第6話 光なき輝き

色部ひかり。かけがえのない私の親友、いや、もっと。その名をモニターで調べてくれていた長岡さんが天を仰ぎ、嘆息する。

「少なくとも今はコシゴにはいないようですね。転入出の過去のデータ当たってみますけど、こりゃしばらくかかりそうだなあ」

「届けが出ていれば、ですけどね」

そういって牧野さんも苦笑する。

「そうか、二人はそのまま続けてくれ」

どうやら手掛かりもないかもしれない彼女の行方はなかなかわかりそうにない。ひとまず私たちも別にすることもなく、はるひさんは大学へ、菜摘ちゃんも今からなら二時間目には間に合いそうデス、と学校に行く支度を始めて。そんな菜摘ちゃんに、忘れものよ、と晴子さんから緑色の液体の入った小瓶が差し出された。


「うへぇ…仕方ないとはいえ持ってかないとダメデスか…」

「決まってるでしょ、菜摘ちゃんの体のためなんだから」

「あの…それ、いったい何ですか?」

「ああ、いや、別に大したものじゃないのデス。それじゃ、あたしも学校に行ってくるデスよ!」

サッと小瓶をカバンに放り込むと慌てた様子で菜摘ちゃんは走っていって。オペレーションルームにポツンと私一人だけ残される。

「さて、輝子くんはどうする?ひとまず自由にしてもらって構わないんだが」

「そうですね…そうしたら街を見てきてもいいですか?私の目で見ると違いにも気付けると思いますし」

「ああ、わかった。何かあったら連絡してくれ」

「こちらこそです。よろしくお願いします」



外に出ると朝の通勤通学ラッシュの時間はとっくに過ぎていて、町の中に人はまばらだった。買い物に行く主婦の方や近くまで散歩の途中の幼稚園児たちとすれ違いながら、私は目的の場所に向かう。

「こっちにもある、んですかね…。…あったらいいな」

小さな公園の脇を抜けて、さらに路地へ。そこからしばらく道なりに歩いて、一軒の家の前で足は止まった。

ー柿崎ー

私が足を止めた一軒家の表札にはそう記されている。

「やっぱり…どこ行っちゃったのかな、ひかり」

そこは私の世界ならひかりの家のあった場所。温かいオレンジ色の太陽みたいな屋根のあの家は、瓦の重く輝く平屋の古民家になっている。

当然、遊びに行くたびに、待ってたよ、とばかりに開いたひかりの部屋。二階の窓はどこにもない。


「あら、どうかしましたか?」

ぼーっと家の前につっ立っていると、気が付いたのか家主の老婆が庭へ出てきた。

「す、すいません。…あの、このあたりに色部さんという方は済んでいないですか?たまたま近くに来たので会いたいな、と思ったのですけれど…」

「あら、あなたご存じないの。色部さんならそうね…二年前だったかしら。突然引っ越されたのよ」

私の問いかけにおばあさんはそう教えてくれる。随分あわただしく出て行っちゃったわね、と彼女が続けた。

「そう、だったんですね…。すいません、教えてくださってありがとうございます」


一礼してその家を離れる。それから向かうことにした元の私の家も、外観こそ同じだったけれど住んでいるのは全く別の赤の他人だった。身近な変化にめまいを覚えた私は、ふらふらとさっき通り過ぎた公園に吸い込まれて、ベンチにへたり込む。

「…ここは、変わらないんですね…」

遊具の色も、形も、ベンチやトイレの配置も私の知っている通りそのまま。落ち着くような、逆に落ち着かないような、不思議な感覚が体を包む。


(そういえば…こっちの私はどこにいるんだろう。始まりが同じ”あの日”なら私と同じあそこにいたっておかしくないのに。…ひかりはいなくて、私一人。私だったらきっと、耐えられないなあ…)

「ひかりに…会いたいなあ…」

私を支えてくれる私の太陽の光。反対にひかりは私のことをやさしい月の光と呼んで、月と太陽だから二人で一つ。私はひかりに支えてもらって戦えて、そしてひかりを守ることができて。

こっちに来て、わからないことばっかりで、思い出さないようにしていたけれど。隣にいない彼女を思い出したら急に心細くなって…つうと涙が流れた。

「ひかり…会いたいよ…。ねえ…」


何かのうなる音がする。慌てて顔を上げると、目の前に大剣が迫ってきていた。とっさに刀の鞘ではじいて凌ぐと、頭上から声が響く。

「くだらない。どうせ人間は独りぼっちなのに」

「もう一人の私…!?待ってください、戦う理由も、その気も私にはないんです!」

「知らない…こっちにはあるんだけど」

「…どういうことですか?」

「うるさい…。声がする、あんたを殺せって…」


そう告げた私の目が赤く輝く。すると彼女の周囲の地面から、黒い魔獣が沸き立つ。いつものカラスやサルたちの色違いにしては禍々しいオーラを放った。

「魔獣!?…どういうことです、あなたが魔を生んだ…とでも?」

「…さあね。…関係ないでしょ」

「ありますよ、もう巻き込まれたんですから。あなたのことも、ひかりのこともです」

「…ひかり…?ひかりって言った・・?」

「こっちにもいるんですよね、色部ひかり。知りませんか?」

「知らない」

ゆらりと顔を上げた私が、間髪入れずに否定する。

「…知らない、あんなやつのこと、何も、何も。…私のことを、見捨てた奴の事なんて…!」

とたんに顔が怒りに歪んで。もう一人の私は、黒い瞳をこちらへ向けて、魔獣とともに襲い掛かる。

「…やりたくないんですけど…いきますよ」

私も杖を構えて。私と私は再び相対することになった。


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