第103話 反撃準備

「まぁいい。時間はまだまだたっぷりとある。それまでに必ず君に頷いて貰うさ。マーシャ」


 そう言い置いて、男は部屋を出て行った。


 部屋を出て行った男にはグレイスさんと同じ兎耳が確認出来た。その上、目は真っ赤に染まっている。


(あの目……何か怖い)

(兎だからなのかね? グレイスさんはそんな事無かったみたいだけど……)


 そして部屋の主であるマーシャと呼ばれていた少女。


(マーシャって確か……)

(誘拐されたノーモニス領主の娘さんの名前だね)

(何故ここにいるのかしら?)

(多分、あの黒い兎耳に関係あると思う)


 マーシャの頭の上にピョコンと立っている兎耳。今も何か音を聞きつけているのか、時折ピクピクと動いている。


(彼女もバーニー家の関係者って事?)

(恐らくはそうだと思うけど、確認してみないと分からないね)


 レヴィと屋根裏で相談してしていると、不意にマーシャが話を始める。


「屋根裏にいるお二人さん。ここへ降りてきて頂けますか?」


 聴き取れないくらいの音量で話していた筈なんだけど、僕達が潜んでいる事がバレているみたいだ。


「グレイスさんと仰っていましたよね? あの方は無事なのでしょうか?」


 下に降りるべきか? 


 だけど、誰かが部屋へ入って来るかも知れないこの状況で、それは危険だろう。


「大丈夫です。今は誰も近くに居ません。それに誰かが来たらすぐに分かりますから、安心して降りてきて下さい」


(ハルト、どうするの?)

(……降りてみよう)


 天井裏から部屋の中へ音を立てない様に飛び降りる。マーシャは椅子に座ったまま、僕の事をじっくりと観察している様だ。


「初めまして、ハルトさん」

「なんで、僕の名前を知っているの?」

「さっき天井裏でそちらの方が呼んでいましたよ」

「あんなに小さな声で話していたのに……」


 マーシャは兎耳を動かしながら、ニコリと笑う。


「この耳、物凄く良く聞こえるんですよ。あの位の大きさなら、耳元で喋っているのと同じです」


 兎耳、凄いな!


「だけど、あの男にも兎耳が付いていたけど?」

「あの人はまだ生えたばかりで上手く使えていないんじゃないでしょうか」


 ふむ、そんな物なのか。


「貴方達はグレイスさんと同じハンターですか?」

「一応ね」

「今ここで、私の依頼を聞いて貰えますか?」

「内容と報酬次第だけど……」

「依頼内容は、この館に捕らえられている、グレイスさんのお仲間二人の救出と私の脱出のお手伝いをして頂きたいんです」

「中々ハードな内容だね。それで報酬は?」

「そうですね。金貨ごひゃく……」

「承りました。僕の事は犬とお呼び下さい」


 マーシャの側に跪く。


「ハルト……」

「クスクス、面白い方ですね。宜しくお願いしますね。犬さん」

「御意」

「全く……」


 だって金貨五百枚だよ? 


 金欠のこの状況でこの依頼は絶対に逃すわけにはいかないよ。


「私はまだしばらくは大丈夫です。危害を加えられる事はないでしょう。先にお二人を助けてあげて下さい」

「二人がどこにいるかは分かる?」

「そこまでは分かりませんが、この館のどこかに居る筈です」


 それなら何とかなりそうだな。それよりもどうしても聞いておかないといけない事がある。


「質問してもいいかな?」

「ええ、どうぞ」

「その兎耳なんだけど、生まれつきなのかな?」

「いいえ、これは半年前の事なんですけど、朝起きたら突然生えていたのです。これのお陰で散々な目にあっているので私としては無い方が良いんですけどね」

「散々な目ってどんな事?」

「まずは私の父がこの耳を見ておかしくなりました。私と結婚する、なんて言い出したんですよ! 親子ですのに……」


 うん、分かる様な気がするよ。黒髪に黒い兎耳なんて破壊力抜群だからね。


「それを何とかしようとハンターに依頼をしたら、今度はバーニー家が出てきて捕らえられた上に、また求婚です。しかも相手は私よりもかなり年上ですからね。嫌になってしまいます」


 マーシャは心底嫌そうな顔で不満を露にしている。


「でも、なんで兎耳が急に生えてきたんだい?」

「これは恐らくとしか言えませんが、私の祖母はバーニー家出身なんです。それが関係しているのでは無いかと思いますが……私にも詳しい事は分かりません」


 突然変異なんだろうか?


 そしてさっきの男がグレイスさんからスフィアを奪い取った現在のバーニー家の当主か。


「マーシャさん。本当に大丈夫なの?」

「ええ、平気です」

「アイツの狙いは貴女との間に子供を作る事よ。ここに置いて行くのは不安だわ」

「えっと……私まだ七歳ですけど?」

「変態に年齢は関係無いわ」

「そうなんですか?」

「そうよ。だから一緒に行きましょう。大丈夫、私達が守るから」


 少し躊躇いを見せたものの、マーシャはやはり一人では心細かったのだろう、僕達に同行する事を了承した。


 まずは屋根裏へ僕が登り、ロープを垂らしてマーシャを引き上げる。続いてレヴィも同じく引っ張り上げて屋根裏に潜入する。


(なんか、ドキドキしますね)


 先程はとは違うマーシャの笑顔。やっぱり子供は楽しそうにしているのが一番だね。


 マーシャが軟禁されていた部屋の近くから次々と中を除いていくと、三つ目の部屋でグレイスさんの仲間を発見した。


 拘束はされていないが、部屋には鍵が掛けられて扉の前には見張りの兵士が二人いて逃げ出せない。


(どうするの?)

(取り敢えず二人と合流してから相談しよう。僕が先に行くから、ここで待機ね)

(りょ)


 屋根板をずらして身体が通るくらいまで開けて、静かに部屋の中へ下りる。


 二人は突然の侵入者に驚いていたが、声を上げる事なく僕を両側から挟む様に立って警戒している。


 武器を持っていないのに、右手が武器を求めて腰のあたりを弄っている。


(静かに、グレイスさんのお仲間ですね?)


 僕の問いに頷くだけで返事を返して来る。


 一人は痩身の男性。もう一人はローブ越しにも分かる程に鍛え上げられたマッチョ。


 二人に天井を指し示すと頷きを返して来る。


 レヴィに合図を送り、降りてきたロープで天井裏へと舞い戻り、二人を引き上げる。


 そのまま天井裏を静かに移動して、館の外までたどり着き、ミッションコンプリート。


 館から離れた場所で情報交換を開始する。


「グレイスはどこだ!」

「ネザーランドの宿で大人しく待っていますよ」

「そうか……」

「そっちはどういう経緯で捕らえられたんですか?」

「どうもこうも……」

「ノーモニス領主から逃げるだけだと思っていた所に突然バーニー家の奴らが襲ってきたんだ。アイツらの相手なぞ、俺たち二人で何とかするなんて到底無理な話だからな。両手を上げるしか無かったよ」

「お二人が無事で良かったです」

「すまねぇな。依頼を受けたのに何も出来なくて」

「面目ない」


 マーシャに対して謝罪をする二人だが、あまりここに長居する訳にもいかず、まずは宿へ向かう事にする。


 深夜という事もあり、ノーモニスの門は閉ざされていた。門が開く時間まで待っている訳にもいかず仕方なく転移を使い街の中へと入り、何食わぬ顔で宿へと戻る。


 一階で店主に事情を説明し、三人分の追加料金を支払う羽目になった。お金がどんどん減って行くなぁ。


 離れにある僕達の部屋へ近づいて行くと、大きな声が聞こえ始める。


「いいからさっさとこれを解け!」

「お願いだから大人しくしていてくれ……」

「グレイスさん……まだ諦めていないのかよ……」


 扉をノックして中に入る。


「ハルトおかえりー」

「ねぇねぇ、お土産は?」


 あっ、しまった。ノーモニス饅頭、探してないや。


「ごめん、風香。探す暇も無かったんだ」

「饅頭が……無い……」


 がっくりと膝を落とし、落ち込んでいる風香を宥めながらグレイスさんの方を見ると、仲間の顔を見て安心したのか、やけに大人しくなっていた。


「ハルト、思ったよりも早く帰ってきてくれて助かったぜ」

「エドさん……大丈夫ですか?」


 ニカッと笑っているエドさんの顔はそこら中傷だらけで前歯が一本折れていて、間抜けな顔になっている。


 まぁ、前歯があってもそこそこ間抜けな顔だけどね!


「グレイス、無事で何よりだ」

「お前が捕らえられたと聞いて、心配したぞ」

「ジュリウス、グレン、無事だったか!」

「ジムとデービッドはどうした?」

「すまん、やられたよ……」

「そうか……」


 グレイスさん達は仲間の安否を確かめ合っている。


 僕はお土産の事しか聞かれていない。


 これって、信用されているって事だよね? 


 僕なら何があっても大丈夫だって思われているんだよね。うん、きっとそうに違いない。


「ハルト……次に私へのお土産を忘れたらお説教だからね?」

「アッハイ」


 最近僕の扱い、酷くないか?


「だが、グレイスよ。何故縛られているんだ?」

「そこの兄ちゃんに拘束されたんだよ!」

「おい、どういう事だ?」

「グレイスさんをバーニー家に連れて行ける訳無いですよね? すぐにバレちゃいますよ。だからここで大人しくしてもらう様に説得しただけです」

「有無を言わさず縛り上げたじゃないか!」

「僕の説得は物理系なんです!」


 その方が早いし……


 ブツブツ文句を言っているグレイスさんの拘束はジュリウスさんが解いていた。


 そこで改めて情報交換を行う。


 まずはジュリウスさん、痩身で速さを活かして二本の短剣を扱う軽剣士。グレンさんはその巨体に全く似合わない、マッチョ系魔導士らしい。


「さて、グレイス。どう落とし前を付けるつもりだ?」

「ふふふ、どうしてくれようか?」

「ノーモニス領主は俺たちの仲間をやっちまったんだ。国に訴え出れば何とでもなるだろう」


 領主と言えども犯罪は犯罪として裁かれる様だ。


「問題はバーニー家だが……」

「どうするグレイス?」

「正面から殴り込んで叩きのめす!」

「絶対そう言うと思ったよ……」

「俺達だけで行けるか?」

「そうだな……お前達も手伝ってくれ!」


 ええ……この人数でバーニー家を相手に戦うの?


「面白いじゃない」

「うんうん、アイツらにボクの槍捌きを見せてやりたいね」

「私も訓練の成果を披露します!」


 あらら、ウチのメンバーまでやる気じゃん。


「レヴィの意見は?」

「この空気で私が何か言って止まると思う?」

「無理だよなぁ……」


 相手は一応貴族。後からグダグダ言われない様にしておかないといけないな。


「じゃあ、僕は色々と準備してきますね」

「何を言っている? このまますぐに向かうぞ!」

「貴族相手に根回しも無しに対立出来る訳ないでしょうが。すぐに済みますから全員ここで待機です!」

「まったく、細かい事をグタグタと煩い奴だな……」

「ほっといて下さい!」


 誰のせいでこんな苦労をしていると思っているんだ。


 相談の結果、決行は今日のお昼に決まった。


 それまでに全員の装備を用意して、オウバイの王の一人、レックスさんに報告して……


 お昼迄に、間に合うかな?


―――――――――――――――――――――


 やってきたのはオウバイの王都。その王宮にあるレックスさんの執務室へ直接転移した。


「うおっ! ハルト、驚かすなよ」

「すいません、時間が無くて」

「何かあったか?」


 突然現れた僕に対して一言苦情を言っただけで許してくれるレックスさん。流石は王だね、器が大きい。


 そのお言葉に甘えて現状を報告する。


 ノーモニスでの事、バーニー家のお家騒動等を簡単に説明して、元当主であるグレイスさんの判断をレックスさんに報告する。


「お前達は相変わらず面白い奴らだな」

「面白いですか?」

「どんな場所でも、揉め事に巻き込まれているじゃないか」

「僕はただ、静かに過ごしたいんですけどねぇ」

「ハルト、それは諦めろ。お前には無理だ」

「何でですか?」

「お前がそう思っていたところで、周りが放っておかないのさ。お前はそういう運命なんだろうよ」


 運命ねぇ……


「お前達の言い分は分かった。できる限り擁護はしてやるさ」

「ありがとうございます」


 これで根回しは終了だ。後は装備だけど……適当で良いか。確かバッグの中に仕舞い込んで使っていないヤツがたくさんあった筈だからそれを使って貰ってと。


 他にやり残したことは……


「ハルト」

「はい?」

「あまり派手にやらない様にな」

「それは僕以外の人に言って下さい」

「やれやれ、後始末が大変だな」


 頭を抱えるレックスさんだが、どこか楽しそうにも見える。


「じゃあ行ってきます」

「おう」


 春人が転移を使い部屋から出て行った後、執務室ではレックスの側近のダミアン = ロブソンが事の行く末を心配している。


「陛下、宜しいのですか?」

「まぁ、構わんさ。最近のバーニー家は少し調子に乗りすぎている。自家の武力に物を言わせてやりたい放題だからな。お灸を据えるには丁度良いだろう」

「お灸程度で済めばよろしいのですが……」

「ダミアン、何を心配しているんだ?」

「バーニー家とあの方達が正面切って戦闘を行って無事で済むとは思えません。下手をしたらバーニー家が壊滅する事も考えられます」

「まさか……」

「あり得ないとでも?」

「いや、うーむ」

「あの方達に加え、あのグレイスまでいるのですから」

「ふむ、少し早まったかな?」

「結果はどう転んでも只では済まないと思います」

「だが許可は出してしまったんだ。もう手遅れだろう。後始末は手伝ってくれよ?」


 ダミアンの深いため息が部屋を覆う。


「陛下、私は最近働き過ぎだと思うのですよ。ですから今日から暫くの間、休暇を取らせて貰います」

「ダメだ。後始末が終わってからなら構わんぞ」

「それは横暴ではありませんか?」

「俺は王だからな。そのくらいの権限は持っている筈だぞ?」


 ニヤニヤと笑うレックスと苦々しい顔のダミアン。


「それを言わなければ私に取って貴方は良い王でありますのに……」

「ダミアン、不敬罪だぞ」

「そうですか、では捕らえて貰えますか?」

「お前が居なくては仕事にならん。いいからさっさと働けよ」

「人使いの荒い王ですねぇ」

「煩いわ!」


 ダミアンは次にいつ休めるかを思案しながら仕事に戻るのだった。


「あと一月は無理そうですねぇ……」

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