6.3 66〜71ページ目 クリスマスの妖精1
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LIFE:
十二月二四日と二十五日
クリスマス。
今年ももうすぐ終わる。
十二月七日にみんなのクリスマスプレゼントを探してみたけれど、結局見つからないまま、二十四日の夜を迎えた。クリスマスイブです。
前日がお姉ちゃんの結婚式で、初めて二日連続でプレミアチケットを使うことにした。正直なところ、計画を来年のクリスマスに延期しようかとギリギリまで迷ったけれど、一年先の自分を想像できなくて、予定通り計画を実行することにした。
☆ ☆ ☆
どうして私がクリスマスにこだわるのか、自分でもよくわからないけれど、小学生になってすぐの頃、学校の図書室で本を借りる方法を習う授業があって、そのときに私が適当に選んだ本が、北欧のニッセ(国によってはトムテとかトントゥというらしい)についての絵本だったからかもしれない。
サンタクロースのミニチュアバージョンのような小人の妖精ニッセは大切にすれば善意を行動で返してくれる(住み着いている家の家族や家畜を守ってくれる)農家のガーディアン(守護神)だったはず。
優しいだけではなく、気難しいニッセは、イタズラをされれば仕返しをするし、大事に扱われないと、その家から出ていってしまうらしい。そして、ニッセの話はクリスマスともつながっていた。けれどニッセは、私が知っていたサンタクロースよりも人間味あふれていて、選んだのは子ども向きの絵本だったはずのに、その本を読んだ私は、ふと、『サンタもニッセも話の中にしかいないのかな』と思ってしまった。
でも、しばらく考えて、幼稚園の年少のクリスマスのときに、枕元の壁に吊るしてあった靴下に入っていた小さな紙の星を思い出して、『人間がニッセを生み出したのなら、ハルもニッセなのかな』と思ったりした。そして、『クリスマスってやっぱりいいな』と思うようになった。
☆ ☆ ☆
私がそのニッセの本を読んだ年の秋の終わりに、私は子猫に出会った。そのとき私は七歳だったから、ちょうど今から十年前。
どこからやってきたのか、まったくわからないけれど、その猫は、まるで自分で家を選んだかのように、私の家の玄関に座っていた。ふわふわのきつね色の毛がかわいい猫だった。けれど、とても痩せていて、力がないように見えた。
お母さんは大の猫好きで、できることならその猫も飼いたかったんだけれど、リリの世話と三人の子どもの子育て、そして仕事と、もうこれ以上は手が回らない状態だった。
事情を知った隣の家の人がしばらく預かってくれるということで、お願いすることになった。そして、まずは子猫がどこかの家から逃げてきてしまったかもしれないので、貰い手を探す前に、飼い主がいないか探すことになった。私とハルは毎日のように子猫に会いに行った。二週間ほどしても、迷い猫を探しているという情報はなく、猫をもらってくれる人を探すことになった。
猫の新しい飼い主が見つかったのは、それから一週間後のクリスマスイブのことだった。クリスマスの日の朝に、前日にハルと一緒に作った焼き菓子を手に、お母さんとハルと三人で猫を新しい家に連れて行った。家から徒歩十分ほどの場所に、子猫の新しい家があった。飼い主の女性は、子猫を早速抱き上げると、
「かわいい猫さん。ウチには子どもがまだいんから、私の初めの子どもにするね。この子の名前は何て言うのかな?」
と聞いてきた。
「名前、つけてないの」
その女性の言葉にはどこかの方言(関西弁かな?)が混ざっていて、私は珍しく人見知りが発動してしまい、お母さんの後ろに隠れながら、袋に入った焼き菓子を渡した。
「これ、くれるの?」
「うん。マフィン」
女性嬉しそうに私の顔を見返した。
「ありがとう。じゃあ、この子の名前はマフィンにするね。色もそっくりでしょ?」
「うん」
猫は——マフィンは、女性に床に下ろされると、まるで初めからその家の猫だったかのように、家の中にすっと入っていった。優しそうなマフィンの飼い主になる女性は私の背に合わせて身をかがめると、「いつでもマフィンに会いにきてね」と言ってくれた。
そのとき「うん」と頷いたけれど、そのあと色々あって、一度も会いにいくことができないまま、数ヶ月が経ってしまった。それから時々マフィンのことを思い出すことはあったけれど、よく知らない人なので会いに行きづらく、結局ずっとマフィンに会いに行くことはなかった。
☆ ☆ ☆
あれから、十年。私はクリスマスの朝に、できる限りのマフィンを焼いて、今までお世話になった人に会いに行くことにした。留守だった時のことも考えて、カードにメッセージを書いて用意しておいた。
いくつ焼けば足りるのか、考えれば考えるほどその数が増えていく。二十三日の夜にハルに計画を知らせたら、早速あの日のマフィンのレシピが携帯のメールで送られてきた。その直後に携帯の電話がなった。ハルからだった。
「材料と人手は足りてるの?」
「多分」
「今から行く」
電話が切れて、数十分後、結構な量の小麦粉とバター、卵などの材料とともに、ハルが玄関に立っていた。
「明日、ケーキ焼いて持ってくる予定だったんだ。だから、これが沙樹へのクリスマスプレゼントってことでよろしく」
お姉ちゃんの結婚式の後で、家族はみんなすっかり疲れて、まだ十二時になっていないにもかかわらず、夜型の空まですっかり眠っていたけれど、私は二十二日の夜使ったプレミアチケットのおかげか目が
二十四日の早朝、プレミアチケットの効き目が切れる前にもう一度プレミアチケットを使った。これで、二十五日のお昼過ぎまでは大丈夫だ。元々の計画では二十五日の朝にチケットの効き目が切れるので、それまでに配達を済ませられるか不安だったけれど、二十五日の昼までなら十分に時間がある。
朝になって、家族みんなが(お姉ちゃんも、お正月が終わるまでは、ここにいるので、)それぞれリビングに下りてくると、ものすごい量のマフィンに驚いていたけれど、甘い匂いに包まれて、嬉しそうに焼きたてのマフィンをパクパクと食べた。
昼過ぎにはマフィンの材料が尽きたので、ラッピングを始めた。
その年の家族からのクリスマスプレゼントは、万年筆だった。私がノートに色々書いていることに気がついているのだろう。あと、いつもはプレゼントはひとつなのに、私が毎日みんなに写真を送りつけているせいだろうか、ずいぶん高機能なデジカメまでもらえた。
午後には私とハル解放されたオーブンが、お母さんとお姉ちゃんに拘束されてクリスマスのジンジャークッキーやケーキ、そして日本のクリスマスの定番のチキンを焼くためにフル稼働していた。
私は二十四日の夕方から配達を始めた。近所の家や病院で出会った多くの人、幼稚園の頃からの友達や知り合い、その日たまたま配達中に出会った友達の友達にも。ハルのアイデアで、不在の人用に、日持ちするバタークッキーも用意した。メッセージカードと共にバタークッキーを郵便受けに入れて、驚かせずに済むといいなと祈った。せめて気持ちだけでも届けばいい。
二十四日の夜には、直と拓さんも呼んで、クリスマスパーティーを開催した。ここ数年は、静かに過ごす時間が増えていたけれど、今年はまるで幼稚園の頃みたいに色々な場所に出かけたり、パーティーも何度も開いている。来年も同じように過ごしたい。
☆ ☆ ☆
二十五日の昼前、お菓子の配達は順調に進み、最後の一軒を残すのみとなっていた。
私はハルと一緒にその最後の一軒に向かっていた。一人では行く勇気が出なかったと思う。
十年ぶりだけれど、家の場所ははっきりと覚えている。あの女の人は今も変わらずにあの家に住んでいるかな? あの猫はどうしているだろう。元気にしてるといいな。
家の前に来ると、門が開いていて、ドアの前に幼稚園くらいの男の子が座っていた。
「ここはマフィンの家ですか?」
尻込みする私をよそに、ハルが男の子に質問した。
「うん。マフィンさんは、僕のお兄ちゃんだよ。でも、今は家の中で寝てる」
ハルが私に目を合わせてきた。
「私たち、マフィンさんの友達なんだけど、マフィンさんとお母さんに会えるかな?」
男の子は、玄関のドアを開けると、家の中に消えて行った。家の前の道路で待っていると、しばらくして、男の子だけが戻ってきた。
「お母さん、頭が痛いから無理だった。マフィンさんだよ」
そう言って、男の子は家の中を指差した。あのときと同じきつね色の毛のふわふわした猫が、ゆっくりこっちに向かって歩いてきて、玄関のポーチに座った。かわいい子猫はすっかり大きくなっていた。よく手入れされているのだろう、毛並みが良くて、その姿はとても優雅だった。
「マフィンさん、かっこいいね」
「うん。毛がふわふわだからね」
「よかったら、お手紙を書いたので、お母さんに渡してもらえますか? あと、お菓子も焼いたので、みんなで食べてね」
私が紙袋を渡そうとすると、男の子は「お母さんを呼んでくる」と言って玄関に戻った。
「あっ、でも具合が悪いなら、無理しない方が……」
男の子は私が止める声が聞こえなかったのか、あっという間に家の中に消えていった。
数分待っても、男の子は戻ってこない。
諦めて帰ろうとしたときに、随分具合の悪そうな女性がパジャマのまま出てきた。
「あの、マフィンの友達が来たって、この子が言うんですけど、何か用ですか?」
「すみません。具合が悪いときに伺ってしまったみたいで、でも、マフィンのことありがとうございます」
「沙樹、もう少し説明しないとわかんないよ。あの、私たち、十年前に……」
ハルが慌てて説明を付け加えた。すると、女性の表情が、少しだけ柔らかくなった。
「あ。あのときの」
「あの、マフィンにもう一度会いたかったので、突然来てしまいました」
「どうぞ、中に入って」
女性が無理をして気を遣っているようには見えないけれど、とても具合が悪そうなので、私は中に入る勇気が出なかった。
「いえ、あの具合が悪いと息子さんから伺ったので、もう帰ります」
「寄っていって。また十年来んつもり?」
ハルが私の手を引いて、「お邪魔します」と言った。
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