいのセーラー服の少女。私が声を上げる前に、彼女の目が大きく見開かれて、青い瞳が激しく揺れる。じりじりと後ずさっていく彼女が、隙をついて走り出した。
「!!待って!ひかりっ!」
「は、離して!!」
とっさにその左手をつかむと、いやいやするように彼女が暴れる。青海のかかった黒髪の長い向こうに、戸惑いの表情が浮かんだ。
「落ち着いてください!私はただ…話がしたくて!こっちのあなたと!」
「話なんてないです…!私には!しょうちゃんを一人にして、捨てて、逃げ出した私なんかには!」
「えっ…?」
思わぬ返事に反応に困っていると、ひかりは強引にその手を振りほどいて。廊下は追いかけられると思ったのか、何を思ったのか、壁に足をかけて、飛び降りようとする。…ここ、三階なのに!?
「来ないでっ!!」
「ちょっ!?何を…待ってってば!!」
迷っている場合じゃない。杖をかざして、その先から光の鎖を放つ。変身しないで力を行使する特殊技、と解説している場合じゃないけれど。伸びていった鎖はひかりの体に巻き付くと、地面まで一メートルほどのところでその体を支えた。
「え…何…?なんなの…あなた…」
目を瞬くひかり。その横へふわりと着地すると、彼女の体を受け止めて魔法を解いた。
「ひゃあ!?」
「驚かせてしまってごめんなさい。それから…初めまして。私は榊輝子…ってそれは知ってますかね。少しだけ、いいですか?」
「え…ええ・・わかりました」
ー「別の世界、ですか?」
「まだよくは分かっていないんですけどね。気が付いたらこの世界にいたんです。何が何だかって嘘みたいな話、ですけど」
ひとまず彼女を連れて近くの広場へ。自販機で買ってきた飲み物を手渡すと小さくうなずいて、少しは落ち着いてくれたみたいだった。
「それで…どうして私のところに来たんですか?」
「実は、こっちの私にあったんです。何回か。一方的に襲われた、ともいえるんですけど」
そう告げると彼女の表情が凍り付く。震える声で、息とともに言葉が吐き出された。
「しょうちゃんに…ですか?」
「戦うしかなくって、なんで言葉は全然交わしてないんですけど。だからこれが私から見てもこれが自分だって信じることができなくて。同じだから通じるところがあるはずじゃないですか…例えば…三度の飯はコシヒカリに限る!みたいな、なんていうか」
「私のせいだ…」
うまく例えられずに言葉を探す私をひかりが遮る。
「…ひかりさん…?」
「…私のせいだ…私が悪いんだ…私が手を…この手を離さなかったら…私の、私のせいで…」
「ちょ、ちょっと!ひかりさん!しっかりしてください!」
両手を重ねた手が震える。少しずつ力が強くなっているのか握られる手が赤くなっていく。
「私が…私が悪いんだ!私のせいで…私のせいで、しょうちゃんは…!」
「ひかり!!しっかりして!」
両肩をしっかり握って、目を見て叫ぶと彼女ははっと我に返る。それからまた、申し訳なさそうにうつむいた。
「…ごめんなさい」
「いや、私の方こそ…すいません」
彼女との間におもたい沈黙が流れる。ややあって、私のほうを見つめて彼女は口を開いた。
「…聞いてもらっていいですか?あの日のこと」
「…大丈夫、なんですか?」
「…わかりません。でも、知っていてほしいんです。私と、しょうちゃんのことを」
そうして、ひかりは語りだした。私の知らない、二年前のあの日の出来事を。
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