第3話 知っていて、知らない

コシゴシティの海沿いに広がる中心街・第三地区の一角に鉄城者の本部は建てられている。それはここでも変わらないようで、海に面して六角形のビルがそびえたっている。屋上に大きな望遠鏡のようなものが見えるのも同じのようだ。

「ここが本部だ。もっとも、あなたの知るものと同じかは分からないが」

「いえ、そっくりですね。なんだか懐かしいくらいです」


はるひさんの案内で私は建物の中へ。道中、職員の方たちとすれ違うと、私の姿を見るとぎょっとしたり、怪訝そうな表象を浮かべる。少し警戒されているみたいだった。

(そっか…ここにこっちの私はいないから…違和感がすごいなあ。私は知ってる人たちだけど、知らない人たちなんだものね)


「司令、お連れしました」

「おお、ご苦労だったな、はるひ」

本部の最上階、ひときわ厳重そうなゲートをはるひさんが開いて、体格のいい中年の男性に声をかける。振り返ったその人も、私を見て少し面食らったようだ。

「榊、こちらが私たちの司令官、長尾…」

「長尾明虎さん、ですよね。…初めまして、榊輝子です」

一礼する私をよそに、二人は顔を見合わせる。


「驚いた…私のみならず、司令まで認知しているとはな」

「ふむ…はるひの報告通り、榊輝子がもう一人…だな。いや、失礼。俺は長尾明虎、ここの指令をしているものだ」

そして、と司令が紹介してくれたのは私たちを支えてくれるオペレーターのお二人。

「俺は長岡颯太。にしても…キミが榊輝子?とはねえ」

「じろじろ見ないの。私は牧野一花、よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

もう一度頭を下げた私は、これまでのいきさつを皆さんに伝える。目が覚めたらこちらに来ていたこと、そして、もう一人の私に出会ったこと。


「なるほど、事情は分かった。何とも不思議なことがあったものだな」

話を聞いた司令がうなる。私にも何がどうして今に至るのかさっぱりで、何かわからないか尋ねようとしたとき、ゲートの開く音とともに大きな声が響いた。

「司令―何か用デ…ってデデッ!?榊輝子!?どうしてここにいるデスか!?…それより、よくおめおめとここに来られたデスね!覚悟しやがれデス!!」

入ってきた金髪の少女は既に城砦の力を纏っていて。驚いて鎌を構えた彼女の眼には敵意がありありと浮かんでいた。

「待て!落ち着け本条!」

「菜摘くん!彼女は榊輝子であって榊輝子ではない!」

「問答無用デス!これまでの分そっくりお返しするデスよ!」

「わわっ!?忠輝さん!」

こちらも力を纏うしかなく。振り下ろされた大鎌をすんでのところで杖で受け止めると、ぱちくりとピンクの彼女の目が瞬いた。

「デデッ!?なんなんデス、その格好・・・・・デ、デェース!?」







「すいません!ほんっっっとうにごめんなさいデス!」

「だ…大丈夫です。そんなに謝らなくても…。私の方こそ、驚かせてしまってごめんなさい」

事情を飲み込めたのか、真っ青になってぺこぺこと彼女は頭を下げて、私はそれを制する。涙目のまま、鼻水をすすった彼女がようやく顔を上げた。

「え…えっと…あたしは本条菜摘デス。輝子さん、本当にごめんなさいデス」


この子は本条菜摘。彼女のことも私はちゃんと知っている。村上城の力に適合した、無口な私の後輩。だけれど、こちらの彼女は力こそ同じだけれど派手なロングの金髪に語尾の特徴的な「デス」、そして何より活発そうな彼女に私は押されていた。

「輝子さん、どうかしたデスか?」

「ああ・・・私もさっきはるかさん達に言われたのですけど、ところ変われば人も変わるのだなあ、と。ここまで元気な本条ちゃんは見たことがないですから」


「その事だが。輝子くんの話からすると輝子くんはここではない世界の住人なのではないかと思う」

「何デスと!?」

「やはり、異なる世界なのでしょうか…」

「詳しいことについては専門家に当たるしかあるまい。あいにく今日は非番だが、近く分析させよう」

「…ありがとうございます」

「何、大したことはしていないさ」

そういって司令がポリポリと頭をかく。ふと、はるひさんが手を上げて、それにぴょん、と勢いよく菜摘ちゃんが続く。それを見たはるひさんが彼女へ先を譲る。


「あのあの!輝子さんの知ってるあたしたちってどんな人たちなんデスか?所変わればところてんーってさっき言ってたデスよね!」

「人変わる、だね。そうですね…本条ちゃんは無口な子、でしたね。もちろん何を考えているのかとかわかるし伝わるんですけど、大人しくて控えめ、というか。はるひさんはとても豪快な方で、こちらでも変わらないと思いますけど私たちの頼れるリーダーです。司令官は…やっぱり堂々とされていて、パワフルな方です。…そうそう、それでいて数字に強くて発明家なのは面白いかもしれないですね」

「はぁ~全然別な人なんデスね。こっちの司令はがっしりしてるデスけど、見ての通りのまんま筋肉デスから!」

「…菜摘くん…?」

「デデッ!?し、失礼しましたデス…」


音もなく後ろに立った司令官に慌てて、菜摘ちゃんがはるひさんの背中に隠れる。こほん、と一つ咳払いをして、はるひさんが口を開いた。

「私からも一ついいだろうか。原因は分からぬが、異世界へ来る、というのは尋常ではあるまい。何か、あるのではないだろうか。もう一人の榊がここへ来なければならないだけの理由、というものが」

「そう、ですよね。私がここに来た理由。来る必要…」


ぐるぐると回り始める頭の中。それを、突如として鳴り響いた警報音が静止させる。

どうやら、考え事はひとまず後回しみたいだ。


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