第85話 海底神殿 1

 水竜楼でのひとときは、僕にとっては至福の時間だった。


 温泉に浸かり、身体にたまった疲れを癒やし、新鮮な海の幸に舌鼓を打って、のんびりと体を横たえる。


「ふぅ、最高だわー」

「うむ、食事も美味いしな。お高いだけはあるぜ」

「温泉なんて、ほとんど人が居ないんですからね。ゆっくり浸かれましたよ」


 翌朝、これまた大量の朝ご飯が出されたが、それも美味しく頂いた。


「ふう、満腹満腹」

「ハルトさん。食べ過ぎですよ」

「美味しいんだから仕方ないよ。そう言うレスリーだって一杯食べてたよね?」

「うう……我慢出来なくて」

「まぁ、たまには良いじゃ無いか」

「エドさんが一番多く食べてましたけどね。ご飯なんて四杯もお代わりしたでしょ?」

「おかずか多かったんだから、それくらいは食べるだろう」


 温泉宿の朝ご飯って何であんなに多いのかな? 美味しいから良いけど……


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 宿代の支払いも無事終えて、従業員一同のお見送りを受け、宿を後にする。


 だけど流石に一泊金貨二十枚は使い過ぎだな。あんまりにも料理が美味しい物だから、思わず追加してしまい、金貨五枚も多く支払う羽目になった。


「ハルト、金は大丈夫か?」

「まだ余裕は有りますけど、どこかで少し稼いでおきたいですね」

「なんならキーテスの海底神殿にでも行ってみるか? あそこならそこそこ稼げるぞ?」


 海底神殿? なにそれ面白そう。


「行く行く、すぐに行きましょう!」

「お前は金が稼げるとなると、すぐそれだな」

「そんな事を言うと……宿代、請求しますよ?」

「なっ……それは駄目だ!」

「だったら黙って案内して下さい」

「分かったよ。ほら、こっちだ」


 エドさんにとって、オウバイは生まれ故郷。迷う事なく海底神殿の入り口まですんなりと到着した。


「へー、結構賑わっていますね」

「まあな、この辺じゃあ一番人が多いんじゃ無いか? 俺も昔は良く潜ったもんだ」

「そんな事より、早くいきましょうよ!」

「待て待て。今、受付をするから」

「受付? 何ですかそれ?」

「このダンジョンは入場制限があるんだよ。上手く入れれば良いが……」


 受付前まで行くと、大勢の人が長い行列を作っていた。


「あー、こりゃ無理かもな」

「ええー、ここまで来てそれは無いですよ……」

「まあ、並ぶだけ並んでみよう」


 最後尾へと並んで列が進むのを待つ。入り口が近づくにつれて、大きな声が聞こえ始める。


「俺は剣士だ! 何度も潜っているから神殿内部には詳しいぞ!」

「ポーターは必要ありませんかー?」

「回復魔法が使える。誰か居ないか?」


 何だか、自分をアピールしている様だ。


「エドさん、あれは何なんですか?」

「ああ、はぐれハンターだな。パーティーを組めない奴らが臨時で雇ってもらおうとしているんだよ」

「へぇ。それであのアピールですか」

「そうだ。まあ、パーティーを組めないって時点で何かしらの問題を抱えている奴らだからな。雇うのはお勧めは出来ないな」

「確かにそうですね」


 大声で叫んでいるハンター達を横目に行列は着々と進み、海底神殿の入り口に設置された受付にたどり着いて、何とか受付を済ます事が出来た。


「はい、本日はここまでとなります」


 どうやら僕達が最後の様だ。すぐ後ろに並んでいた人達からは不満の声が上がっている。


「運が良かったな」

「日頃の行いが良いからですね」

「誰のだよ?」

「もちろん僕です」


 エドさん。ナニイッテンダコイツ。みたいな態度を取られると地味に心に来るんですが?


「二人共、じゃれあってないで行きますよー」

「「じゃれあって無い!」」


 レスリーに揶揄われながら海底神殿へと向かう途中で、昨日も会ったバカ王子一行と出会ってしまった。


「おい、そこな平民よ。どうやら生意気にも入場資格を手に入れたみたいだな。すぐにこちらへ寄越せ!」

「はぁ? ナニイッテンダオマエ?」

「ふん、聞こえなかったのか? 入場資格を寄越せと言っているんだ」

「断る!」

「平民風情が断るだと? お前にそんな権限は無い。さぁ、早く寄越すんだ!」


 さて、どんな罵声を浴びせかけてやろうか? なんて考えていると、受付から数人が大慌てで走り寄って来た。


「殿下、困りますよ」

「昨日もお伝えしましたが、その様な事はおやめ下さい。皆、ルールを守っているのですから……」

「煩い! 何故王族の我が並ばねばならんのだ! お前たちが入場資格を寄越さないからだろうが!」


 ふむ、これは典型的なイケてない王族って奴か。面倒に巻き込まれる前に中に入ってしまった方が良さそうだ。


「そうだ! あの平民は三人なのだろう? ならば我らとパーティーを組めば良いではないか。お前! あの平民共に伝えてこい!」

「ええぇ……」

「それはちょっと……」

「いいから行け!」


 おいおい、受付さん? こっちに来なくて良いからね?


 僕の願いは叶わず、二人の受付が心底嫌そうな顔で僕らの側へ近づいて来た。


「お断りします!」

「まだ何も言ってませんよ……」

「じゃあ、何の用ですか?」

「殿下とパー……」

「い・や・で・すぅ!」

「そこを何とかなりませんか?」

「なりません! 嫌です! お断りです!」

「お願いしますよぅ」

「他の人に頼めば良いでしょう? ほら、そこの人達と………誰も居ねぇ……」

「皆さん、そそくさと入場されました。だからね?」


 ちくせう。出遅れたみたいだ。


「何で僕らがそんな面倒を引き受けなくちゃいけないんです?」

「私達だって言いたくないですよ! だけどね、相手はあの殿下なんです! 断れないでしょう?」

「何のメリットも無いのに、嫌ですよ!」


 僕の言葉に受付さんは我が意を得たりと笑顔になる。


「明日以降の入場資格を優先的にあげますから!」

「要らないです! 今日だけで平気です!」

「殿下を連れて行かないなら今日の資格を取り消す可能性が……」

「それは酷いよ! 横暴です!」

「仕方が無いのです。どうしますか?」

「分かりましたよ! 連れて行けばいいんでしょ連れていけば!」

「話が分かる人で良かったですよ」


 コイツらは……後で覚えてろよ?


 面倒事を押しつけて来た受付に連れられ、バカ王子の前までやって来た。そしていきなり放った一言が僕の我慢の限界を超えた。


「遅い! グズグズするな、平民!」

「ああん? いちいち煩いんだよ、王族!」

「口答えする気か!」

「当たり前だろ? 王族」

「おい?」

「何だ? 王族」

「我にはれっきとした名前がある。その呼び方はよせ」

「名前を知らないんだよ。王族」

「ぐぬぬ、我の名は、フィンレイ=ブラックだ!」

「分かったよ。王族」

「貴様は……」

「自分のやっている事がどれだけ人の気分を悪くさせるか分かったのかい? 王族」


 王子は何かに気づいたかのような顔になる。


「むむむ、平民と呼ばない方が良いのか?」

「答える必要がある? それより早く神殿に行きたいんだけど?」

「う、うむ、分かった」


 ふん、少しは反省したようだな。


 まぁ、王子の心情なんか僕には関係ないし、中に入ってしまえばもうどうでも良い。無視して先に進む事にしよう。


「エドさんはこのダンジョンはどの辺りまで進んだんです?」

「ここは、全部で三十階層あってな、俺は二十階までだな」

「最下層まで行ってないんですね」

「下の方は生息する魔物の強さの割に得られる物の価値がそこまで良くないから稼ぎには向かないんだ」

「ほほう。で? 本当は?」

「むむ……魔物が強すぎて進めなかった……」


 ふむ、そこまで強い魔物が出るなら行ってみる価値はありそうだな。


「よし、まずは最下層を目指しましょう」

「貴様のような平民が最下層まで行ける訳がなかろう」

「え? まだ居たの?」

「な、何を……」

「僕らはアンタにもう用はないよ。中に入ったんだから好きにしたら?」

「バカな、パーティーを組んだんだぞ?」

「バカはそっちでしょ? バカ王子のお守りなんてするつもりも無いし、護衛が二人も居るんだからそっちはそっちでやってくれ! 二人共いくよ!」


 まったく、いつまでもついてくるから何のつもりかと思ったけど、まさか本当に一緒に来るとはね。


 海底神殿の一階はとてもシンプルな作りで、降りてすぐに一本の広い橋が架けられていた。両サイドは天井から水が流れており、遥か下まで続いている。


「凄い眺めですね」

「綺麗……」

「ふふん、ちょっとした物だろう?」


 その大きな橋を渡り切ると、次の階層へと続く階段が見えた。


「一階はあれだけなんですね?」

「ああ、魔物すら出ないんだ。本番は次の階からだ」


 二階に降りるとすぐに近くで戦いの気配を感じた。


「何かいます!」


 ブン、と音が聞こえた瞬間に壁に何かが突き立っていた。


「これは……魚?」

「コイツはアローフィッシュ、厄介な奴だぞ。ただし食べると、とんでもなく美味い」


 ほう? それなら回収しておこう。


 岩壁に突き立つ魚に手を伸ばすとエドさんがやんわりと止めてくる。


「ハルト、そいつはやめておけ」

「エドさんさんが美味しいって……」

「壁に刺さった奴はその衝撃で身が固くなって食えたものじゃない。空中を飛んでいる奴を捕まえるんだよ」


 あの速さで飛んでいるのに?


「そんな事できるのかって顔だな。だが、それをやってのけるのがハンターなんだよ」

「エドさん、見本を見せて下さい」

「ははは、俺にゃ無理だよ。ハルトなら出来るんじゃ無いか?」


 ……試してみるか。


 数歩進むと再び、ブンと音が鳴る。


 ここだ!


「あれ?」


 僕の左手には何も無く、壁に突き立ったアローフィッシュがブルブルと揺れている。


「難しいですね」

「そりゃあ、簡単ならみんなやってるよ。アローフィッシュを専門にしている奴らだっているんだからな? ほら、あっちを見てみろよ」


 エドさんが指し示す方には数人の男が身構えて立っていた。水の中から飛び出してくるアローフィッシュをいとも簡単に捕まえている。


「なっ?」

「何かコツでもあるんですかね?」

「もちろんあるだろうが、教えてはくれないぞ? アイツらに取っては飯のタネなんだからな」


 確かにそうか。だけど食べてみたいなぁ。


「ハルト、俺たちの目的は最下層なんだ。こんな所で時間を掛けている暇は無い。先に進むぞ」

「はい……だけどここをどうやって進むんですか? アローフィッシュが襲って来るでしょう?」

「ここはな……走るんだよ!」


 突然走り出したエドさんをレスリーと共に慌てて追いかけた。


 ブン! ブン!


 背後では壁に刺さるアローフィッシュの音が鳴り続けているが、そんな事はお構い無し一直線に走り、次の階層への階段まで何とか到着する。


「はぁはぁ、なっ? 簡単だっただろう?」

「そうですけど……」

「何だ、まだこだわっているのか? アローフィッシュは銀貨一枚で二匹は食べれるぞ?」

「え……案外安いですね」

「二階層までは誰でも来れるからな。そこまで高値は付かないさ。取っている奴らも数をこなして稼いでいるんだ。買取は五十匹単位だしな。素直に下に進んだ方がまだ稼げる」


 それもそうだな。よし、さっさと進んで晩御飯にでも頂くとしよう。

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