第89話 海底神殿 5

「外海とここが繋がっている、だと?」

「はい、ほぼ間違い無いです」


 タイターさんとニックさんの二人がここに居る事がその証拠だ。二人は海上で不幸な事故に遭遇し、船から弾き飛ばされた。


「それ、ハルトのせいだよな?」

「それは、今問題じゃないんです。肝心なのはその二人がこのダンジョン内に居ると言う事です」

「ふむ、それで?」

「どうしようかなぁ、って」

「おい」

「現状の把握はできたんですけど、解決法は分からないんです。海の底から海上まで出る方法なんて簡単に思いつきませんよ。それともエドさんなら何とか出来るとでも言うんですか?」

「いや、俺も思いつかないけどよ……」

「そうでしょう? なので諦めることにしました」


 五人の視線が僕に突き刺さる。


「いや、あのね……」

「あれだけの事を言っておいてそれかよ……」

「ハルトさんは鬼畜ですね」

「いやいや、じゃあどうするのさ?」

「こんな時はハルトさんが何か良いアイデアが浮かんだぞって言って、全てを解決するんですよね?」

「僕は万能じゃないよ。無理無理」

「それじゃあ、ここを放置するのか?」

「いえ、まずは海底神殿の最下層を目指しましょう。何か手掛かりが見つかるかも知れませんし」

「仕方ねぇな。それで行くか」


 六人揃って最下層を目指す事になる。当然この街を出るには転移を使用する。


「ハルト、魔力は平気なのか?」

「一回だけですからね、そもそも僕は戦闘ではあまり魔法は使いませんから問題は無いですよ」


 現在の僕の残りの魔力は4分の3程、義手を動かす程度なら充分なくらい残っている。


 二十階から下は急激に魔物の強さが上がっていた。ここから下へは行かせないという意思を感じる。


「みんな、大丈夫?」


 戦闘のほとんどを僕がこなしているが、それでも全員が疲弊しているのが目に見えて分かる。


「な、なんであんな奴らが出てくるんだ……」

「初めて見る魔物ばかりです……」


 エドさんは魔道士だが火属性魔法しか使えないので、この海底神殿ではあまり役に立たない。


 レスリーはそもそもの戦闘力が低く、ここの魔物に太刀打ち出来ていない。


 フィンレイはスキルを一つも持っていない上に無職なのでレスリーと同じ扱いだ。


 アリーセさんは錬金術師、補助系なので右に同じ、唯一の戦闘職のロザリンドさんは王子の護衛で精一杯という有り様だ。


 戦闘がひと段落して、小休止の最中にこの先の戦いのやり方を相談している。


「だからですね、僕一人では結構ツライんです。フィンレイの護衛にエドさんとレスリーを出しますから、せめてロザリンドさんだけでも手伝って貰えませんか?」

「ロザリーはねぇ、王子の側を離れないのよ」

「そこをなんとか……」


 チラリと視線をロザリンドさんへ向けるとフィンレイの背後に隠れて、ひょいと頭だけを出している。


「ロザリンドさん?」


 名前を呼ぶと更に体を小さくして、ぼくの視線から逃れようとしだした。


「アリーセさん……」

「ロザリーはね、昔からああなのよ。だから無理だと思う」


 もう一度ロザリンドさんへ視線を向けると何かが僕の方へ飛んできた。


「痛っ」


 それは僕の顔に当たり、地面へポトリと落ちる。


「これは……紙? 何か書いてあるな。どれどれ?」


 その紙にはただ一言(こっちを見るな)と書いてあった。


「えぇ……」

「ロザリーはね、人と話すのが苦手なのよ。私達はもう付き合いが長いから大丈夫なんだけどね。あっ、護衛としての腕は超が付くほどの一流だから任せても大丈夫よ?」


 コミュ症なんだね……


「だけど、このままだと僕だけに負担が掛かるんです。何とか手伝って下さいよ」


 すると、フィンレイの後ろから無数の紙礫かみつぶてが飛んでくる。


 それを開いて見てみると……


(嫌だ)

(王子の護衛しかしたくない)

(私をイヤラしい目で見るな、変態)

(どうせ頭の中で変な妄想をしているんだろう、エロ同人みたいに!)


「ちょ、待てや! 何だよこれ!」

「あは、ハルト君。ロザリーに随分嫌われたわねぇ」

「はぁ、笑い事じゃないんですけど……」


 その後も何とか説得しようと試みるがロザリンドさんからは良い返事は貰えなかった。


 むしろ暴言しかくれなかったよコンチクショウ!


 という訳で、現状維持のまま先へ進む事になる。


「はぁ、はぁ、つ、疲れた……」

「おいおい、大丈夫かハルト?」

「大丈夫じゃ……無いです。少し休ませて……」

「お前がそこまで疲れるなんて珍しいな」

「当たり前じゃないですか! ここまでの戦闘、全部僕一人でやっているんですからね。どれだけ出てくるんだよ、まったく……」


 最下層までで行った戦闘は合計五十回を遥かに超えていただろう。それを一人でやったものだから残存魔力もほぼ底を尽きかけている。


「義手を動かすのもツライくらい魔力が減っているんです。回復待ちですよ」

「あらそうなの? 魔力を回復するならこれをあげましょうか?」


 アリーセさんが懐から赤色の液体が入った小瓶を取り出してきた。


「魔力回復ポーションですか?」

「私の特製のポーションなのよ。名付けて、魔力全快くん痺れMAX!」

「前半は良いですけど後半に入っていてはいけないワードがありますね……」

「なんと、これを飲むと魔力が全回復するのよ! ただし飲んだ後、すぐに全身が痺れてピクリとも動けなくなるのよねー」

「ほぼ、毒じゃねぇか!」

「んー? 魔力は回復するわよ?」

「身体が痺れてたら意味無いですよ。魔力回復する″だけ″のポーションは無いんですか?」

「私はね、普通のポーションには興味が無いのよ。だから……ね?」

「ね? じゃ無いです。いりませんよ!」


 明らかに僕の事を実験体として見てるじゃないか。


 回復毒という新たなジャンルを開拓している狂った錬金術師マッドアルケミスト、使えねぇ……


 その後一時間程休み、魔力も回復して来た所で更に先へと進む。


 何とかボス部屋の前まで到着した時には、魔力も体力も限界に近づいていた。


「ほら、ハルト行くぞ」

「少し休みたいです……」

「さっき休んだばかりだろうが」


 そう言ってエドさんが部屋へ通ずる扉を開け始めてしまった。


 ボス部屋はとても広く、天井は霞んでしまって何も見えず、入り口以外の三方向は遥か上から滝のように水が流れている。


 部屋の隅にはとても変わった植物が自生していた。茎や葉は普通の植物と代わりないが花弁が半透明で、まるで流れる水の様に見える。


「あれは……」

「あれは流水花と呼ばれている、この最下層にしか生えていない花なんですよ」

「へぇ、綺麗な花だね」

「僕の目的はあの花なんです」

「じゃあ、早速取ってこよう!」

「駄目ですよ。せめてこの部屋の主、水竜様にお許しを得ないと……」


 水竜ねぇ。この奥にいるのかな?


 中央部の狭い通路をヒタヒタと歩き、滝の前の広場へと足を踏み入れる。


 すると、真正面の滝の中から巨大な生物が水飛沫を上げて姿を現した。


 全身が水色の鱗に覆われており、長い首を持ち、前後の足がヒレの様な形をした四足歩行の大きな生物。


「我が住処に何の用だ、人間よ」

「喋った!?」

「我ら竜は貴様らとは違い、高度な知能を有しているのだ。言葉を話す事など造作もないわ」

「竜……」

「我が住処に勝手に入って来たのだ。それ相応の理由があるのだろう?」


 理由ね。


 フィンレイをチラリと見ると大きく頷き、前へと歩き出し、水竜の近くで跪ひざまづいた。


「水竜様、お願いがあります。この部屋だけに生息する、流水花をひと株だけ頂けないでしょうか?」

「ほう、流水花が目的か」

「はい」

「ならん! 人間の世界では流水花は高値で取引されるらしいのう。お前も金目的の低俗な輩の様だ」

「違います!」

「ほう?」

「僕は一度だけあの花を目にした事があります。確かにその美しさに見惚れたものです。そして、その美しい花を尊敬する父と姉の誕生日のお祝いとしてお贈りしたいのです」


 これがフィンレイが最下層へ来たがっていた理由なのか……ええ子やなぁ。


「ふむ、それなら譲ってやっても良いが……タダではやれないな」

「何をお望みでしょうか?」

「うむ、お主を我が巫女として貰い受けてやろう。この神殿で我に支えるのだ」


 みこ? 水竜さん、その子は男の娘ですが?


 見た目はとてつもない美少女ですけど男よ?


「それは……出来ません」

「ならば流水花を渡す事は出来ん」

「そうですか……」


 肩を落として帰って来たフィンレイ。


 今にも泣き出しそうな表情をしている。いや、もう既に泣いているか……


 泣き出したフィンレイを見て、アリーセさんが盛大なため息をつきながら僕にお願いをして来た。


「ハルト君。何とかならない?」

「何で僕なんです?」

「んー、君なら何とか出来そうだから……かな?」


 期待してくれるのは嬉しいが、選択肢はそれほど多くは無いな。


「レスリー」

「はい?」

「水竜の巫女になってくれない?」

「嫌ですよ!」

「だよねぇ……どうしようかなぁ。そうだ! エドさんを巫女にしよう!」

「ド阿呆、俺は男だ!」


 ちっ、そこに気付いてしまったか。中々やるじゃない。


 そうすると、残された方法は二つか……


 交渉するか、力尽くで行くかだけど、まずは交渉してみますかね。基本的に僕は平和主義者だからね。


「水竜、巫女以外で欲しい物は無い?」

「随分と無礼な口を叩くな、人間よ」

「僕の名前はハルト、口の利き方は諦めてくれ」

「まぁ、良いだろう。それで、何と言ったか?」

「巫女として誰かを差し出す事は出来ない。それ以外に何か欲しい物は無いか聞いているんだよ」

「流水花は価値の高い物だからな、それ相応の物でないと渡せないな」


 それ相応の物……アレならいけるかも?


「アリーセさん、さっきのアレ貰えますか?」

「これの事? 別に構わないけど、良いの?」


 アリーセさんが懐から出してくれた小瓶を持って水竜と交渉に入る。


「水竜、これを見て欲しい」

「何だそれは?」

「これはとある天才錬金術師が作った魔力回復ポーションだ。これを飲むと魔力が全回復するという優れ物だ。作成が難しく、今はこれ一本しか無い。これでどうだ?」

「ふむ、その程度の物では流水花は渡せんが、魔力回復には興味がある。我に献上せよ」


 流石は水竜様、強欲だね。


 そこに痺れる憧れるゥ。


 じゃあ、早速だけど痺れて貰おうかな!


「もったいないけど……献上するよ。ほら」

「お主は態度は悪いが、中々感心だな」


 大きな口を開けて待っている水竜に小瓶の中身を全て流し込む。


「ふむふむ、味は悪くは無い……むむ?」


 おお? 効いてきたかな?


「人間……我に…何を飲ませた……」

「それは、魔力全快くん痺れMAX、魔力は全回復するけどすぐに全身が痺れてしまう回復毒だよ!」

「ふざけたマネを……この程度で……くっ……」


 そう言って水竜はその巨体を床に倒れ伏した。


「へぇ、凄い効果ですね」

「ふふん、私が作ったんだから当たり前よ!」

「さてさて、それじゃあ作業開始だな!」


 身体が痺れて身動きが取れない水竜へ近づいて、その身体に手を掛ける。


「待て……我に何を…する?」

「竜といえば、当然これだよねー」


 ベリィ! バリッ!


「ギィィィヤァァァ!」

「相変わらず煩いなぁ。天竜もそんな声を上げていたよなぁ」

「止めよ! 我の鱗を剥がすでない!」

「ダメダメ、竜の鱗は貴重なんだから。全部貰って行くよー」


 竜の鱗の数は全部で八十一枚。剥がすのに結構時間が掛かるんだよなぁ。


 右側を全て剥がし終えて左側に取り掛かる。


「エドさーん。ちょっとそっちを持って。ひっくり返しますから」

「お、おう……」


 水竜の巨体を四苦八苦しながらひっくり返すと水竜の口から悲鳴が上がる。


「沁みる、沁みるのじゃ! 海水がぁぁぁ!」

「煩い、黙れ!」


 鱗を剥ぎ取ったあとの剥き出しの肌に床の海水が沁みた様だ。知らんけど。


 剥ぎ取りは順調に進み、残すところ後一枚。


「そこだけは、そこだけは勘弁してくれ!」

「ダーメ! これが一番貴重なんだからさ」


 わざわざ最後まで残しておいた喉の下の一枚だけ逆さに生えた、いわゆる逆鱗に手をかけて一息にむしり取る。


「ギャァァァァァァァァ!!」


 水竜は悲鳴を上げ、口から泡を吹いて気絶した。


「水竜の逆鱗、ゲットだぜ!」


 周りで怖々と見ていたみんなに逆鱗を高々と掲げて見せてみるが、全員苦笑いを返してくれた。


 あれ? 嬉しく無かったのかな?


 超レアなアイテムなのに……

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