第104話 ヴァンパイア

 さて、レックスさんへの根回しも済んだし、このままネザーランドに戻っても良いんだけれど、まだ少し時間があるな。久しぶりに朝市でも覗いてこよう。


 ここ王都アルフヴィルの商業区では毎日、朝市が開催されている。その日に取れた新鮮な野菜や魚、他国から運ばれて来た珍しい食材まで豊富に揃っている。


 売り子の威勢の良い掛け声があちこちから聞こえて来る。


 この雰囲気が好きなんだよね。


 葉物野菜や果物等、定番の物を扱うお店はとても繁盛している。が、今回僕が狙っているのは普段では中々手に入らない変わった食材。


 最近味がマンネリ化しているので変化が欲しい所だ。


 当てもなく適当に歩いていると閑古鳥が鳴いているお店が目に付いた。


 呼び込みをするでも無く、地面に布を敷いて座り込んでいる若い男。お店にはこれまた布で作られた袋がいくつも置いてある。


「こんにちは、これは何ですか?」

「ああ? これはウチで作っている物なんだけど名前は良く知らないんだ。親父に言われて売りに来たんだがサッパリ売れやしねぇよ」

「中を見ても?」

「ああ、良いぜ」


 許可を貰い袋を開けてみるとやや固めの黒っぽいものが入っている。


「これ、どうやって食べてるの?」

「殻を剥いて茹でるんだ。特に美味い物でもないぜ?」

「味見しても良いかな?」

「少しなら構わない」


 ナイフを取り出して黒い殻を剥いてみると中の実は薄い緑色をしている。一口食べてみると口の中に独特の香りが広がる。思った通り蕎麦の実だ。


「うん、良いねこれ」

「本当かよ?」

「いくら?」

「一袋銅貨十枚だけど……」

「安っ! 全部貰っていくよ」

「え、あ、ありがとう!」


 大きな袋で十袋を全部バッグに仕舞い込んでお金を支払う。


「なぁ、また買ってくれるか?」

「そうだね、これが無くなったら買いに来るよ」

「待ってるからな。また来てくれよな」


 全く売れなかった物が一度に売れて嬉しそうだね。


 さてさて、他には何か無いかなぁ?


 その他には特に目ぼしい物は無かったが、唐辛子やニンニク、それとハーブ等を大量に仕入れておいた。ニンニクたっぷりの餃子とか良いかも知れないな。


 その後、饅頭を探してあちこち回ったが、発見出来なかった。そもそも饅頭ってこの世界で流通しているのだろうか? 


 今まで一回もお目にかかった事が無いんだよなぁ。


 最悪自分で作れば良いんだろうけど、それだとお土産じゃない! なんて言われそうだし……


 いつかどこかで出会うと信じて今回は饅頭は見送りさせて貰った。また風香からお説教だよ、とほほ。


 朝市での買い物を済ませてからネザーランドの宿へ戻るが、部屋の中は間抜けの殻。


「どこに行ったんだろう? みんなでお昼ご飯かな?」


 ふと、当たりを見回すと机の上に一枚の紙が置いてあった。その紙にはレヴィからのメッセージ。


 グレイスさんの我慢が限界に達したみたいで部屋を飛び出して行きました。みんなで追いかけるので後で合流して下さい。なるべく早くね!


「まったく、仕方のない人だねぇ」


 だけど、グズグスしている暇は無い。すぐに向かうとしよう。


 バーニー家までは全力で走ればすぐに着く。部屋を飛び出して街中を疾走する。


 すれ違う人達は驚きながらも飛びのいてくれている。それを良い事にさらに加速。


 館が見えてきた頃にはもう戦闘が行われていた。


 先頭に立ってどこから持って来たのか槍を振り回しているグレイスさん。


 その側で槍の穂先を両手に持って戦うジュリウスさんと己の拳で次々と兵士を殴り飛ばしているグレンさん。


 グレンさん、魔導士じゃないの?


 状況が掴めないまま、仲間の元へと向かう。


 風香とシャルは……大丈夫だな。


 レヴィとエドさん、こっちも安定している。


 問題は残りのメンバーだ、何故ミシェルと漆黒なんだよ? その上にマーシャを守りながら戦うなんて……


 ミシェルの武器は弓。接近戦になると弱い。今も大勢の兵士に囲まれ始めている。そしてそれを守る漆黒なんだが、仮にも剣術道場の娘なのに、驚くほどのヘタレっぷりじゃ無いか! 腰が引けて剣先が震えている。


 おい! ミシェル、後ろ!


 マズイな。気がついていない。


 ミシェルの背後から数人の兵士が近づいている。


 燃費が悪いので、あまり使いたくは無いのだけど……


 転移!


 ミシェルのすぐ側へ転移し、襲いかかってくる槍を弾き飛ばす。


「ハルト様!」

「やぁ、ミシェルお待たせ。油断しすぎだよ?」

「すいません。ありがとうございます」


 周囲の兵士を一掃してから改めて戦況を確認。


「ミシェル、こいつら一体何なんだ?」

「私にも良く分かりません。倒しても倒してもキリが無いんですよ!」


 その言葉通り、今僕が倒した兵士がのそりと動き出した。その動きは緩慢で自分の意思で動いている様には見えない。


「遅かったじゃ無いか。兄ちゃん」

「ハルトです。グレイスさんこいつらは?」

「厄介な奴らだよ。ヴァンパイアの下僕だな」


 ヴァンパイアだって? 何でそんなモノが?


「アイツらの目を見ろ。真っ赤に染まっている。その上血の気を失った様な青白い肌。間違い無いだろう」

「元に戻す方法は?」

「無い! 手加減無用だ。狩り尽くすぞ!」


 グレイスさんの槍が下僕の顔面を突き通す。地面に倒れはするが、すぐにノロノロと立ち上がる。


「うぇー、気持ち悪い」

「クソッ! 切りが無いな」


 どうしたものか……ヴァンパイアの弱点と言えば、アレしか無いか。


「みんな、一旦集まって!」


 周囲に散らばっていた仲間達が下僕を牽制しつつ集合する。


「ハルト、どうするのよ?」

「何が良い方法でも思い浮かんだ?」

「まぁ、見てなって!」


 僕たちが一箇所に集まった事で、下僕たちにぐるりと囲まれている。


「ハルト、何かをする気ならさっさとやれよ!」

「ふふ、エドさん。大丈夫ですよ」


 ヴァンパイアの最大の弱点と言えば……


 バッグから二本の棒を取り出して重ね合わせる。


「どうだっ! ほれほれ十字架だぞー!」


 下僕達はもがき苦しんで灰になって崩れ落ちていく。筈だったんだけど……


「ハルト……」

「何を自信満々で下らない事をしてんだよ! 完全に囲まれちまったじゃねぇか! ド阿呆」


 あれー? おかしいな?


「ヴァンパイアの弱点と言えば十字架でしょ?」

「何だよ、そのジュウジカって? お前が持っているのはただの棒切れだろうがよ!」


 えぇ……ダメなの? それなら次は……


「こいつを喰らえっ!」


 せっかく仕入れたんだが背に腹はかえられない。ヴァンパイアの弱点その2、ニンニク!


 全力で投げつけたニンニクは見事に下僕の顔に命中して爆発四散。その後も立ち上がる事は無かった。


「お? いけるじゃん! それそれそれー!」


 次々にニンニクを投げて下僕を地面に沈める。バッグの中のニンニクを全て投げ終わった頃にはその数は半分程になっていた。


「ヤバい、もうニンニクが無いぞ!」

「ハルト様、こちらをどうぞ」


 ミシェルが僕に渡してきたのは石。


「ミシェル、これ特別な石なの? 聖属性が付与されているとか?」

「いいえ、その辺りに落ちている何の変哲もない石ですよ」

「それじゃあ、無理だよ」

「一度試して見て下さいませ」


 もう、ミシェルったらお茶目さんなんだから。ただの石コロでヴァンパイアの下僕を退治するなんて出来る訳が無いじゃ無いか。


 だけど折角だ。ミシェルの行動を無駄にするのも可哀想だし試すだけはしてあげよう。


「ふんっ!」


 渾身の力を込めた石は下僕に直撃した。


「多分ここから復活して来るから」

「………………………来ないわね」

「ニンニクの無駄遣い?」

「ハルト、食べ物を粗末に扱わないの!」


 下僕ぇ。石でやられるなよ。


 ミシェルが手渡してくる石を次々に投擲し、下僕の数は減って来ている。


「わたしもやってみる!」


 風香がミシェルから石を貰い、投げつける。


 ペチ。


 なんとも情けない音を出して石は下僕に命中するが、なんの効果も無かった様だ。


「何でよ!」

「あれはハルト様にしか出来ないのでしょう。純粋に力のみで倒していますから」

「相変わらずデタラメな奴だぜ……」


 その後は全員で石を拾い集めて貰い、僕が石を投げ続ける。十分程で下僕を全て倒し終わり、一息ついた所で館の入り口に二人の人物が姿を現した。


「なかなかやるじゃない! だけど、それも終わりよ」


 入り口に立っている内の一人、その異様な姿に僕の目は釘付けになってしまう。


 外は黒色で裏打ちは真っ赤なロングコートを身に纏っている。そしてその体にはなんとマイクロビキニを着けている。


「アンタ誰?」

「私はシーラ。我が神シャルナの使徒」


 シャルナの使徒? 痴女じゃ無くて?


「お前……クインシーか?」


 グレイスさんはシーラの隣に立つ男の方が気になるみたいだ。


「グレイスさん、知っている人ですか?」

「ああ、私の孫だよ。バーニー家の現当主でもあるな」


 なるほど、見事な兎耳が生えているね。アレがグレイスさんから当主の座を奪った奴か。


「せっかく増やした兵隊をこんなにしてくれちゃって、もう許さない!」


 シーラはそう叫ぶと何やら呪文を唱える。


 すると周囲に散らばっていた下僕の体がクインシーに向かって集まり、人型を形成し始める。


「さぁ、可愛い私の下僕ちゃん。アイツらを殺ってしまいなさい!」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 身体はゆうに3メートルはある巨人となったクインシーが咆哮を上げながら僕達に向かって襲いかかって来た。


「みんな、アレはヤバい。散開!」


 僕の一言で全員が周囲へ散らばる。僕はその場に残り、クインシーを迎え撃つ。


「ごぉあぁぁ!」


 言葉にならない叫びを上げてクインシーが拳を振り上げる。


 上から打ち下ろされたその拳を躱すが、地面を抉り取り巻き上げられた土砂と共に吹き飛ばされる。


「クソッ、なんて威力だよ!」

「援護します!」


 ミシェルが弓で牽制をしてくれている間に、間合いを取る。エドさんも魔法で攻撃を始める。


「何の効果もありませんね。エドさん」

「煩え! 何とかしやがれ!」


 エドさんのショボい火属性魔法はクインシーにとって蚊に刺されたよりも効果が無く、辛うじてミシェルの弓による攻撃で足止め出来ている。


 その隙に、先程下僕達に効果覿面だった石による投擲を試みる。


 石は右腕に当たり、その腕は地面に落ちるが、すぐに再生されてしまった。


「ダメか……」

「ふふふ、そんなショボい攻撃が私の可愛い下僕ちゃんに効くはずが無いでしょ!」

「おい、シーラ。エドさんを馬鹿にするのは今すぐ止めるんだ! たしかに何の役にも立たないへっぽこ魔道士だっふん」

「誰がへっぽこ魔導士だよ! お前の攻撃の事だ!」


 くそぅ、まさか背後から殴られるとは思わなかった。しかも手加減無しの全力パンチじゃないか!


「痛いですよ、エドさん」

「喧しいわ! さっさとあのデカブツを何とかするぞ」

「へーい」


 とは言うものの、あんなに速く再生する化け物をどうやって退治したものか……

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