第111話 宜しく頼む

 さぁ、お仕置きの時間だ。


 足を一歩踏み出すと、離れて警戒していた妖獣二匹が僕を捕食対象とみなしたのか左右に分かれて僕に向かって来ていた。


 左が先か。一瞬早く飛びかかって来る妖獣に手加減無しで顔面に裏拳を叩き込む。妖獣は顔から血を流し、回転しながら壁にめり込んで、ぴくりとも動かなくなった。


 右の妖獣は大きく開いた口の中に右手の義手を喰らわせてやる。ガジガジと噛み付いて来るが、残念ながら僕の義手はオリハルコン合金製、傷一つ付かないよ。


 左手で首根っこを押さえて地面に押しつけて大人しくさせる。


 そのまま観客席にひと睨み。


「こんな物を使って大神官アルテミシアを襲わせた阿呆は誰だ!!」


 観客達の視線が一点に集中する。


 なるほど、あそこか。


 観客席の遥か上方にあるバルコニーに人影が二つ。


 一人は会った事がある。無駄に豪華なマントを纏った男性。皇帝ボンザ。


 もう一人の男に見覚えは無い。神官服を着ている。


 その服は普段見かける神官が着ている物よりも仕立てが良い様だ。恐らくアイツが教皇だろう。


 僕の左手をなんとか外そうともがいている妖獣を両手で持ち上げ、観客席へと放り投げる。


 弧を描いて客席へと落ちた妖獣とその行き先を視線で追っていた観客は一瞬のお見合いの後、ほぼ同時にパニックに陥る。


 妖獣は僕に対して恐怖の感情を抱き、少しでも離れようと駆け出し、その動きを察知した観客達は悲鳴を上げながら辺りを逃げ惑っている。


 その光景を文字通り、高みの見物している皇帝と教皇のニヤニヤとした嫌らしい笑いが僕の癇に障った。


 左足を前に出し、右手を後ろに引く。何も無い右手を前方へ振る。直前で槍を二本取り出しバルコニーへ向かって投げつけた。


 二本の槍はシュルシュルと音を立てて皇帝と教皇へ向かって一直線に飛ぶ。


 皇帝の胸に向かった槍は、護衛に腕を引かれた皇帝の右肩を掠り、壁に突き刺さる。


 一方、教皇の顔に向かった槍は僅かに逸れてしまい、左頬を抉り、こちらも壁に刺さった。


 二人の嫌らしい笑いが消え、恐怖と憎悪で歪んだ顔を見て少しだけ溜飲が下がる。


 アルちゃんの命を奪おうとした事はこの程度では許せないが、アルちゃんの安全を確保する事の方が今は大事だ。


 後ろを振り返ると、アルちゃんは自分の足で立ちながらレヴィと何事かを話している。


 傷は回復しているが、魔法では体力までは回復出来ない為、若干ふらついている。


 二人の元へ戻る。


「おかえり」

「ただいま。アルちゃん、体は平気?」

「うん。でも、少し辛いかな?」

「いまは我慢して。安全な場所へ着いたら、いくらでも休んで良いから」

「うん」


 受け答えにも問題は無い。


 未だに妖獣が駆け回り、大騒ぎの観客席と対照的な闘技場だが、突然三方向の扉が開き、大勢の兵士がなだれ込んで来てしまった。


「どうする?」

「あの人数を相手にするのは面倒だなぁ」

「じゃあ逃げるしか無いわね」

「そだねー」


 一方向だけ誰も出てこない扉。まるで、さぁこっちから逃げて下さいと言わんばかりだね。


「罠……よね?」

「だろうね」

「どうするの?」

「他には行く場所はない。それに僕の師匠がね、こんな時の対処法を教えてくれたんだ」

「……ハルトの師匠がねぇ。聞きたく無いけど、どんな方法よ?」

「罠があったら叩き潰せ!」

「予想通りだわ……行きましょうか」


 師匠は脳筋だからね。その弟子である僕もそうなってもおかしくは無いさ。力こそパワーって教わっているからね。


 意味が分からないけど……


 僕が先頭に立ち扉を蹴破ると、そこは狭い通路になっていて、予想通り兵士がバリケードを何重にも張って待ち構えている。


 僕の邪魔をするなら容赦はしないよ?


 両手に魔力を集中させる。


 光環流星群!


 無数の光の管が兵士達へと向かって襲いかかり、身体中に刺さった管から血を流し倒れ伏す。


「相変わらずエグい魔法だわ」


 光の管には返しが付いていて引き抜く事は出来ない上に血が流れ続ける為、ほほ即死の魔法。我ながらとんでもない殺傷能力の魔法を作ってしまった物だと思うよ。


 兵士を一掃して通路を進む。途中何度か曲がり、駆け抜けると外に繋がる扉を見つけた。こちらも遠慮なく蹴破って外に出ると誰も居ない。


「ここにも誰かが居ると思ったけどな?」

「あそこを突破出来るとは思わなかったんじゃ無い?」


 それはそれで好都合だね。


「アルちゃん、走れる?」

「ハル君、悪いけど無理だよ……」

「レヴィ?」

「私は大丈夫よ」


 アルちゃんの小さな体を抱えてレヴィに合図を送る。


 日が落ちかけ、薄暗くなった街道を走り出した。


 無事に逃げ切れたと思っていたのだが甘かった様だ。背後から馬の足音が聞こえて来る。


「不味いわね。追い付かれる」


 レヴィも気が付いている。焦りからか表情が強張っている。


 さて、どうするかなんだけど、方法はいくつかある。その中でも一番確実な方法を取るしかないか……


「レヴィ、アルちゃんを頼むね」

「ハルト。それは駄目よ!」

「でもさ、他に良い方法ある?」

「…………無い」

「だよね。こんな事レヴィにしか頼めないよ。後の事を頼む。恐らくクリアさん達もこっちに向かっているはずだから、なんとか上手く合流して」

「分かった……」


 今日のレヴィは随分と聞き分けが良く無かったな。


 いつもなら頼む、分かった。で通じるんだけどね。


 多分僕を心配してくれたんだと思うけど、アルちゃんを無事に逃がすにはこれしか無いんだよね。


 レヴィがアルちゃんの手を引いて街道を走って行く事を確認してから自分の背後に魔法を発動する。


 広範囲に広がる火炎魔法。炎の壁。


 その魔法を見て、直前まで迫っていた馬が前足を上げて急停止する。


 その動きについていけなかった騎士は見事な落馬を披露してくれた。


「さぁ、ここから先は絶対に通さないよ!」


 続々と到着する騎士は馬を降りて剣を抜き、僕に襲い掛かってくる。


 頭上に無数の炎の弾を作成しつつ、剣を躱し拳をお見舞いする。


 倒れた騎士の頭を加減無しに蹴り飛ばす。地面を抉りながら転がって行った騎士の首は変な方向に曲がっている。


「死にたい人だけ前に出て。手加減する気は無いから」


 その場に居た全員が蹴り飛ばされた騎士の方を見て怖気付いている。


 すると、騎士達を掻き分けて前に出て来た者がいた。


「良くもやってくれたな!」

「感謝する必要は無いよ」

「誰がするか!」


 剣を抜き、踊りかかって来た騎士の左脚目掛けて、指弾を撃つ。膝から下が爆発と共に消失し、支えを失って倒れる。


 頭上に浮かぶ炎の弾をその騎士目掛けて連続で放つと騎士は絶叫を上げて、静かになる。


「次は誰かな?」


 右足を一歩踏み出すと騎士達は後退りを始める。


「誰も来ないならさっさと帰れ! 今ならまだ見逃してやるよ」


 恐怖の後で逃げ道を用意した事で騎士達を足止めをして、レヴィと早く合流する作戦なんだけど、その作戦も増援が来た事で台無しにされてしまった。


「よお、楽しい事してくれるじゃねぇか」


 ジニア帝国皇帝、ボンザ=ブロゥ=ムラーク。又の名を村川盆三郎。僕と同じく、この世界に転移してきた日本人だ。


「俺の大切な部下をこんなにしてくれやがって、テメェは一体何者だ?」

「さぁね?」

「陛下、ここは私にお任せ下さい」

「お前か……良いだろう。やれ!」


 皇帝の背後に控えて居た巨漢の騎士が前に躍り出る。


「俺は皇帝陛下の右腕……」


 なんか喋り出したけど、付き合ってやる義理も無いので指弾をお見舞いしてやる。


 指弾は右肘に命中し、剣を持った腕ごと地面に落ち、皇帝の右腕さんは絶叫を上げて転げ回っている。


「随分と脆い右腕だね。もう少し鍛えた方が良いよ?」

「ほう……」


 あまり動じていないね。


「良いだろう。この俺が直々に相手をしてやる。おかしな技を使う様だが……俺には通用せんわ!」


 皇帝ボンザが右手で左手の手首を持ちながら手を開きつつ、前に突き出して来た。


 これはアレか? 唸れ俺の左手的な奴なの?


 全身をワナワナと震わせているボンザの掌に亀裂が入る。亀裂は徐々に開いて行きそこに現れたのはつぶらな瞳。


「オラァ、喰らいやがれ!」


 厨二病皇帝ボンザの左手から真っ黒な霧が噴射され、瞬く間に僕の身体を丸ごと包み込んで来た。


「くっ、何だこれ?」


 体から力が抜けて行く。頭が割れる様に痛む。右腕の義手がやけに重く感じる。意識を保っていられない。


「ふん、他愛もねえな。おい待て。殺すな。コイツは連れて帰るんだからな」


 不味い、逃げないと……


―――――――――――――――――――――


(ハルト、無事でいてね)


 アルテミシアの手を引きながら街道を走る。ハルトが足止めをしてくれている内に少しでも遠くへ……


 でも、何処に向かえばいいのかしら?


 ハルトは、ああ、傭兵団と合流するように言っていたのだけど、上手く落ち合えるとも思えない。


 そもそもアイツはズルいのよね。レヴィにしか任せられないとか。後を頼むねとかさ! そう言えば私が何でもすると思っているんだ。


 …………まぁ結局はやるんだけどさ。


 いつもいつも後始末ばっかりで、ハルトと一緒に行動する事が段々と減っている。


 最近は仲間が増えてきて、ハルトがリーダーで私がサブリーダーなのだから仕方ないのかも知れないけど。


 それでもいつでも一緒に居たいのに……


 私はハルトのしでかした事の後始末ばっっっっかり!


 下手に手を出さない方が良いのかも知れない。今度のミーティングで自分の事は自分でやる事っていうルールを作ってしまおうか?


 でも、そうするとハルトとの時間が更に減りそうね。


 物思いに耽りながら走っていると右側から何者かの気配を感じた。


 もう、追い付かれた? ハルトがまたやらかしたの?


「やっと見つけた!」


 不味い、発見されている。どっちへ行くか?


「レヴィ、俺だ。群青だよ!」

「ええっ?」


 ああ、傭兵団のメンバー、群青が私達の真横を走りながら声を掛けて来た。


「時間が掛かってしまった。悪いな」

「いいの。ハルトの暴走の結果なんだから」

「アイツは?」

「足止めしてる」

「待つか?」

「ハルトは私にアルテミシアを任せるって言ったの。だからこのままオウバイへ向かうわ」

「……いいのか?」

「構わない。ハルトならなんとかする……筈よ」

「もっと自信を持って言ってくれよ」

「これ以上は無理。それよりまたとんでもない事態を引き起こさないかの方が心配なんだもの」

「はは……取り敢えず安全な場所まで行くぞ!」

「おけ」


 疲れ切って動けなくなったアルテミシアは群青が背負ってくれた。


 普段はそうは見えないけど腐ってもAランクパーティーのメンバーだ。人一人背負っていても私と変わらないスピードで走り続けている。


「どこに向かっているの?」

「ここのすぐ側に小さな漁村がある。目的地はそこだ」


 漁村が安全な場所なんだろうか?


 だが、判断を下したのは多分クリアだ。他に良い方法がある訳でも無いし、従っておいた方が無難だろう。


 灯りも何も無い真っ暗な道を走り、やがて潮の香りが強くなり始めた頃、目的の漁村が見えて来た。


 村の入り口には篝火が焚かれている。それを目印にして走り、村の中へそのまま駆け込んだ。


 群青はそれでも止まる事無く、村の奥まで走り、一件の家に入って行った。


「開けてくれ!」


 室内に入りすぐに叫ぶ群青。その声を聞いた家人は何かを操作している。


 室内の棚が静かに動き出し、奥に通路が現れる。


 その通路に躊躇なく入る群青の後を追って私も入ってみる。


 人一人通るのがやっとの狭い通路を進むとおかしな物が見えた。


「船?」

「ああ、あそこが目的地さ。もう安心だ」


 通路を抜けた先の洞窟には大きな入江があり、そこには船がプカプカと浮いていた。


「ご苦労だったな」

「クリア」

「少年はどうした?」

「それが……」


 闘技場内から脱出した後、ハルトに後を任せられた事を説明し、群青にここに案内されたくだりをクリアに話すと、一瞬考えた後に出発を告げられた。


「少年なら自分の事はなんとでもするだろう。我らは予定通りオウバイへ向けて出発する。良いな?」

「そう言うと思ってたわ。すぐに出発しましょう」

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