第102話 バーニー家
グレイスさんと共に塔を脱出した僕達は、ノーモニスの郊外へとやって来た。
そこは馬車襲撃の現場なのだが……
「何故無いんだ!」
グレイスさんがこの世の終わりみたいな顔をして立ち尽くしている。
現場にあった筈の馬車も死体も、何もかも全て綺麗に無くなっている。恐らくはノーモニスの兵士達が片付けたのだろう。
「何処だ? ここなのか? もしかするとこっち?」
現場周辺をウロウロと歩き回り、茂みをガサガサと掻き分けたり、地面に落ちている石をひっくり返したりしているグレイスさんを僕はただ見つめていた。
「なにを探しているんです?」
「槍に決まっているだろうが!」
槍……?
「その探している槍って、そんな小さな石の下に隠れる様な大きさなんですか?」
「そんな訳あるか!」
……じゃあ何で石をひっくり返しているんだ?
「野郎……逃げやがったな」
「グレイスさん」
「何だ?」
「グレイスさんが探している槍は動けるんですか?」
「槍が勝手に動くか? お前……馬鹿なのか?」
なんだろう。少しだけイラッときたぞ?
「あの……探しているのはこの槍ですかね?」
バッグから、ここで拾った槍を出してグレイスさんに見せる。
「なん……だと……」
僕が右手に持った槍に視線が釘付けになっている。
「何故だ。何故持てる? お前……何者だ?」
「あ、ハルトです。よろしくお願いします」
「ニコッ、じゃねぇぇぇぇ! 良いか? その槍はな、誰でも簡単に持てる様な代物じゃない。槍が自分で判断して持ち主を選ぶんだよ!」
ふむ、変わった槍なんだな。
「返せぇぇぇ!」
「わ、ちょ、待ってくださいよ!」
僕の手から、強引に槍を奪い取っていくグレイスさんなのだが……
「痛い痛い痛い、手が、手がぁぁぁぁ!」
槍を持った途端に地面に右手を縫いつけられたグレイスさんが叫び声をあげてもがいている。
あれ、絶対に手首の骨折れてるよね?
グレイスさんの右手の上の槍を拾い上げて、治癒の魔法を使い、骨折を治療する。
地面に座り込み、心ここに在らずといった感じのグレイスさんの前にそっと槍を置く。
一瞬、戸惑いを見せたが、おずおずと槍へ向かい右手を伸ばし、柄を掴んだまま硬直している。
「持てない……声が聞こえない?」
声?
「槍よ! 今こそ我が手に戻り、その武威を振え!」
……………………………何も起こらないね。
「馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……」
真っ白に燃え尽きたグレイスさんは膝を抱えて何度も同じ言葉を繰り返している。
その姿に若干の違和感を感じているのだけど、それが何か分からない。
「ハルト様」
「何だい、ミシェル?」
「グレイスさんなんですけど……」
「うん」
「耳が……無くなっていませんか?」
耳? そうか! 兎耳が無いんだ。確かあれって当主の証じゃなかったっけ?
「グレイスさん」
「悪いが……放っておいてくれないか」
「ですけど、耳がですね」
「耳だと?」
グレイスさんの右手が自らの頭の上へと上がり、何かを掴もうとするが無常にも何も無い空間を掴むのみ。
「クックック」
「グレイスさん?」
「フハハハハハハハ」
「あの……?」
「ハァッハッハッハッ」
これは見事な三段笑いだ。グレイスさん、おかしくなってしまったのだろうか?
「なるほどな。そう来たか」
「一体どうしたんですか?」
「犯人が分かった」
マジ? まさかこの中に居るとか?
「どうやら、この一件にはバーニー家が関わっている様だな」
「そうなんですか?」
「当主の証が無くなっている事が証拠だな。それに今、気がついたが、槍からスフィアが無くなっている」
スフィアですか。
「ほら、ここを見ろ」
グレイスさんが指し示した場所は槍の穂先の根元の部分だ。そこにはぽっかりと二つの穴が開いている。
「ここにはな、青と赤、二つのスフィアが嵌っていたんだ。それこそがこの槍の力の証でな。あれが無ければこれはただ重いだけの鉄の塊と言う訳だ」
ふむふむ。
「スフィアだけを奪い取って行くなんてバーニー家しか考えられん。槍を自由に扱えないなら、その源を奪い取り、新たな槍にスフィアを装着する」
「それで?」
「スフィアが付いている槍を持ち、当主としての試練を受ける。そして全ての権限を私から剥奪する」
それは所謂、バーニー家のお家騒動だよな?
そこへノーモニスの令嬢がどう関わってくるのか、コレガワカラナイ。
「それが分かったんだ。早速向かうとしよう」
「何処へ?」
「当然、バーニー家の領地だ。決まっているだろう?」
―――――――――――――――――――――
バーニー家の領地であるネザーランドはノーモニスから半日程の距離にある。
一旦ノーモニスへと戻り、全員集合してからネザーランドへと向かった。
そこへ向かう途中で丁度お昼時になったので、手分けして食料の調達を行った。
僕が担当するのは川。
北国であるオウバイはこの季節になってもまだ寒い。
裸足になって川の中へと入り込んだのだが、足に刺す様な痛みが走る。
「ハルトー、準備できたよー」
下流で待機している風香の合図を確認。
川の中程にある大岩の前に立ち精神を集中して、体内に気を練る。
練り込んだ気を左手に集め、大岩目掛けて解き放つ。
発勁!
ドン、という音と共に大岩から大きな波紋が広がり、川の中に生息している魚がプカリと浮かぶ。
「おおー、大量だね」
発勁の余波を受けて気絶した魚はそのまま下流へと流されて行く。
風香に川を遮る様に張って貰った網に引っかかる魚をひょいひょいと回収する。
「これだけあれば充分かな?」
「多すぎると思うけど……」
「余ってもバッグの中に入れておけば、腐る事もないから平気だよ」
大量の魚をバッグへ入れて土手で火を起こしているレヴィの元へ向かう。
三人で手分けして魚を捌き、軽く塩を振ってから串に刺して火の周りに突き立てる。
皮に焦げ目が付き、脂が染み出してきた。丁度食べ頃になると、全員がわらわらと寄ってくる。
「うん、美味しい」
「たまにはこんなのもいいわね」
「私は初めてですけど、美味しいです」
いつもの様にバッグから取り出しただけの食事よりもみんなで手分けして作った食事だからだろうか。ただ焼いただけの魚が凄く美味しく感じる。
グレイスさんも気に入ったみたいで次々に魚を骨だけにしていっている。
グレイスさんは五匹を平らげた所で一息ついてから、シャルにチラリと視線を送り、呟いた。
「そこのチビ巨乳」
「……もしかしてボクの事かな?」
「ああ、何のつもりかは知らんが、そんな目で私を見るのを止めろ。不愉快だ」
ギロリとシャルを睨むグレイスさん。
「こっちだって見たくて見ているわけじゃないよ。出来るなら見たくないくらいなんだから」
「私とは初対面の筈だが?」
「ふざけるな! よくもまぁそんな事を言えた物だね」
「うん? 何処かで会ったことがあるのか?」
グレイスさんのこの言葉がきっかけになったのかシャルは一気に喋り出した。
「忘れたとは言わせない。アンタがボクにした事を絶対に許さないからね。覚えていないと言うなら教えてあげるよ。ボクの名前はシャルロッタ=タッペル、アンタに人生を狂わされたアンタのひ孫だよ!」
珍しくシャルが叫び声をあげている。いつもニコニコしているシャルとは違い、恨みのこもった顔でグレイスさんを睨みつける。
「タッペル……おお、あの時の子供がここまで大きくなったか。うんうん、良かった良かった」
「何が良いんだよ!」
「いやー、心配はしていたんだがな。立場上、大っぴらに探ることも出来なくてなぁ。あのまま本家に居ては、まともな扱いをされないと分かっていたからな、タッペルに任せて正解だった様だな」
「どういう事?」
「何だ? タッペルの奴から何も聞いていないのか?」
「何を……」
「お前は苗床にされる所だったんだ。それは流石に不憫だから、タッペル家に養子に出した。槍の才能が無いと言えば本家の奴らはそれだけで興味を失うからな」
「苗床って、一体なんの事だよ」
「その言葉の通りさ。ただ子供を産む為の道具さ。バーニー家の奴らは揃いも揃って血を濃くする事しか考えていない。故に親でも兄妹でも関係無く子供を作る。私が止めても皆、言う事を聞かん。だからお前はタッペルに養子に出したんだよ」
「嘘……」
「嘘なもんか。なにせ、お前の父も兄もお前を狙っていたからなぁ。五歳になったばかりのお前をだぞ?」
「グレイスさん、それ本当なんですか?」
「ああ、アイツらの狙いは分からんでも無いがな。アイツらは純血種を作ろうとしているんだよ。血を濃くして行く事で稀に産まれる先祖返り同士を交配させる気なんだよ」
先祖返り、隔世遺伝か。
「その為の道具にするのは忍びないからな。私が救える範囲でやれる事をやっているつもりではあるが……私に隠れてコソコソとやっているみたいでな」
今も犠牲者は出ているって事か。
「有力な貴族に嫁がせたりして守ってはいるんだが、数が多すぎて、とてもじゃないが追いつかん」
「じ、じゃあ、アンタはボクの恩人?」
「うん? 別に恩を感じる必要は無いぞ? 私が勝手にやっている事だからな。仮にもバーニー家の当主だからな、今はそれも奪われてしまったが……」
グレイスさんの顔が優しい顔から獰猛な笑顔に変化して行く。
「私に喧嘩を売ったんだ。その報いは受けて貰う」
昼食はそこでお開きになり、目的地であるネザーランドへと向かう。思わぬ話で時間を掛けてしまった為、到着した頃には日が傾き夕刻を迎えていた。
ネザーランドで宿を取り、直ぐにでも乗り込もうとするグレイスさんを抑えて、僕とレヴィの二人でバーニー家の偵察に向かった。
「大人しくしていて下さいよ?」
「今すぐにこれを解け!」
「ダメです。僕達が帰ってくるまで待っていて下さい」
一向に大人しくならないグレイスさんを説得(物理)してロープでグルグル巻きにして床に転がしておく。
「覚えてろよ!」
「はいはい、行ってきますね。みんな、後の事は頼んだからね?」
縛られていても暴れ続けるグレイスさんを遠巻きにして全員が頷いたのを確認して宿を後にした。
バーニー家の館は小高い丘の上に立っており、厳重な警備が敷かれていた。
「何だろうね?」
「いくらなんでも警戒し過ぎじゃない?」
草むらに隠れて兵士をやり過ごしながら、館へと向かい、壁を乗り越えて一階の窓から中を伺う。
続いて二階の偵察を行うが、一階とは比べ物にならない位に兵士の数が多い。
その中でも、一番厳重に警備されている部屋を天井裏から覗き込むと、椅子に座り込み項垂れている一人の少女を発見した。
(あれ、誰かしら?)
(領主の娘かな?)
(しっ、誰か来るわ)
扉が開かれて姿を現したのは、服を着ていても分かる程に鍛えられた身体を持つ壮年の男性。
「考え直して貰えたかな?」
「いいえ……」
「ふむ、困った物だ。私の話を全く聞いていなかったのかね?」
「いいえ?」
「それならば、私と君は結ばれるべきだ。そう思うだろう?」
「いいえ……」
「君は、いいえ、としか言えないのか?」
「いいえ」
「まぁいい。時間はまだまだたっぷりと有る。それまでに必ず君に頷いて貰うさ。マーシャ」
そう言い置いて男は部屋を出て行った。
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