第2話 異なる刃
迫り来るカラスと白サルたち。それを切り払ったのは漆黒の少女だった。吸い込まれるような黒い髪と瞳の彼女は、見誤るはずもない、私の顔で。…もっとも目つきはずいぶんと悪いけれど、私だ、という点では間違いない。
そしておそらく力も。ほぼすべてが黒一色とはいえ、特徴的な破風の形状はそのまま。肩と手甲をすこし覆う程度の籠手のみ、そして和装、と彼女はシンプルな見た目をしている。その右手には歪んだ形状の偃月刀がだらりと下げられていた。
「…さっさと行けば?」
私の後ろをじっと見て、もうひとりの私…はぶっきらぼうに言った。それにはじかれた様に二人は駆け出していき、と少女の方が途中で立ち止まり、振り返る。
「お姉ちゃんたち!ありがとう!」
「…別に。守ったつもりはないから」
「気…気を付けてくださいね!」
あまりのそっけない返事に、妙に慌てて私は手を振る。そうして今度こそシェルターに入ったのを確かめて、彼女に向き直る。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「そんなつもりじゃないから」
それだけ言うと、フイと去ろうとする私。その手を私は掴んで止める。
「……何?」
「そんなつもりじゃなかったとしても、あの二人を守ったのは私だけの力じゃありませんでしたから。私からも、ありがとうございます」
「だから…勘違いしないで。私は魔獣を切っただけだから」
「だとしても…っ!?」
なお続けようとした私の目の前を偃月刀がかすめていく。慌ててのけぞると、忌々しそうに彼女が刃を構えた。
「…鬱陶しい。大体あんた何なの?どうして私がもう一人いるわけ?」
「ちょっ…ちょっと待ってください、落ち着いて…!」
「…うるさい…!!」
彼女の振るう刃の軌道が揺らぐ。勢いよく回転する水車のように、幾度となく刃が降りかかってくるようだ。
「幽刻・源氏車……」
「な、何をするんですか!?私たちが戦う理由なんて…っ!」
冗談からの刃をはじいた隙をついて、脇をすり抜けた彼女が私の脇をサッと切り裂いていく。片膝をついた私へ、止めを刺すように刃が下りる。落ちてくる。
「待て!榊!何をしている!!」
「……また来た…。しつこい」
呼びかけに対して心底うっとうしそうに、身を翻すともう一人の私は背を向ける。
「あんた、続きは今度。容赦しないから」
言い残すとひとっ飛びでビルの上へ、腰に巻き付いた白い布切れが風になびく。一瞬だったけれど、そこに記された文様は私の目に飛び込んできた。
「榊原…源氏車…?」
「逃げ足の速い…。何があったか知らないが、無事か?……お前は…」
駆け付けた法衣の、蒼い髪の女性が目を見開く。
「…榊輝子、か…?」
「は、はい…。私も、彼女も、榊輝子…だと思います」
「これは…どういうことだ?榊が二人…?」
目を白黒させる女性のことを、私はよく知っている。上杉はるひさん。春日山城の力を宿した名刀・謙信の使い手にして、所属する鉄城者においても先輩にあたる人だ。この人に出会えたのはきっと大きい、はず。私は思い切って彼女に声をかける。
「えっと…上杉はるひさん、ですよね。お話ししたいことが色々とあって…あればですけど、鉄城者本部、でどうでしょうか?」
「!?何者なんだ…いや、榊は榊か。すまないな、私の知る榊とは姿も口調も違う故…。しばし待ってくれ、司令に確認する。
…司令、こちら上杉。魔獣討伐中に榊と遭遇、そちらには逃げられたのですが、いま一人、榊輝子を名乗る少女と遭遇しました。話がある、とのことですが本部へ同行させてもよろしいでしょうか。…はい、承知しました」
しばらく通信していたはるひさんが私の方に向き直る。そうして町の中心を指で示した。
「待たせてすまないな。本部に確認が取れた、話は向こうで聞かせてくれ」
「もちろんです、はるひさん」
うなずくと、不思議そうにはるひさんは目を瞬く。
「あの…どうかしましたか?」
「ああいや、すまない。少し驚いてな。名を呼ばれたこともなかったゆえ、あの榊とは姿こそ似ていても別人なのだな、と思ったまでだ」
「ああ…すいません。つい、いつもの癖で…」
ふふ、とはるひさんが笑う。その微笑はどこかさみしそうな色をしていた。
「なるほど。あなたの知る私とあなたはいい関係を築けているのだな。羨ましい限りだ」
そう言ってはるひさんは肩をすくめる。
「まあ、ともかく話を聞かせてくれ。それからだ、全てな」
「はい。はるひさん」
その背中を見上げて私もそのあとへ続く。
違う世界、違う私。手掛かりを求め、私ははるひさんと共に、鉄城者の本部へと向かった。
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