第92話 王都へ向けて

「えっ、二日間もですか?」

「そうよ、ハルト君に渡したのは特別製だからね」

「そんな特別感、欲しく無いですよ……」


 外へ通じる扉の前でアリーセさんから貰った魔力回復沈黙プラス。このポーションが狂った錬金術師マッドアルケミストの作った物だと言う事を思い知らせてくれた。


 その名の通り魔力は回復するが、おまけとして沈黙の効果のある回復毒ポーションという訳の分からない物で、今現在、僕は全く魔法を使う事が出来ない。


 更にその効果が後二日間も続くのだと言う。


「僕は戦いではあまり魔法は使いませんけど、誰かが怪我をして治療出来ないのは厄介ですね」

「あら? 軽い怪我くらいならすぐに治るポーションも用意してあるわよ?」

「アリーセさんのポーションでしょ? どうせ麻痺だの沈黙だの何らかの悪い効果が付いてるんでしょ?」

「ふぅ……当然じゃないの」

「使えないじゃないですか!」


 外扉の前から一旦菊五郎さんの家に戻り、今後の対策を協議していたのだが、回復役が居ないのは少し心許ない。


「どうする? 二日待つのか?」

「菊五郎さん、一度街の住人に知られたんです。そんなに時間は掛けられないでしょう?」

「そうだ。街の連中からはいつになるんだと問い合わせが殺到している」


 それも当然だよな。長年こんな場所に閉じ込められていたんだから。誰だって早く地上に戻りたいはずだ。


「すぐに出発しましょう」

「いいのか?」

「警戒をして進めば何とかなると思います。上階に行けば、魔物も弱い奴しか居ませんし」

「分かった。恩に切る。他の連中に準備するよう伝えてくる。お前達は休んでいてくれ」


 菊五郎さん自ら連絡役をかって出てくれたので、お言葉に甘えてのんびりする事にした。


 今回、地上まで行くメンバーは僕達六人に加え、西に住居を構えるウィリアムとそのパーティーメンバー二人、それにタイターさんとニックさんを加え、総勢11人の大所帯になってしまった。


 ウィリアム達が同行する理由はある程度戦える事とギルドランクが高めだった事だ。


 僕達は所詮は低ランクであり、ギルドへ報告した所で信用して貰えるかは微妙だ。説明にかなりの時間が掛かる可能性がある為、Cランクのウィリアムを連れて行けばギルドも素直に話を聞く筈だという菊五郎さんの言葉が決め手になった。


 タイターさんとニックさんは僕がゴリ押しでメンバーに入れた。


 まぁ、罪滅ぼしってやつだね。


 小一時間程休んでいると、菊五郎さんが戻って来た。


「街はどうでしたか?」

「落ち着いては居る。だが、地上に戻りたい気持ちが皆、強くなって来ているようだ。浮かれて騒いでいる連中も多いな」

「やっぱりそうですか。グズグスしている暇は無さそうですね。すぐに出発しましょう」


 再び扉の前に戻ると街の住人が総出で見事なバリケードを作り上げており、その側では炊き出しが行われていた。


「おお、やっと来たか」


 最初に僕らに気付いたのはウィリアム。なんだか気まずそうな顔で近づいて来た。


「その……さっきは悪かったな」

「ふん、謝って済む様な事じゃねぇだろが、なんなら今から同じ目に合わせてやっても良いんだぜ?」

「エドさん?」

「コイツがやった事を俺はまだ許しちゃいない。それ相応の報いを受けて貰う」

「この人が何をしたと言うんですか?」

「ハルトに命を助けて貰っておきながら、真っ先に扉を閉めてハルトを閉め出した。そのせいでお前は大怪我を負ったんだ」


 ああ、そう言う事なのね。理解理解。


「エドさん、その事なら僕は全く気にしてませんよ? 怪我をしたのは僕が油断したからですし、あの状況なら扉を閉めるのが正解です。その行動が街の人を守ったんですからね」

「お前は甘すぎる。コイツはただ単に恐怖にかられた上に我が身かわいさに扉を閉めたんだからな」

「謝ったんだから良いと思いますけど、そう言う事なら地上に出るまで目一杯働いてもらいましょう」

「お前がそれで良いなら……」

「こちらとしてもそれで許して貰えるなら有り難く働かせて貰うよ」

「宜しくお願いします」


 こうして名も無き街を出発した。扉の前に大量の魔物が……居なかった。


「何でだろ?」

「魔物は思ったよりも賢いからな。さっきお前が暴れたから近づかないんじゃないか?」

「何も居ないのは好都合ですね。今のうちに先へ進みましょう」


 その後、数回魔物と遭遇はしたものの、全員無事に何事も無く地上にたどり着き、キーテスのハンターギルドへ報告へと向かった。


「はぁ……ダンジョン内に街、ですか……」

「はい、なるべく早く救出をお願いします」

「それで、貴方のランクは?」

「Fランクですけど……」

「そうですか、えー、はい、分かりました。これは上に報告を入れておきます。ご苦労様でした」

「ちょっと待ってくれ」


 ここで待機していたウィリアムが会話に入って来た。


「何ですか?」

「俺はウィリアム、これがライセンスだ。この小僧が言っていた事は俺が保証する」


 ライセンスを受け取り確認をしていた受付嬢が戸惑いを見せる。


「えっ……あの……貴方はもう亡くなっているはずですが……」

「あの街から出られなかったんだ」

「えっ、まさか今の話は本当の事……」


 やはり、僕の話だけでは信じて貰えていなかった。だが、実際にCランクのハンターが囚われていたと証言した事で、ギルドは突如慌ただしくなり始める。


「これで何とかなりそうですね」

「ああ、ギルドが本腰を入れてるんだ。間違いはないだろうよ」


 ギルドでウィリアム、タイターさんニックさんと別れた後、僕達はこの先の行動の打ち合わせを兼ねて久しぶりの地上での食事を楽しんでいた。


「さて、この後ですけど王都へ向かうのは決定です。問題はどうやって行くかですが……」

「そうだな、歩きか馬車で行くのか?」

「時間が掛かりそうですよねー、もっとぱぱっと行けないですかね?」

「速く行く方法なら船かしらね?」

「船はもうこりごりです」

「じゃあ空?」

「空って……」

「飛行艇よ。とんでもなくお金が掛かるけどね」


 飛行艇! それ乗りたい!


 ジニア帝国ではそんな物は噂にすらならなかった。


「当然でしょ、オウバイにだって全部で二隻しか無いんだから」


 アリーセさんの話によると飛行艇とはオウバイにあるダンジョンから発掘された過去の遺物らしく、長い時間を掛けて修復を行い、つい最近運用が開始された物みたいだ。


 早速その飛行艇とやらに搭乗するべく発着場へと向かった。


「へぇ、思ったより小さいんですね」

「こっちは小型の方ね。もう一機はこれの倍はあるかしらね?」


 発着場にあった飛行艇は見た目は海に浮かぶ船その物なんだが、これが空を飛ぶの?


 搭乗手続きをする為、側にある建物へと入り受け付けをするのだけど……


「王都まで金貨三千枚!? 高っ!」

「皆さんそうおっしゃいますが、これでも安くしている方なんです。この金額で王都まで二日で到着するんですから安い、とおっしゃる方もいらっしゃいます」

「ちなみに馬車だと、どのくらい掛かりますかね?」

「そうですねぇ……一月半といった所でしょうか」


 金貨三千枚……出せない金額では無い。かなり痛いけど、必要経費として割り切るかな。


 王都でまた稼げば良いし……


「分かりました。それじゃあお願いします」

「えっ? 本当に?」


 うん? 何を驚いているんだろう?


「本当にお支払い出来るんですか?」


 ああ、そう言う事か。


「先払いしておきます?」

「ええ、出来るならお願いします……」


 カウンターに金貨の入った皮袋を積み上げて行く。


「一つに二百枚入っています。確認してもらえますか?」


 合計15袋を出すと受付さんは目を白黒させて驚いていた。


「……はい、確認しました。手続きをして来ますのでしばらくお待ち下さい」

「ハルト、良いのか? そんなに使って」

「平気ですよ。これくらいすぐに稼げますから」

「だが、三千枚だぞ?」

「エドさん。水竜の鱗いくらで売れると思います?」

「あー、それがあったか。一枚で五千枚は付きそうだよな」


 待合室で待っていると外からは大型のバイクのエンジン音みたいな爆音が聞こえ始めていた。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 先程の受付さんが飛行艇まで案内してくれた。


 タラップを登り船へと乗り込んで、そのまま客室へと案内され、いくつかの注意事項を説明される。


「基本的にこの部屋から出ることは禁止となります。食事もここで取って頂きます」

「えー、外見れないの?」

「はい。航行中は風圧がとても強く危険なんです。下手をしたら空中に吹き飛ばされますよ?」


 残念、外の景色を楽しみたかったのにな。


「用をたす場合はそちらの部屋でお願いします。風呂等はありませんので悪しからず」


 至れり尽くせりという具合にはいかないが、王都まで我慢するしかないようだね。


「それではしばしの空の旅をお楽しみ下さい」


 そう言って受け付けさんは部屋を出て行った。


「なんか、思ってたのと違う」

「何がだよ。王都まで二日で着けるんだから贅沢言ってんじゃねぇよ」

「そうですけど……二日間、何をしてます?」


 二日というのは結構長い。


「それなら僕、ハルトさんのお話を聞きたいです」

「僕の話? 特に面白い事なんて無いよ。僕は至って普通の人間なんだから」

「あはは、またまたー、そんな筈ないですよ」


 フィンレイ。僕を何だと思っているんだ?


 だが、せっかくのリクエストだ。この世界へ来てからのことを話して聞かせてあげた。


「そんな事が……大変だったんですね……」

「僕の事よりも、フィンレイはどうなのさ?」

「僕ですか……僕は、何の力もない無能なんですよねぇ。スキルも無し、職業も無し。何一つ持っていないんです」


 少し自虐的に笑うフィンレイ。


「あの……スキルなら教会へ行けば取得出来ますよね? 何故それをしないんですか?」


 レスリーの質問に項垂れるフィンレイ。


「レスリー、お前は獣人の事を分かっちゃいないな。俺たちは教会ではスキルを取得できん」

「えっ? そんな筈は無いですよ。教会は誰にでも開かれた場所……」

「そうだな、獣人以外にはな」

「教会と獣人に一体何があるんです?」

「話してやってもいいが……長くなるぞ?」

「どうせ後二日間もあるんです。僕も興味があるので聞きたいです」

「そうか……」


 そして、エドさんは語り始める。


 そもそもこの世界には大きく分けて五つの種族が存在する。


 僕達と同じ人族。


 エドさんやフィンレイの様な獣人族。


 自国からは決して出る事が無く、全てが謎に包まれた竜人族。


 世界中を旅をして周る、陽気な翼人族。


 人間に国を追われた亀人族。


 この五種族になる。


 世界の成り立ちではまず最初に主神エスカディースが四匹の聖獣を生み出した。


 そしてその聖獣が四つの生物を生み出す。


 その中で人族は何処から来たのかは分かっていない。いつのまにか現れてその数を爆発的に増やし亀人の国ジニアを乗っ取って行ったらしい。


 そして人族は主神エスカディースを崇め、教会を設立するに至る。


 そのエスカディースと対立する邪神シャルナ。


 世界を滅ぼす者としてエスカが認めた勇者に倒された世界の敵。


 そのシャルナも最初は善神としてこの世界で信仰されていた神なのだと言う。


 だが、いつしかエスカと対立し、戦い、そして敗れている。


「この話はな、獣人に古くから伝わる物でな。教会がひた隠しにしてきた真実の話だ。この話を聞いたほとんど全ての獣人がシャルナに同情した事で、獣人は教会から異端者の烙印を押されている」


 異端者か……教会とはいつの時代でもそうなんだ。自分達に不都合な人を異端者として迫害する。


「ことの起こりは、ジニア大教会の地下書庫で一冊の本が発見されてからだな。その本は当時の大神官によって翻訳されている」


 大神官ね。そう言えば今の大神官のアルちゃんは元気にしているかな?


「ハルト、聞いているのか?」

「いえ、全く聞いていません」

「聞けよ!」

「はいはい、聞きますよ」


 少しくらい物思いにふけっても良いじゃないか。


「それでな、その書物の内容がなんとシャルナの手記だったんだ」

「えっ? 神様が本を書いたの?」

「うん? そりゃあ本を書くことくらいあるだろう。神なんてその辺にごろごろしているしな」

「そうそう、町で食事をしていたら隣に座っていたりとかするしねぇ」


 安いな、神。


「その手記の内容を知った獣人はシャルナに同情した。それが面白くない人族が獣人を異端者に仕立て上げたんだよ。だから獣人は教会でスキルを取得する為には他の種族の三十倍のお布施を要求される」

「そんなに……」

「実質は拒否されているのと同じさ。だから獣人は職業でスキルを得る事しか出来ないんだよ」


 成る程ね。フィンレイが教会に行かない理由もそこにあるのか。


「その手記の中身はどんな内容なんですか?」

「あっ、それは僕も気になるかなぁ」

「いいぜ、ついでだから話してやるよ」


 エドさんによるシャルナの手記の語りが始まる。

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