第113話 意外な再会
僕の居る部屋には皇帝ボンザが毎日の様に顔を見せに訪れている。
ハッキリ言って迷惑以外の何物でも無い。
事あるごとに俺の右腕になれ! なんて言ってくる物だから流石に嫌気が差してきた。
「お前はオウバイの大元帥を知っているか?」
「フランシール=エカテリーナさんでしょう?」
「そうそうそれだよ。王の剣とか呼ばれている奴だ」
「それが何か?」
「格好いいとは思わんか?」
フランさんか……確かにレックスさんの側に居るときに自慢の愛刀を腰に下げて立っている姿は格好良くみえるけど、普段はなぁ。
実は少し天然が入っていて、その上お茶目な人なんだよねぇ。
「俺はな、お前にその王の剣になって欲しいんだよ」
「嫌です」
「何だよ、皇帝の剣とか格好良いと思わないのかよ?」
「僕はそもそも武器を持って戦わないし……」
「うっそだろ! 男なら剣一択だろ?」
「そんな事言われても……」
僕の戦闘スタイルは基本的に素手。補助で魔法を使用する。
武器を使う事は出来るけど、何かを持って戦うのが面倒なんだよね。武器に依存するのも嫌だし。
「良し、お前に俺の剣をやる。有り難く使いな」
「いや、要らんし」
「何でだよ。凄く名誉な事だぞ?」
「武器は使わないってば!」
人の話を全く聞かないボンザにイライラが募る。
「大体、右腕が動かないんだから武器なんて使えないからね? それより腕の治療の話はどうなったのさ?」
教皇に治療させる、なんて大口を叩いていたのに、今のところ全く音沙汰が無い。
治療が終わればすぐにでも転移を使ってオサラバしようと企んでいたのに……
「あー、それな。うん。教皇がな、強硬に断るんだよ」
まさかのダジャレですか?
「もう少しだけ時間をくれ」
「もういいよ。その調子なら絶対に治療なんてするもんか! なんて言ってそうだし」
「分かるか?」
「もう三日経ってるからね。予想は付く」
「金でも権力でも駄目となると、俺には打つ手がない」
そうすると、僕の計画も変更する必要があるな。転移が使えない上に、右腕が動かないとなると逃げ出すにしても、余程上手くやらないとすぐに捕まってしまう。
協力者を見つけないといけない。
幻想宮に知り合いは……居ねぇ。
「まぁ、もう少し頼んでみるが、あまりしつこくし過ぎてへそを曲げられても困るからな。期待はしないで待っていろよ」
「へいへい」
ボンザは実は暇なんだろうか?
毎日こんな感じで下らない話をして、満足すると唐突に帰って行く。
「じゃあまたな」
「もう来なくていいよ」
「そんな事言うなって、また来るわ」
シュタッと右手を上げて部屋を出て行くボンザ。
困ったなぁ。最近はボンザと話をする以外にする事が無いからなのか、話をする事が段々と楽しくなって来ている。
まるで同級生と馬鹿な話をしている感覚だ。
だけど、いつまでもここに居る訳にはいかないし、そろそろ行動を開始しますかね。
現在の僕の体は、毎日神官さんに治療してもらった結果ほぼ完治している。ただ、右の義手が全く動かないだけだ。
物を掴む事もできないし、重さの所為で腕を動かすのも一苦労だが、ただそれだけ。
魔法はと言うと、これまた全く使えない。魔法無しで帝都を脱出するのは中々難しいけど、何とかするしか無い。
部屋の扉を開けてみると、目の前で槍が交差する。監視の為の兵士が配置されているんだよね。
「どちらへ?」
「あー、外の空気を吸いに行こうかと……」
「許可されていません。お部屋にお戻り下さい」
「はーい……」
正攻法では駄目か。それなら裏からだな。
窓は……はめ殺し。
天井裏には行けない様になっていて、通気口すら存在しない。
あれ? 詰みじゃね?
どうするか頭を悩ませていると、扉をノックして部屋に入って来た人が居る。
いつもの治療をしてくれている神官さんだ。
「こんにちは、今日は少しいつもと違った治療をする事になりました。私について来て下さい」
おお? 部屋を出られるのか。これは千載一遇のチャンスだね!
神官さんの後をついて歩く。どうやら幻想宮の出入り口へ向かっているようだね。
外へと出てしまえば神官さんを出し抜いて逃走、そしてなんとか船を見つけてオウバイへ向かえば良い。
そう思っていたのだけど、残念ながら外出には護衛が付き物で、皇帝から派遣された騎士が二人、僕の側にピッタリとくっ付いている。
インペリアルガードと呼ばれる騎士で、二人とも普段からしっかりと鍛えている様で、全く隙が無い。
街中を歩いている今が逃げ出すチャンスなのに……
何か良いアイデアが無いかと辺りを見回してみる。
「キョロキョロせずに真っ直ぐ前だけを見ていろ!」
「フラフラするな!」
何だよー、街に出るなんて久し振りなんだから良いじゃないか。
二人の叱責を丸っ切り無視してテレテレと歩いていると、前方に、やや顔色の悪い女性が立っていた。
今にも倒れそうな感じだったのだが、僕達が近づいて行くと、その場にしゃがみ込んでしまった。
すぐにその女性に駆け寄ろうとしたが、騎士に腕を掴まれて、止められた。
「おい、放っておけ!」
「そう言う訳にいかないでしょ! 大丈夫ですか?」
騎士の手を振り払い、女性を介抱するべく側へと歩み寄る。
「すいません。持病のしゃくが……」
時代劇ですか? しゃくって一体何なんだろうね?
女性の背中を軽くさすってあげようとすると、女性が小声で囁いた。
(真っ直ぐ進むと、十字路の辺りで騒ぎが起きます。右へ曲がってから左手にある武器屋へ入って下さい)
誰にも聞こえない様な小声で囁く女性。
ふむ、これは待ち望んでいたチャンスかなのかな?
この女性が何物かは分からない。僕を騙そうとしているのかも知れない。
だが、この流れに乗ってみるのも面白そうだ。素直に言われた通りにしてみよう。
「ありがとうございます。もう、平気です」
「そうですか、良かった……」
二人して、白々しい演技でその場を離れる。
「勝手な真似をするんじゃ無い」
「大きなお世話ですよ。体調が悪い人が居るなら、助けるのが当たり前でしょ?」
「まったく……」
その後もブツブツと文句を言い続ける騎士だったが、十字路に差し掛かった時に大きな悲鳴が聞こえた。
「キャァァァァァァァァァ!」
「な、何だ?」
パカラッパカラッと小気味の良い足音を響かせて走る馬が、猛スピードでこちらに向かって来る。
「見て! 暴れ馬よ!」
「危ない! 端に寄るんだ!」
騎士に腕を引かれる。すると……
「キャァァァァァ!」
「今度は何だ!」
左側から砂煙を上げて向かって来る黒い生物。
ブモォォォォ!
「見て! 暴れ牛よ!」
今度は牛ですか……うわぁ、涎を垂らしてるやん。
「今日は一体何なんだ?」
「おかしな事ばかり起こるな」
ソウデスネ。フシギダナー。
「キャァァァァァ!!」
「次は何だ!」
「暴れ人間よ!」
悲鳴の上がった方を見ると、斧を片手に持って振り回している男性が人々を威嚇しながら向かって来る。
暴れ人間て何だよ……
ただの暴漢ぢゃねぇか!
「鎮圧して来るから、ここで待ってろ!」
インペリアルガードの二人が暴れ人間に向かって走って行った。
キラーン! 今がチャンスですな。
十字路を右に……こっちだね。
「あっ。ちょっと!」
神官さんに気づかれたが、もう遅い。右腕を庇いながら、全力で走る。
えーと、武器屋は……あれか!
背後からは僕の逃走に気付いたインペリアルガードが大声を上げながら追いかけて来ている。
それに構わず、武器屋へ飛び込む。
「こっち! 急いで!」
中に入ってすぐの階段から声が掛かる。
勢いを殺さず、階段を駆け登る。
「静かにして」
頷きを返して黙り込み、階下の様子を伺う。
「今入って来た奴はどこへ行った!」
「隠すと為にならんぞ?」
「何なんです? 凄い勢いで入って来たと思ったら裏口へ向かって走って行って、そのまま外に出ていきましたけど?」
「くそっ」
「すぐに追うぞ!」
裏口へと駆け出すインペリアルガードとその後を追いかけて行く神官さんを見届けて、ほっと一安心する。
「もう、大丈夫みたいですね」
「それで、貴女は何が目的なんですか?」
この人は一体誰だ?
声は何となく聞いたことがあるんだけど、全く思い出せない。
「当然、貴方を助ける事ですよ。春人さん」
僕の名前を知っている?
「私ですよ、春人さん」
顔を覆った布を外し素顔を晒したその人は、僕がよく知っている人だった。
「美月さん! 何で?」
「私達は旦那様のご命令の元、ここジニアで諜報活動を行なっておりました」
「私……達?」
「お久しぶりですな、春人様」
「秋山さん!」
「息災の様で何よりですな」
風香専属の執事秋山さんと、そのお孫さんの美月さんが僕の窮地を知り、助けてくれた様だ。
「お二人はずっとジニアに?」
「はい、武器屋を営みつつ、情報を集めていました」
「でも、師匠は……」
「はい、知っています。とても残念です……」
「旦那様亡き後、我らは奥様にお使えしています」
奥様……アイリさんか。
「風香お嬢様と春人様がお亡くなりになったと言う情報が入ってきてから、奥様は萃香お嬢様を連れて旅に出られました。その後各地を巡られて、一昨日帰って来られたばかりなんです」
ふむふむ。
「そこへ、幻想宮に春人様がいらっしゃるとお聞きしまして、奥様にご報告した所、すぐに救出する様言いつかりまして、お助けするべく機会を窺っておりました」
なるほどね。少し強引なやり方ではあったけど、助けて貰って有難いね。
「奥様がお待ちです。すぐに屋敷へ向かいましょう」
「今、外に出ても大丈夫ですかね?」
「春人様を追いかけているインペリアルガードの動向は、我が手の者把握しております。ご安心下さい」
流石元執事、有能ですな。
秋山さんと美月さんに案内されたアイリさんの住んでいる屋敷は、武器屋から歩いてすぐの場所にあった。
その、無駄に広い敷地内を歩いていると、何処からか視線を感じる。
その視線の持ち主と思われる小柄な少女が玄関の扉を開けて、僕に向かって走って来た。
その少女は風香の妹である、萃香。
人はこんなに速く走れるのか、というくらいの勢いで僕に向かって来ると、そのまま抱きついて来る。
「やぁ、萃香。久し振りだね」
「黙ってて下さい」
いつもは僕に向かってその切れ味の鋭い毒舌を披露してくれる萃香だけど、やっぱり心配してくれていたんだな。可愛いもんだね。
「萃香、あのね……」
「ここから姉様の匂いがする。今はそれを堪能しているの。気が散るから黙れ!」
「はい……ゴメンナサイ」
萃香はどんな時でも萃香だったよ。相変わらずのシスコンですねぇ。
僕の左の腰辺りに鼻を密着させて、クンクンと匂いを嗅いでいる。
風香と最後に会ったのは一週間程前なのに、残り香でもあるのかね?
一瞬だけ引き剥がそうと考えたんどけど、萃香の表情を見てそれは諦めた。
初めて見る萃香の泣き顔は、死んだと思っていた風香の存在を確認出来た、嬉し泣きなのだろう。
ニコニコしながら静かに涙を流す萃香を軽く抱きしめてやり、頭を撫でる。
「勝手に触らないで下さい。姉様以外に触られるのは不愉快です」
うん、間違い無く萃香だね。まったくブレが無いや。
早く風香と会わせてあげないといけないね。
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