第112話 ハーパルからのメッセージ

「すぐに出発しましょう」


 辛い決断だが、これも仕事。ハルトが何らかの奇跡を起こして上手くやる事を期待しよう。


 奇跡なんてそうそう起こらないけどね。


 そんな私の気も知らず、待ったを掛ける人物が居る。元大神官アルテミシアだ。


「ハル君を置いて行けないよ!」


 この呼び方を聞くたびに少しだけイライラする自分を感じる。ハル君て何なのよ!


「待っていたら貴女が危険なのよ」


 それくらい分かるでしょうに。


「ハル君は今も危ないんでしょ! 放っておけない」


 コイツは自分の立場を分かって居ないのね。


「アルテミシア殿。少年は自分の事は自分で何とかするだろう」

「それでも……」

「あー、もうぐちゃぐちゃ煩いのよ! 黙って船に乗って。さっさとオウバイへ向かうのよ」

「でもハル君が……」


 またそれか。


「アンタにハルトの何が分かるのよ?」

「何って……」

「ハルトはアンタを助ける為に残ったの。あの状況じゃ他に方法は無かった。誰も好き好んであんな事はしないわ。アンタが居るからよ!」

「わたしの所為……なの?」

「それすらも分かって無いの? それなら言ってあげるわ。ハルトはアンタの所為で一人で大勢の騎士を相手にしなくてはいけないの。もちろん、危険なのを承知の上でね。それは全部アンタの所為なのよ!」


 パン!


 痛い。何故私がクリアに叩かれないといけないの?


「レヴィ、それは言ってはいけない。少年もそれを望んではいないだろう」

「そんな事分かってるわ!」

「それならば自重するんだ」

「自重ですって? 私が今、どれだけ我慢しているか分かっているの? 今すぐでもハルトを助けに行きたいのに、アイツがそれをさせてくれない! 私はハルトの信頼に応えないといけないの。だからアイツをオウバイへ連れて行くわ。それが終わり次第すぐハルトを探しに行くの。お願いだから大人しく船に乗ってよ……」


 八つ当たりなのは自覚している。それでもハルトが心配で言わずにはいられなかった。


「ごめんなさい……」


 アルテミシアは肩を落とし、一言呟いてから船に乗り込んで行った。


 アルテミシアが立ち去った後、クリアからまたお説教をされてしまった。


「レヴィ、あれは良くないな」

「ゴメン」

「俺に言っても仕方なかろう」

「それでも、ゴメン」

「ふむ、その言葉は受け取っておく。アルテミシア殿にも後で謝っておくのだぞ?」

「分かったわ」


 全員が船に乗り込み、慌ただしく出航した船の上で、一人で自己嫌悪に陥り、ぼんやりと真っ暗な海を眺めていると、アルテミシアが私に近づいて来た。


「今晩は、レベッカさん」

「あー、レヴィで良いわ」

「はい、私の所為でご迷惑をお掛けしてすいません」

「違う違う、あれは私が悪いの。ゴメン」

「私がいなければ、ハル君は残らなくて済んだのですよね?」

「そうだけど、そうじゃないの」

「ほえ?」


 私の言葉を素直に受け取って、その上、謝罪に来てくれたアルテミシア。八つ当たりをしている私とは全然違うわね。


 こんなに幼い子供を相手に、私は何をやっているんだろうか?


「私はハルトが心配、だから焦りが出てしまった。でも私の仕事は貴女を護衛する事。貴女にあんな事を言う必要は無かったの。ごめんなさい」

「でも、事実だよね?」

「まあ……ね」

「ハル君、一人で大丈夫かなぁ?」

「ハルトは誰よりも強い。だから大丈夫、と言いたい所なんだけど、ハルトはいつもいつも何かをやらかすのよねぇ……」


―――――――――――――――――――――


 目を覚ますと真っ先に目に入って来たのは天井。どこかの建物の中の様だ。


 足は……大丈夫。左腕も動かし難いが大丈夫だ。問題はこの全身を襲う倦怠感と全く動かない右の義手だな。


 動かない右腕を庇い、左手を使って身体を起こす。


 部屋には僕が寝ているベッド以外にはほとんど何も無く、他には誰も居ない。


「ここは何処なんですかねぇ……」


 僕の記憶では皇帝ボンザの左手の瞳に何かをされた、くらいしか覚えていない。掌に瞳なんて思いっきり厨二病だよねぇ。


 動かない体をほぐしていると、部屋の扉を開けて、神官服を着た若い女性がヒタヒタと歩いて僕の方にやって来た。


「お目覚めの様ですね。御気分はいかがですか?」

「気分は悪くは無いけど、体が上手く動かせないです。特に僕の右手は義手なんですけど、指を動かす事すらできませんね」

「お待ち下さい……」


 若い神官は僕の右手の辺りに手をかざして、目を閉じてぶつぶつ言っている。


「もしかして……いや、だけどそれは、むむむ、そうすると可能性は……」


 自分だけで把握していないで説明して欲しいね。


「判りました。恐らく陛下の瞳にほぼ全ての魔力を吸い取られた事が原因かと思われます」

「あの左手の瞳は何なんですか?」

「詳しい事は私には分かりませんが、相手の魔力を吸い取り、魔力回路を破壊する物とお聞きしております」


 随分と物騒な瞳だね。右の義手が動かないのもアレの所為と言うわけか。


「これは治せないんですか?」

「魔力回路の治療はとても難しく、治療が出来るのは我が国では聖女様と大神官様と教皇様しかおられません」


 聖女のちーちゃんと大神官のアルちゃんはオウバイへ亡命している。従ってジニアで治療出来るのは教皇だけしか居ない。


「一応、教皇様に治療の打診はしてみますが、お忙しい方なので治療して頂けるかまでは回答できませんね」

「残念だが、その話は既に断られたよ。度量の狭い奴だぜ」


 割り込んできた声は皇帝ボンザだった。


「少し席を外せ。内密な話だ」

「かしこまりました」


 僕の治療をしてくれている神官さんを部屋から追い出したボンザが説明を始めた。


「教皇は、お前に顔を傷つけられたのを恨んでいるらしくて、あんな輩を治療する謂れは無いとよ」

「そう……」

「何だ? 反応が薄いな?」


 オウバイへ戻れば治療は出来るからね。焦る必要は無い。ただ、僕が今置かれている状況がそれを許さないだけだ。


 皇帝が居ると言うことは、ここはたぶんジニアの首都ディルティアにある幻想宮。


「僕をどうするつもり?」

「おう、それそれ。お前さ、俺の右腕にならないか?」

「嫌ですけど?」

「即答かよ! 少しは考える素振りくらいしろよ」

「お断りです」

「取りつく島も無ぇな。何が嫌なんだよ?」


 理由? 色々あるけどね。


「ジニアが僕を裏切ったから、が一番大きな理由。それに僕は誰かの下に付くつもりは全く無いよ」

「そんな事言うなよ。俺の右腕なればどんな贅沢でもさせてやるぜ?」


 ここで皇帝ボンザの側に控えていた男が紙に何やら書きつけて僕とボンザに見せて来た。


(私は反対ですな。良く素性も知らない唯の平民です。訳の分からない物を貴方の側に置くわけにはいきませんね。その上、その男を助けた所で貴方に忠誠を誓うとも思えない。多分すぐに喧嘩別れをするのは目に見えている)


「それはお前の主観だろう?」


(事実を言っているだけです)


「気が変わるかも知れないだろう?」


(無理です)


 二人のやり取りをぼんやりと眺めていると、何かに気づいたボンザが僕を見つめていた。


「ああ、悪いな。コイツはハーパル = リンドと言って、俺の参謀をやらせている。訳があって今は喋れないからこうやって紙に書いて意見をして来る。有能なんだが、いちいち煩い奴なんだよ」


(大きなお世話ですな)


 ハーパル = リンド、聞いた事は無いな。皇帝の参謀と言えば、大賢者のギンが最初に思い浮かぶ。


 ギン=ミクリア。本名は御厨銀。これまた皇帝と同じく日本から転移して来た皇帝の幼馴染。最近はとんと噂を聞かなくなっている。


 何処で何をしているんだか……


「とにかく、俺はお前を気に入った。何が何でも俺の右腕にする。それまでここで大人しく治療をしているんだな。その……腕の治療は必ず教皇にやらせる。不便だろうがしばらく我慢していてくれ。良いな?」


 そう言って皇帝はマントを翻して部屋を出て行った。


 参謀のハーパルもそれに続くかと思ったが、僕の枕元に一枚の紙を置いてから、そそくさと皇帝の後に続いて出て行った。


「なんだろうね、この紙は?」


 枕元に置かれた紙には何も書かれていない。


「わざわざ置いていったと言う事は何かあるはずだけれど、何も書いていないんじゃ、分かりようがないよね」


 よく分からない行動だが、一応バッグの中に仕舞い込んでおく。


 それを見計らったかの様に再び神官さんが部屋に入って来た。


「陛下に向かってあのような口を利いて何のお咎めも無しとは……驚きましたよ」

「あれ? 聞こえてましたか?」

「少しだけですけどね……陛下は最近、気性が激しくなられていて処刑された者も大勢居ますから」


 最近ねぇ……昔はもっと穏やかな人物だったって事だよな?


 僕はほんの数回しか会った事が無いから比較のしようが無いけど、あんな喋り方では無かった気がする。アレじゃあ皇帝というより、街中でよく見かける無頼漢みたいだよ。


「陛下から貴方の治療を進める様に言われています。まずはこれを飲んでおいて下さい」

「これ何?」

「貴方に今足りないのは体内の残存魔力です。それを回復させる魔力回復ポーションですよ」


 ふむ、これを飲めばこの全身の倦怠感も無くなるのかね?


 言われるがままにポーションを一本飲み干す。


「うーん、何も変わらないなぁ」

「……量が足りなかったみたいですね。もう一本飲んで下さい」

「えー、これ不味いんですよねー」

「治療です。飲んで下さい!」

「はいはい、分かりましたよ」


 その後、何本飲んでもほとんど変化は無く、急遽取り寄せた高級魔力回復ポーションを三十本ほど飲まされて、やっと少しだけ回復したみたいで全身の倦怠感が治ってきた。


「お腹がチャポチャポなんですけど……」

「こんなに飲んでも全快していないなんて……貴方何者ですか?」

「ただのハンターです」キリッ

「そんな筈無いでしょうに……」


 呆れ顔の神官さんが部屋を出て行ってから、バッグからハーパルが置いて行った紙を取り出して良く確認してみる。


 すると先程は何も書かれていなかった紙に薄く文字が浮かんで来ていた。


「時間経過で文字が浮き出る様にしてあったのか?」


 そしてその紙にはただ1文字だけ、銀、と書いてあって、その他には何も書かれていない。


「どうしろって言うのかねぇ」


 もう少しヒントが欲しいんだけど、ハーパルはこの紙の存在を皇帝に知られたくない様だった。


 皇帝に黙って伝えたい事が銀だけじゃなぁ。


 真っ先に思いついたのは大賢者のギンの事だけど、ハーパルとギンの関係性も分からないし、実際のところ、どう対処したものか決めかねている。


 今の僕の置かれている立場から考えると、すぐに処刑されるという事も無さそうだし、様子見するしか手は無さそうだね。


 一応、いつでも逃げ出せる様に準備を整えておいて、いざとなったらスタコラサッサとオウバイへ向かって逃げ出しましょうかね。


 だけど、大賢者ギンか……


 僕、アイツの事嫌いなんだよなぁ。

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