第101話 グレイス発見
僕達は領主のマルコムに、誘拐の濡れ衣を着せられてしまい、ノーモニスの兵士によって牢屋へと連行されている。
場所はノーモニス領主の館から少し離れた場所にある高い塔。地下牢を想像していたが、この街では塔の中へ入れられるみたいだ。
中央部分は吹き抜けになっており、周囲に鉄格子で閉ざされた部屋が設置してある。中はほとんどが空の状態で収容されている人は見当たらない。
「ここに入っていろ」
「ちょっと、乱暴しないで下さいよ!」
「喧しいわ!」
牢に入れられる時、少しだけ揉み合いになったが、無事に牢の中に幽閉されてしまった。
無骨な南京錠がガチャリと音を立てて閉められる。
牢の中にある寝台にごろりと横になり、天井を見上げてしばし思考する。
だが、考えがまとまらない。情報が少なすぎて、何も分からないんだよなぁ。
「ミシェル」
「はい、ハルト様」
「ここの領主の娘の事は知ってるの?」
「ええと、確か名前はマーシャ。今は七歳になる女の子だったと思います。一度しか会ったことはありませんけど」
七歳だって? 随分と幼いんだな。その年齢じゃあ領主の後を継ぐなんてまだ早いだろうに……
「ハルト様、どうなさるおつもりなんですか?」
「うーん、そうだなぁ。僕達は明日処刑されるんだ」
「はい……」
「つまり、明日までは生きていられる」
「はぁ」
「それまでにここを出れば問題無しって事だね」
「でも、どうやって出るんです? しっかりと鍵が掛かっていますのに……」
「あ、鍵なら持ってるよ」
「えっ?」
「さっき入り口で揉み合いになった時に兵士から奪っておいたんだ。マジックバッグに入れてあるから、いつでもここを出れるよ」
「はぁ……」
そんな事よりも……
「シャル、そろそろ話してくれない?」
「んー? 何の事かな?」
「僕について来た理由だよ」
「特に無いけど?」
「それじゃあ、僕から聞くよ。グレイスさんとはどんな関係なんだい?」
「ハルトってさ」
「うん」
「抜けている様で実は中々鋭いよね」
「それで褒めているつもり?」
「うん」
「それで? はぐらかすのはもうやめて欲しいな」
「うー、仕方ないか。グレイスはね、私の曽祖母だよ」
グレイスとシャルが家族?
「でも、兎耳は?」
「あれはね、当主の証。だから今はグレイスにしか無いんだ」
「そうなんだ。当主になると生えてくる?」
「うん。ハルトはボクにも兎耳があった方が良いと思ってるの?」
シャルに兎耳だと?……それ、最強じゃないか!
「ハルト、顔、顔」
「ハルト様のあんな顔初めて見ました……」
「ハルトはいつもあんな感じなんだよ? ミシェルもその内、分かる様になるよ」
「僕、そんな変な顔をしてた?」
「うん、えっちぃ顔してたよ」
いかんいかん。妄想が捗り過ぎたようだ。
「それで、グレイスさんを助けようとした?」
「違うよ。グレイスの持っている槍。あれがボクの目的なんだ」
槍ってこれの事だよな?
「あの槍に何か思い入れでもあるの?」
「あの槍はね、世界でたった一つしかない意思を持った槍なんだ」
「意思を……槍なんだよね?」
「そうだよ。バーニー家に代々伝わる特殊な槍でね。当主を選ぶのもアイツなんだ」
バーニー家か。
「あれ? でもシャルの名前、タッペルって……」
「ボクは落ちこぼれなんだ……あの槍に触れる事さえ出来なかったらからさ。分家に養子に出されたんだ」
触れない……ね。僕は普通に持てたけどな?
「分家に出されてもボクは諦められなかった。バーニー家の呪いみたいな物だね。ほぼ全員が槍に全てを賭けて生きて行くんだ」
「それで?」
「グレイスが死んでいるなら槍の継承が行われる。その場に立ち会った者が槍の継承候補者だね」
「一人しか居なかったら……」
「その一人が血縁者ならその人が継承者だよ」
「シャルはグレイスさんが死ぬ事を望んでいるの?」
「それは……自分でも分からない。あの家は色々と特殊な事情があって、ボクも散々振り回されたけど、死んで欲しいかって言うと……少し違う気がする」
特殊な事情……ね。
「バーニー家はね、血族結婚を繰り返して来た一族なんだよ」
「私もそれは聞いたことがあります。変わり者の一族だって……」
「あはは、実際に精神に異常がある人は結構多かったみたいだしね。変わり者なんて優しい言い方だよ」
ふむ、グレイスさんも少し変わった人だったな。初めて会って、発した一言目が、私に欲情したのか? だったし。
「ボクはあの槍の行方を知りたい。グレイスが生きているなら継承をしたい。死んでいるなら誰の手に渡るのかを……」
何気なく拾ったこの槍だけど、どうしようかな?
シャルに今すぐに見せるべきなのか、それとも、このままバッグの中にいれておくか……
いや待てよ?
グレイスさんに槍を返す場合、シャルに僕が槍を持っている事を知られてしまう。その事を隠しておくのは得策では無いか。
「シャル……これを見て」
「えっ? 何で……」
シャルは僕が取り出した槍を見て息を呑んでいる。
「なんでなの? どうしてハルトがこの槍を持っているの?」
「この間の馬車の襲撃の現場で拾ったんだよ。グレイスさんがこの槍を使っていたのを一度見ているから、返してあげないといけないと思ってね」
「そう……」
シャルは僕が持っている槍から視線を逸らす事すらせずに、じっと見つめている。
「何でハルトがその槍を持てるの……」
「えっ?」
「だって、その槍は人を選ぶんだよ?」
シャルが槍へと手を伸ばすと、寸前で何かに遮られるみたいに弾かれ、槍には触れていない。
「ほらね?」
「本当だ……でも、何故なんだろう?」
「ハルト、槍から何かを感じない?」
感じる?
ずっとバッグの中に入れていて、ここまで長い時間持っていたのは初めてだけど、特に何も……
いや、これは?
「どこかは分からないけど、なんだかあっちの方へ行きたい様な気がするね」
「それ、多分槍の意思だよ。恐らく、その先にグレイスが居る筈だよ」
ふむ、グレイスさんの居場所を教えてくれているって訳か。それなら従ってみようかな。
「手掛かりは見つかった。どんな事が待っているのかは分からないけど、そこへ行ってみよう!」
牢に掛けられた南京錠を鍵を使って外し、鉄格子をそっと押し開ける。
辺りを伺い、誰も居ない事を確認して、グレイスさんの槍を右手に持って軽く集中する。
「えっ、こっちなの?」
塔の中の上に上がる階段をゆっくりと登る。時折遭遇する巡回の兵士を物陰に隠れてやり過ごしながら、上へ上へと登って行き、とうとう最上階へと到着してしまった。
(ハルト、本当にここなの?)
(多分ね……)
最上階に見張りは誰も居ない。一番奥の部屋の扉が開いており、その中から僅かに明かりが漏れている。
その部屋へ近づいてみると、声が聞こえて来る。
「マーシャを何処へ隠している?」
「ククク、さあね?」
「まだ答える気にならんのか。おい、どうやらお前のムチは全然堪えていないみたいだぞ?」
グレイスさんと……領主のマルコムの声?
奥の部屋を覗き込むと天井からのロープに両腕を縛られて吊り下げられているグレイスさんと、全く抵抗出来ないグレイスさんをムチで責める巨漢の男が見える。
その側で椅子に座って悠然と構えているマルコムは薄ら笑いを浮かべている。
「さっさと喋れば楽になると言うのに、強情な女だな」
「へっ、喋ったらその場で殺す気だろう?」
「当たり前だ。さぁ、早く言わんか! マーシャは何処だ?」
「知らないねぇ。ぐっ、ああ……」
グレイスさんがマーシャ嬢の誘拐犯なのか?
(シャル、どう思う?)
(んー、グレイスは腐ってもAランクのハンターなんだから、犯罪を犯すとは思えないなぁ)
(て事は、マルコムが悪者かね?)
(でも、あの方もノーモニスの領主ですよ?)
むむむ、どちらを信じれば良いのか判断出来ないな。
(でもでも、マルコムはボク達を良く調べもせずに処刑しようとした人だよね?)
ふむ、そう言えばそうだな。ここはグレイスさんを信じてみますかね。
(ちょっと待ってて)
なるべく音を立てない様に室内へ侵入する。こんな時に役に立つ必殺技の出番だね。
首トン!
「説明しよう! 首トンとはこの技を受けた者の意識を瞬時に刈り取り気絶させる技なのだ!」
「ハルト……何でそんなに甲高い声でしかもわざとらしい説明口調になるのさ……」
シャル、分かってないね。解説は高い声じゃないといけないんだよ! これ常識!
「あんたは……」
「グレイスさん、無事ですか?」
「ああ、助かったよグゴゴゲル」
「だから、それ誰なんですか! 逆に気になって来ましたよ。ハルトですよ」
「ああ、そうか悪かったね。よく似てるから間違えたんだ。許せ」
しかし、ロープで吊り下げられたバニーガールってシュールだね。
しかし、ムチで叩かれてそこら中、傷だらけだな。
治癒!
「お? 回復の魔法が使えるのか」
「ええ、大体は治っているはずです。それよりも事情を聞かせてもらえますか?」
「良いだろう」
グレイスさんの話によると、始まりは、とある依頼を受けた事からだった。
依頼者はマーシャ=ゲンズブール。現在の領主の一人娘だ。
依頼内容はノーモニスからの脱出、目的地は王都アルフヴィル。
グレイスさん達は二手に分かれて行動しており、依頼者のマーシャはグレイスさんの仲間二人と別行動していた。グレイスさん自ら囮になって依頼者の安全度を高める作戦だった様だ。
だが、囮になった事で逆に大勢の領主の手勢を引きつけてしまい、不覚を取って捕らえられてしまった。
「そもそも、何故依頼者は逃げ出さなくてはいけなかったんです?」
「本人の話だと、父に結婚を強要されたらしい。それを嫌がって家を出る事を決めたそうだ」
望まない結婚か……でも待てよ?
貴族であればそれは当然ながら、起こりうる事なんじゃないか?
「まだ七歳ですからね。少し早すぎる気もしますけど、婚約だけなら、そうとも言えませんね」
ミシェルがそう言うなら、やはり貴族としては間違ってはいないようだね。
「馬鹿な事を言うな。父親と娘だぞ? 結婚するなんておかしいだろう」
「えっ?」
「グレイスさん?」
「言った筈だ。父に結婚を強要されていると。どう考えてもおかしな話だ。だからこそ私はこの依頼を受けたんだよ。貴族には変態が多いが、この男は筋金入りだね」
うわー、引くわー。
結婚を強要って、そう言う事かよ!
「それでその依頼者は今、何処にいるんですか?」
こうなったら乗りかかった船という奴だね。グレイスさんの仕事を完遂するまで手伝おう。
「本当に居場所は知らん。が、予想くらいは出来るな」
「じゃあ、ここを出て早いところ合流しましょうか」
「おう、兄ちゃん。外までの案内を頼む」
グレイスさんは無事に見つかった。そして、その依頼のお手伝いをする事になったが……
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