第87話 海底神殿 3

 

「情報収集の前に今夜の宿を探しておきましょう」

「ああ、そうだな」


 人で賑わう街を歩き、何とか宿を見つけた。だが、宿泊する事は簡単では無かった。


「すいませーん。六人なんですが、泊まれますか?」

「それは構わんが、お前たち新顔だな。水券は持っているのか?」

「みずけん? 何ですそれ?」

「はぁぁ、やっぱりか。ここじゃあ金貨なんかに価値は無い。泊まりたいなら水券を持ってくるんだな!」


 宿の店主に聞いてみたところ、水券とはこの街だけで普及している水との引き換え券らしく、給水所へ持って行くと水と交換出来る物らしい。


「何故、水なんかと……」

「お前さんは何も分かっていないな。人は水が無いと生きられない。この街にあるのは海水だけだ。飲水は貴重なんだよ。命に関わるからな」


 成る程ね。水分が無い状態では人は三日しか持たない。その貴重な水が通貨として扱われるのも納得だ。


「それで、その水は何処から湧いているんですか?」

「給水所には水属性の魔法を使える魔道士が常駐している。そいつ等が魔力を消費して水を作っているんだよ。もちろん警備が厳重に敷かれていて、魔道士と直接会う事は出来ないがな」


 今現在、この街の住人の数は約三千人程、その人数の一日に消費する水の量を考えると魔道士が保護されていても当然か……


「それでどうするんだ?」

「水券は持っていませんけど、他の物なら……」

「ほう? 何を出すつもりだ? 見たところ、特に荷物は持っていないようだが……」

「これなんてどうですか?」


 宿の店主の前に巨大な肉の塊を置いてみる。


「なっ、これは、肉か? 肉だな!」

「はい、そうです。これじゃあ駄目で……」

「泊まれ! 泊まらんと撃つぞ!」


 何をだよ……


「言っている意味が分かりませんよ!」

「ああ、すまん。取り乱したんだ。肉にお目にかかるなんて久しぶりだからな!」

「それで、泊めて貰えるんですよね?」

「ああ、良いとも。これなら十日でどうだ?」

「じゃ、それでお願いします」

「なぁ、もっと肉を出しても良いんだぞ?」

「ふぅ、仕方ないですね。これはサービスですよ?」


 ニコニコ顔の店主の手に串に刺さった焼肉を手渡してやる。


「焼肉……だと?」

「冷めない内に食べた方が良いです……」


 僕の言葉が終わらない内に、ガツガツと肉串に齧り付く店主。無言のまま、涙を流して咀嚼する。


「ああ、うめぇ……」


 肉串をあっという間に食べ終わった店主は、僕の右手をガッチリと握りしめて来る。


「え? ちょ、何ですか?」

「兄ちゃん、何かあったらすぐに言ってくれな。出来る限りの事はする。いいな?」

「ああ、はい。ありがとうございます」

「部屋は二階の一番奥だ。ほら、これが鍵だ、ゆっくりとくつろいでくれ」


 受付のすぐ横にある階段を上がり、指定された部屋へ入る。


「へぇ、思ったよりもいい感じだね」

「広さは充分ですけど……」

「ん? 問題あり?」


 レスリーはこの部屋に泊まる事にやや不満がありそうだ。


「みんな一緒の部屋で寝るんですね……」


 ああ、そう言う事ね。


 部屋には仕切り等は無く、一部屋に寝台が六つ。着替えをするスペースも無く、開けっ広げだ。


「心配しなくても僕とエドさんは基本的にこの部屋に居る時間は殆ど無いよ。情報収集に行くからね。ただ寝る為だけに帰ってくる感じだよ」

「それなら、大丈夫ですね」

「王子は良いの?」

「うーん? そうですね。我慢します」


 ふむ、レスリーに異論が無いならそれで良いか。


「じゃあ早速行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃい」


 エドさんと共に部屋を後にする。


 部屋の中ではアリーセがレスリーにある問いかけをしていた。


「レスリーさん、でしたよね?」

「はい、しばらくの間ですが宜しくお願いします」

「ええ、こちらこそ。それで、質問があるんですが、宜しいかしら?」

「何ですか?」

「貴方は何故、漆黒と呼ばれているの?」


 暫しの間沈黙が続く。


「あはは……あまり人に話したい内容では無いのですけど……」

「それでも聞きたいわ」

「はぁ、そうですか……実はですね、その、私は、あの……他の人に比べて黒い……んです」

「黒い? 何が?」

「えー、なんて言いますか、せ、先端が……」

「せんたん?」

「あー、乳頭がですね、黒いんです……」


 言い淀むレスリーにやっと意味が分かったとばかりにアリーセがポンと両手を合わせる。


「そう言う事ですか。理解できました」

「だから、あまり話題にして欲しくなくて……」

「私が何とかしましょうか?」

「出来るんですか!?」

「私は錬金術師です。普通の人が見た事も無い秘薬を作れるのですよ?」


 レスリーの目が期待でキラキラと輝く。


 アリーセがバッグの中から一本の薬の小瓶を取り出してみせる。


「はい、これ」

「これは……?」

「私が独自に編み出した秘薬、名付けて…」

「名付けて?」

「塗る塗るピンクちゃんです!」

「えぇ……その名前はちょっと……」

「これは主に女性用に作ったのですが、美白の効果が高い成分を抽出した物の原液です。私はこれを薄めてお顔に毎日塗っています」

「美白ですか……確かにアリーセさんの肌、綺麗ですよね」

「これを貴方の真っ黒なち〇〇に塗布すれば、立ちどころに、ピンク色に早変わり……」

「譲って下さい! お金は……無いですけど、何でもしますから!」


 レスリーの言葉を聞いたアリーセはニヤリと笑いながらレスリーの耳元で呟いていた。


「今、何でもするって言ったわね?」


―――――――――――――――――――――


「さてと、何処から行きましょうか?」

「ふむ、情報と言えば酒場だが……」

「行ってみますか!」


 宿屋を出て人が多そうな方向へ進むと、飲食店が立ち並ぶ一画を見つけた。


 適当に選んだお店に足を踏み入れると、魚を焼く良い匂いが鼻を刺激する。


「お腹空きましたね」

「ついでに何か食べて行くか」

「いらっしゃい! 何にする?」

「えー、メニューは……」


 何品かを適当に見繕って注文する。


「はいよ! 水券十枚ね!」

「あ、物々交換でも良いですか?」

「あー、物によるけどな。何だい? 最近ここに来たのか?」

「はい、そうなんですよ。どんな物なら良いですかね?」

「重宝するのは食材関係だな。後は調味料とかでも良いぞ?」


 やっぱりここは魚以外の食べ物は無いみたいだな。メニューを見ても、魚介類と海藻くらいしか無いからな。


「野菜は?」

「あるのか!?」

「色々ありますよー」

「有り難てぇ! な、何がある?」


 数種類の野菜を取り出して見せ、葉物の野菜をいくつか渡す。


 店主はその代わりとして、香ばしく焼かれた魚と新鮮な刺身を出してくれた。


「ほらよ、さっき取れたばかりだからな。美味いぞ」

「いただきます」


 流石は海のすぐ側、と言うより海の中だ。刺身はプリップリだし、焼き魚も脂が乗っていて凄く美味しい。


 ひとしきり食べたあとに、店主にいくつか質問をしてみる。


「おじさんはここに来て長いんですか?」

「うん? そうさなぁ。そろそろ五年程になるな。元々は俺もハンターだったんだが……膝に矢を受けてしまってな。趣味だった料理で生計をたてているんだよ」


 膝に矢を受けるなんて……致命傷じゃないか……


「ここを出たいと思わないんですか?」

「そりゃあお前、出られる物なら出たいに決まってるさ。だけどな、無理なんだよ」

「何故ですか?」

「来たばかりの人間は皆口を揃えてそう言うが、出口が何処にも無いからだ。大勢の人間が必死になって探しても見つからないんだ。やがて、みんな諦めてここでの生活に馴染んでいくのさ」


 脱出の願望はあるみたいだが、その方法が無い。このお店にいる人達は皆、同じみたいだな。


「今は誰も出口を探していないんですか?」

「大半はそうだな。だが、諦めの悪い奴は何処にでもいる。ここから西の方にいる奴らがそうだ。さっさと諦めちまえば楽になるのにな……」


 店主は遠い目をしながら何かに想いを馳せている。


 お腹も一杯になり、店主に別れを告げてからお店を出たあとは、先程聞いた諦めの悪い人達に話を聞くべく西に向かって歩き出す。


「だけど、こんなに大勢の人がいて出る方法が見つからないんですから、望み薄ですかね?」

「多分な、だが何らかの情報くらいはあるだろう」

「そうだといいんですけどね……」


 街を出ると足元が土から砂へと変わり、歩きにくい事この上ない。


 砂に足を取られながら三十分程歩いた場所でとんでもない光景を目にする事になる。


 なんと、セーラー服を着たガチムチの男が海藻と組んず解れつ格闘している。


 何を言っているのか分からないと思うが、僕も自分で言っていて良く分かっていない。


「エドさん……」

「なんだありゃ?」

「新手の遊びとかですかね?」

「そんな訳ねぇだろ! 行くぞ!」


 走り出したエドさんを追いかけてセーラー服の男へと近づく。


「あれ? 見た事があるような……」

「それより、加勢するぞ!」


 エドさんが海藻に向かって火球を放つ。


 海藻が怯んだ隙に足ばらいを掛ける。海藻に足なんてないけど……


「助かるぜ! おら、喰らいやがれ!」


 男が持っている手斧で海藻を細切れにすると、ウネウネと動いていた海藻は動きを止めた。


「アンタは……お客人!」

「無事で何よりですよ。ニックさん」


 セーラー服を着た男の正体は、僕らがオウバイへ向かう時に乗ったエスポワール号の副長のニックさんだった。


「無事だったか。船はどうなった?」

「何とかオウバイに到着しましたよ。クリアさん達も無事です」

「そうか……」

「ニックさんは何故ここに?」

「ああ、あの後の記憶は殆ど無くてな。凄い勢いで飛ばされて海の中に入ったまでは覚えているが、その後はサッパリだ。気がついたらこの辺りに倒れていて、そこの連中に拾われたってわけよ」

「はぁ……僕のせいですね。すいません」

「いや、気にするな。船が無事ならそれで良いさ!」


 流石は海の男、心配するのは船の事ばかりだな。


「他の人は居ないんですか?」

「ここに居るのは俺と船長だけだ。他の奴らは、まぁ、何とかしてるだろうぜ」

「タイターさんも無事なんですね?」

「無事、と言えば無事なんだが……」

「何です? 怪我でもしているとか?」

「右足の一部を失ってな……今は床に伏せっている」


 マジですか……


「案内しよう。こっちだ」


 砂浜を歩き、先程の場所から少し離れた小さな集落へと案内される。


 家と言える程立派な建物は無く、バラックが立ち並んでいる。


 その内の一件へと案内され、中へ入り二階への階段を上がる。


 二階にはいくつもの寝台が並んでおり、一番端に上体を起こし、窓から外を眺めているタイターさんを発見した。


「タイターさん!」

「おお? お客人じゃないか」


 ぱっと見は元気そうにしている。だが、僕のせいで身体の一部を失ってしまったんだ。僕自身右腕を失っているだけに、その生活の不便さは身にしみて分かっている。


「すいませんでした!」


 僕には謝る事しか出来ない。謝ったくらいでは許して貰える様な事では無いのは分かってはいるが、それでも一言だけでも謝っておきたかった。


「ははは、お客人。大した事では無い。気にしないでくれ」

「だけど……」

「良いんだ……」


 あんな事をしでかした僕をこんなに簡単に許してくれるなんて……タイターさんは心の広い人だ。


 こんなに良い人をいつまでもこんな場所に留めておく事は出来ないな。


 海に返してあげないといけない。


 そう心に誓った。

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