スケール6

6.1 幸せになるチャンス……。

 公園には、春の終わりの気持ちのい風が吹いている。


 ハルカさんはに視線を落とすと、目を擦って眠たそうな顔をした。


 僕は、過去からの送られてきたような濃い青色の、深海色のノートを手にして、自分がまるで物語の主人公にでもなった気分だった。このノートには、まるで魔法でもかかっているのではないかと思うほどの重みを感じていた。


 けれど僕が本当に主人公なら、なんて頼りなく、何もできない子どもなんだろう……。せめて、特技の一つもあればいいのに……、僕が毎日していることといったら本を読むことぐらいだった。


 僕はいつも新しい本を手にするたびに、そこに書かれた物語を読めば人生が変わるのではないかと期待してしまう。息苦しくて、何もできない日々から抜け出せるんじゃないかと願ってしまう。そして、読み終わるたびに自分の人生を変えられない自分に出会う。


 このノートに書かれている内容は、自分自身のために書いた日記とは違う——読み手を意識して書かれたものだということは分かっている。けれど、出版された本とも違う気がした。僕がこの遺言(Will and testament)を受け取っても、一体何ができるんだろう。世界か変わったりするのだろうか? 僕は少しでも強くなれるだろうか?


 僕は弱い。

 もうずっと、何年も逃げて生きている。


 僕が学校を休み出してしばらくした頃に、僕はだと学校の先生がクラス全員に言ったということを、数年前にクラスメートからたまたま聞いて知ったとき、僕はやりきれない思いにさいなまれた。


 僕は、うつだとか、パニック障害だとか、具体的に診断されたわけじゃないけれど、今まで起きた出来事を振り返ると、何かの病気なんだろうとは思う。けれど、学校の先生が勝手にみんなにそんなこと言わないでほしかった。先生も問題なく学校に通っている僕が突然休みだして困っていたのかもしれないけれど、みんなに何か言うならば、事前に、僕に一言相談してほしかった。


 僕の感じている痛みがどこから来るものか確認しないまま、問題を簡単に片付けてほしくなかった。


 ふと思い出した出来事に、僕はなんだか泣きそうになった。ノートの続きを読むことができずに、ノートの初めのページに戻って、もう一度そのページに目を通した。




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 世の中は冷たくて、不公平で、ときに意地悪で、でもやっぱりまだ優しい。

 だから、みんなが苦しんでいるけれど、みんながどこかで幸せになるチャンスがあると思いたい。


 私に——世界中を平和にすることは無理でも——町内を平和にできるくらいの力があればいいのに。


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 さっき写真で見た沙樹さんや直さん、そして、ハルカさんのことを思い浮かべる。三人とも、日々辛いことや苦しいことはあったんだろう。けれど、写真の中ではすごく幸せそうだった。



 幸せになるチャンス……。僕にもまだあるのかな。



 僕は深く息をついて、なんとか気を取り直すと、ノートの続きを読み出した。


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