10.3 104〜106ページ目 蘇生処置と安楽死

 --104〜106ページ目--


 Will and testament:


 ずっと家の部屋に隠してあったプレミアチケットを誰に病室まで持ってきてもらったかは内緒です。でも、もしその人が誰か分かっても、絶対にその人のことを責めないでね。


 この前みんなに渡した手紙にも書いたから、ここに書く必要もないんだけれど、私の人生の大きな決断だから、ここにも書き残します。


 お願いだから、できる限り蘇生処置はしないで。

 あと、もし、合法化されたら、私を安楽死させてください。


 私からの最後のお願いです。


 私の体はもう持たないから、次に発作が来たときは、心停止したときには、そのまま逝かせてほしい。なぜなら、私は痛みの中に閉じ込められることが、何よりも怖いから。この痛みから逃れられない場合、もしも選ぶ権利があるのなら、私は安楽死を選ぶ。


 目を逸らしがちだけれど、死はすべての生き物に等しく起こる出来事です。


 死を自ら引き起こすことはできる限り避けるべきだとは思うけれど、無理に命を引き伸ばすことは幸せとは限らないことをわかって欲しいの。


 私はもうここ数ヶ月『薬』を飲む体力すら私にはなくて、一日に数分しか意識がないし、食べ物も自分ではほとんど食べられません。


 だから、最後のプレミアチケットを使って、人生を早送りしたいんです。

 わがままかもしれないけれど、許してください。


 一日数分の自由を得るために何年も生きるよりも、私は今日と明日を自由に生きたいんです。


 プレミアチケットを使うことが自殺に相当すると言うのなら、このノートは Will and testament (遺言)ではなく、 Suicide note(遺書)ですね。


 それでも私は、今からプレミアチケットを使って自由な時間を手に入れます。



 生きるために薬を飲んで、死期を早めてしまうことは、わがままでしょうか。



 私の決断で傷つく人がいることが、とても辛いです。


 みんなのことが大好きだから、私は今日まで生きてこられました。


 けれど、『薬』を飲む力もなくなって、ベッドから動けないまま、時間を刻むことが私にはもう耐えられません。


 びっくりです。私は明日、二十歳になります。

 だから、これで終わりにします。


 私を思い出にして、みんなも自由に生きてね。



 LIFE:


 五月五日


 夜、最後のプレミアチケットを使った。


 五月六日


 目覚めると朝日が目に入ってきた。

 私の協力者に呼ばれて、急いでやってきた直が息を切らしながら言った。


「沙樹、誕生日おめでとう!」


 一日中、直の押す車椅子で過ごしたけれど、背中に羽が生えたみたいに体が軽かった。


 私の大切な人に会って、大好きな場所に行ってたくさんのことをした。


 自分の目で見たい景色をたくさん見ることができた。


 それは、最後の誕生日。最後のおはよう。最後の朝ごはん。最後のオシャレ。最後のメール。最後の昼ごはん。最後のいたずら。最後のケーキ。最後の買い物。最後の本。最後のリリの散歩。最後の夕日。最後のお母さんの手作りのオムライス。最後のデザート。最後のハグ。最後のみんなの笑顔。最後のごめんなさい。最後のありがとう。最後のおやすみ。


 病院へ向かう。


 最後の夜空。最後の公園のベンチ。最後の……直と二人だけの時間。


 最初で最後のキス。


 こんなに月がきれいな夜に、直と出会った公園に戻ってこられるなんて夢にも思わなかった。


「やっぱり俺、沙樹より好きになる人には出会えないと思う。正真正銘。本気だから」


 直、覚えてたんだ。

 私は直の目を見て、あの時の言葉を、もう一度言った。


「じゃあ、私より好きな人を見つけてね」


 すると、直もあの日とまったく同じ言葉で返してきた。


「そんなの、絶対に無理だよ」


 だから私は、この言葉も、もう一度言う。


「無理じゃないよ。賭けてもいい」


 そのあと、病院ではなく、やっぱり家に帰って、私の部屋で二人で眠ってしまった。

 夜中に目覚めると、直は気持ちよさそうに寝息を立てていた。


 もう、手に力が入らない。


 このノートも、ここまで。


 もう一回寝ます。


 おやすみなさい。


 私は幸せでした。



 ——終わり——


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