第88話 海底神殿 4


「タイターさん、足はどうです?」

「心配は要らんよ。今はときどき痛むくらいまでは回復している」


 エスポワール号一回転事件の煽りで、右足の一部を失ってしまった船長のタイターさんのお見舞いをしているが、やはりタイターさんは元気が無い。


「ほら、見てくれよこれを……」


 タイターさんは布団を捲り、自らの足を露わにしたのだが、僕は申し訳なさも手伝って思わず目を背けてしまった。


「ほら、これだ。この小指の爪がめくれちまってな、じくじくと痛むんだ。忌々しい!」

「はぁぁぁぁ?」

「いや、だからな……」

「右足の一部って……爪ですか?」

「おう、痛みでバランスが上手く取れなくてな。歩く事が出来ねぇと来たもんだ」

「お、おう。治療しますけど?」

「お、そうか? 頼むよ」


 何だよ、紛らわしい言い方をして! ただ爪が捲れた程度なのかよ……


 治癒!


 タイターさんの右足の小指に魔法を発動すると、爪がみるみる再生されて行く


「おお! お客人、助かるよ。これで自由に動ける」

「いえ……大した事じゃ無いです……」


 本当に大した事じゃ無いわ! 小指の爪って……


 爪の治療を終えてから、改めてタイターさんとニックさんに何があったのか詳しく話を聞く。


「俺もニックとほぼ同じだな。砂浜で気絶している所をここの連中に救われたんだ」

「ここの人達は外に出る方法を探していると聞いたんですが……」

「ああ、毎日飽きもせず遠出してまで探しているみたいだが、手掛かりすら見つかっていないらしいな」

「そうですか……」


 少しは期待をしていたのだけど、状況は何も変わらずか。だけどタイターさんとニックさん、二人の無事を確認出来ただけでも収穫があったと思うしかない。


 二人はこのままここに残り、助けて貰った恩を返す為に働くらしく僕達に同行する事を拒まれた。


「俺たちにも出来ることはあるはずだからな」

「受けた恩は必ず返す、それが海の男の常識なんだ」


 そんな二人と一旦別れ、再び街へと戻って来た。


「さて、ハルト。どうしたもんかな?」

「どうしますかねぇ?」

「お前はあんまり悲観してないな、何故だ?」


 バレている……か。エドさんだけには伝えておいた方が良いかもしれないな。


「内緒なんですけどね……」

「あん?」

「僕はいつでも地上に戻れるんですよ」

「何だと?」

「静かに! ダンジョンの入り口近くにマーキングしてありますから、転移すれば一瞬です」

「何でそれを言わねえんだよ! すぐ戻るぞ!」


 こういう風な反応になるのは分かっていたんだ。


「ここの人達はどうするんです?」

「それは……戻ってから、ハンターギルドへ報告を入れてだな……」

「放っておくと?」

「それ以外に方法があるのかよ?」

「ギルドが動くまでは時間が掛かる。その上、外に出る方法すら見つかっていない。どれだけの時間が掛かるかも分からない。ここの人達はもう、限界ですよ」

「む? 確かにそうだな……お前が全員を転移で地上に戻すってのはどうだ?」


 それを言われるのも分かっていた。


「エドさん、僕の転移はそこまで万能じゃないです。これ、案外魔力を喰われるんです。一度に転移出来る人数もそこまで多くない。一回転移するだけで僕の全魔力の4分の1は持っていかれます」

「案外燃費が悪いんだな……」

「この街の住人の数は三千人程です。全員を連れて行くには何年もかかるでしょう。僕はそこまでお人好しでは無いです。自分の時間を犠牲にするつもりもありません」

「それじゃあ、何故ここに居る?」

「それでも、何か出来るかも知れないじゃないですか。もう少しだけ調べてみようかと思っているだけですよ。手掛かりはありますしね」

「ほう?」

「まぁ、一度宿に戻ってからどうするかを考えましょう」


 宿に戻り二階の部屋へ入るとレスリーがドタドタと足音を響かせて走り寄って来る。


「ハルトさん、ハルトさん!」

「どうした、漆黒?」

「ふふふ、もうその名前で呼ばないで下さいね。これを見て下さい!」


 いきなり上着を両側へと開くレスリー。


「どうですか?」


 上着の下には何も着ていない。つまりは裸だ。


「あの……レスリー?」

「良く見て下さい! ほらほらほら!」


 レスリーの背後ではアリーセさんが、あちゃー、といった感じで額に手を当てている。


「レスリーいいから、一旦落ち着いて!」

「ダメです! 良く見て下さいって!」


 絶壁をこれでもかと、強調するように体をそらして見せる。あまり見ないようにしていたのだが、ある事に気がつき、そこを凝視してしまった。


「馬鹿な……暗黒物質が……無い?」

「ふふふ、やっと気がつきましたか。ハルトさんは案外鈍いですからねー」


 ニコニコしながら自らの胸を僕に見せつけてくるレスリー。よっぽど嬉しいのだろうが、そろそろ教えてあげるか……


「レスリー、良く聞いて」

「はい、何ですか?」

「僕とエドさんは男だよ?」

「知ってますけど?」

「その僕達に裸を見せつける痴女プレイにでも目覚めたりしたのかい?」

「え? あ、ええ?」


 先程はまでのニコニコとしたレスリーの笑顔が一瞬で凍りつく。


「キャー! キャー!! 何で見てるんですか。やめて下さい。見ないで下さい! ハルトさんのエッチ、スケベ、変態!」


 慌てて服を閉じて部屋の隅で蹲っているレスリー。


「いや、自分から見せてきたんじゃないか。別に見たくも無いし、そんな壁を見せられても何とも思わないよ?」

「それはそれで酷いです!」

「どうしろって言うんだよ……」


 恥ずかしさで顔を赤らめているレスリーが落ち着くまで待ってから何があったのかを問い詰める。


「それで? アリーセさんにどんな交換条件を出されたんだ?」

「ほぇ? 何で分かるんです?」

「単純な消去法だよ。暗黒物質の色を変える程の事なんだから自然に変わるなんてあり得ない。たまたまこの街で何かを手に入れるなんて偶然が起こる確率も低い。結果、アリーセさんが錬金術で作った薬を何らかの条件付きで譲って貰った可能性が一番高い」


 アリーセさんをチラリと見ると、笑顔が返ってくる。ただの笑顔だったら良かったのだがアリーセさんの笑顔は残念ながら黒い笑いなんだよねぇ。


「うふふ、正解よ」

「レスリーに何をさせたんです?」

「変なことはしてないわよ?」

「まぁ、レスリーがどうなろうと全く気になりませんけどね」

「酷っ!」


 何故だかショックを受けているレスリーだが、もういい大人なんだから当たり前だ。


「それであの暗黒物質に何をしたんですか?」

「うふ、私が作った薬、塗る塗るピンクちゃんをあげたのよ」

「何です? そのいかがわしいお店で取り扱っていそうな怪しい薬は?」

「お肌を綺麗にする為の薬の原液をあげたの」


 ああ、分かってきたぞ。


 美白効果がある成分か何かだな。それであのドス黒さが無くなった訳ね。


「その薬はまだあるんですか?」

「それがねぇ。酔っ払っている時に適当に調合した物だから、再現が出来なくてね。レスリーさんに渡したのが最後なのよ」


 残念。美白効果が見込めるなら、みんなにお土産にあげたかったのに。


「それで、その薬を渡す代わりにレスリーに何をさせたんですか?」

「それはレスリーさんに聞いて下さい」


 ふむ。それもそうだな。


「で?」

「はい……ハルトさん。ある人の話を聞いてあげて欲しいんです……」

「ふむ、話を聞くのは構わないけど、誰の話?」

「あの……ボクの話です」


 部屋の隅に居た人物が近寄って来た。


「お前……いや、フィンレイ王子?」

「はい……」

「さっきまでとは全然態度が違うけど?」

「はい! あれはキャラ付けです」

「はぁ?」

「あの、ボクは見た目がこんな感じなんで、少しでも強そうに見えるようにしていたんですけど……レスリーさんにお話しを伺って、ハルトさんはああ言う態度が一番お嫌いだと聞いたので……」


 今の王子は服装からして変わっている。


 華奢な体で上目遣いで僕を見上げながら真っ直ぐにこっちを見て来る。態度の悪い傲慢なバカ王子だと思っていたのだが、その正体はまさかの男の娘かよ!


「あの……聞いてもらえますか?」

「聞くだけなら良いよ」

「ありがとうございます!」


 ふわり、と笑ったフィンレイはどこからどう見ても女の子にしか見えなかった。しかも凄い美少女。


 いやいや、待て、これは男だから! 股間にはアレがブラブラしてるから!


「実は……ハルトさんにお願いがあるんです」


 そう言いつつ僕の手を両手で包み込むフィンレイ。


「な、何?」


 何でドキドキしてるんだ? 男だぞ?


「この海底神殿の最下層まで連れて行って欲しいんです。どうしても手に入れたい物があって……」

「ど、どうせ最下層まで行くから構わないよ?」

「本当ですか! 嬉しい!」


 フィンレイは笑顔になって、僕に抱きついて来た。


 んー、何だろうこの、微妙な感情は。


 頭ではフィンレイは男だと分かっているが、感覚がコイツは女の子だと言っている。


 それにしても、最下層か……


 さっきまでの傲慢なバカ王子だったらすぐさま却下するんだが、あれはただのキャラ付け。今のこの、男の娘バージョンが素の王子らしい。


「う、うん」

「「え?」」

「いつまでそうしているんですか?」


 アリーセさんの言葉に我に返って慌てて離れる。何で僕は人前で男と抱き合っているんだ?


 フィンレイを見ると顔を赤らめてその顔を両手で隠してしまっている。


 何だこれ?


 フィンレイには今の状況を何とかして、ここを脱出後、最下層へ案内する事を約束した。


「宜しくお願いします」

「分かったよ」

「ハルトさん。一つだけ、言っておく事があります」

「アリーセさん? 何です?」

「王子に手を出しちゃ……ダメですからね?」

「出さないから! てか、王子は男なんだから手の出しようが無いでしょ!」

「いえ、王子には男でも構わないと言う熱烈なファンが居ますから……」

「ええ……」

「だから、一応鍵を刺しておきます。良いですね?」

「はい……」


 世の中には変わった性癖の人が大勢いる。だが僕は至ってノーマルなんだ。本当だよ?


 最下層への案内は一旦、棚上げをして現状を打開する為にどうするかを考えてみる。


 三千人、全ての人間を地上に戻すのは困難な仕事であるのは間違いは無い。


 ヒントはあった。


 だけど、方法が見つからない。


 どうしたものやら……

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