第84話 港町キーテス

 カランカラン。


 扉を押し開けると小気味の良い鈴の音が鳴る。


 港町キーテスのハンターギルドへと僕達はやって来た。目的は情報収集ならびに仲間の居場所を探す為、それとギルドでの登録更新だ。


 他国から来た場合、登録更新は必須条件らしく、面倒な手続きが続いている。


「えっ? 失効してる?」

「はい……ジニア帝国で死亡届けが出されています」


 ああそうか、忘れていたよ。ギンがそんな事を言っていたなぁ。


「では、どうしたら良いですかね?」

「新たに登録して頂くか、登録を諦めて頂くかのどちらかになりますね」


 諦めるのは論外だな。


「じゃあ登録をお願いします」

「はい、では貴方の身分を保証して下さる人を連れて来て頂けますか?」

「ほわい?」

「今現在、貴方は不法入国者の扱いになっています。その為、貴方の身分を証明して頂く方が必要になるんですよ」


 マジかー。ここはエドさんに頼むか。


「エドさん……」

「おう、任せろ!」


 エドさんが、受付のお姉さんにライセンスをスッと差し出す。


「あの……申し訳ありませんが、ランクが足りていません」

「何だと?」

「身分を保証するには最低でもBランクが必要なんです。Dランクでは……」

「お、おう。そうか……」

「相変わらず役立たずですね」

「喧しいわ!」


 だが、困ったな。エドさんが駄目ならもちろんレスリーも無理だしな。ライセンスが無いと街から街への移動も面倒な手続きが必要になってしまう。


「そんな事だろうと思っていたぞ。少年」


 そうか! クリアさんなら大丈夫だな。クリアさんのランクはA、問題は無い。


 すぐにお願いしようとすると、受付嬢が爆弾を投下してしまった。


「あの……貴方はどなたですか?」

「ああっ! なんて事をするんですか!」

「ええっ?」

「はっはっはっはっ、よくぞ聞いてくれた!」


 突如、ギルド内に軽やかな音楽が流れ出す。


 実は、僕も初見でやっちゃったんけど《ああ、傭兵団》に名前に聞くと、どんな場所であろうとも、あのパフォーマンスが始まるんだよなぁ。


「おいおい、マジかよ」

「やっちまったなぁ。新人の姉ちゃん」

「そこの兄ちゃん達、テーブルの移動を手伝ってくれよ!」

「あ、ハイ! すぐ行きます」


 ギルド一階の休憩スペースで酒を飲んでいた人達が慌ただしくテーブルと椅子を端の方へと寄せている。


「とう!」

「はっ!」


 レンジャー深緑とレンジャー群青が軽やかに空中を舞っている。その下でレンジャーピンクとクリアの二人がレイピアを片手に演舞を始めている。


 時折、背後で爆発まで起こっている。


「いや、建物の中で爆発はマズイでしょ」

「兄ちゃん知らないのか? あれはただのエフェクトだから大丈夫だぞ?」

「エフェクト!?」

「ああ、音と見た目だけで実際には燃えたりはしないんだ」


 演出専用の魔法なのかよ……


(レンジャー……深・緑!)


 お? そろそろ締め部分に入ったな。


(レンジャー……群青!)


 後、五分程で終了するかな?


(レンジャー……ピィンク!)キャピッ!

(レンジャー……クゥリィぁぁ!)

 さて、そろそろ行くか……


「我らがここにいる限り、この世に悪は栄えない。弱きを助け悪を打つ! 我ら、四人揃って《ああ、傭兵団》!」


 シャキーン!


「終わった、終わった」

「今日のは結構、凄かったな」


 みんなで端に寄せたテーブルを移動し始める。が、とんでもない発言をする猛者が現れる。


 先程の新人受付嬢だ。


「貴方達は何なんですか!」

「えっ?」

「あっ! 馬鹿止めろ!」

「おい、嘘だろ?」


 元に戻している途中のテーブルを再び持ち上げ端へと運ぶ人々。


「はっはっはっ、よくぞ聞いてくれた!」


 まさかの二週目に突入ですよ。


 ワンサイクルで約二十分の《ああ、傭兵団》オンステージを二回、都合四十分のスペシャルバージョンを見ることになるとはね……


「クックック、飛んだ災難だな。兄ちゃん」

「本当だぜ。まあ、あれは時間が掛かる。一杯飲んでいけや」

「いや、僕はお酒は……」

「いいから飲めよ。俺の奢りだ!」


 おじさん達にお酒を勧められてしまい、断りきれずに一口だけ飲んでみた。


「うわっ、強いですね」

「ふふん、キーテス名物の火酒だよ。コイツと一緒に食べる刺身がこれまた美味いんだ」

「そうそう、兄ちゃん。遠慮は要らんからこいつを食ってみろよ」


 皿の上には白い色の切り身が乗っていて側の小皿には黒い液体が入っている。


「これ、せうゆですね? 頂きまーす」


 せうゆ、つまり醤油を付け、一口に頬張る。


「うん、美味しい!」

「おお、この美味さが分かるか。生は嫌がる奴も居るんだが」

「最高ですよ! 今まで食べた刺身の中でも一番ですね」

「そうか、そうか、もっと食べていいぞ」

「そんなに気に入ったのなら、水竜楼と言う宿に行ってみるといい。あそこの料理はこの街でも一、二を争う美味さだからな」

「へぇ、今夜の宿はまだ決めていないんです。行ってみますよ」


 思わぬところで、良い情報を手に入れる事が出来た。海の幸満載の料理とか胸熱だね!


「それとな……あまり大きな声じゃあ言えないがな、この街で宿を取るなら、馬鹿王子に気をつけておく事だ」

「バカ王子……ですか?」

「ああ、なんでも王の命令でこの街に人探しに来ているんだが……」

「なんせ馬鹿王子だからな。そこら中で迷惑ばかりかけてやがるんだ」


 王子ね。あのレックスさんの子供か……


「だけど、僕みたいなただの新米ハンターと王族が関わり合いになる事なんてある訳ないじゃ無いですか」

「それもそうだな!」

「「「あっはっはっ」」」


 おじさん達と楽しく会話していると、あっという間に時間が過ぎていった。


「お? そろそろ終わりそうだな」

「楽しかったぜ。兄ちゃん。またな」

「はい、ご馳走でした!」


 《ああ、傭兵団》によるパフォーマンスも佳境に入った様だ。


「……………………四人揃って《ああ、傭兵団》!」


 シャキーン!!


 流石に二連続はキツかったらしく、四人とも肩で息をしている。


 しかし、レンジャーマスクでその表情は全く見えないが、恐らく全員満足した笑顔でいるのだろう。


 決めポーズをしているクリアさんの目がキラキラと輝いているもんなぁ。


「お疲れ様です」

「うむ、何度やっても気持ちが良いものだ」


 クリアさん、全身が汗でテカテカになってるじゃないか。


 浄化クリーン


 鍛えられた肉体に浮かぶ球の様な汗が瞬時に消えて行く。


「おお? これは凄いな」


 他の三人にも浄化の魔法を掛ける。


 若干、汗で濡れていたレンジャースーツのシミが消えて行った。


「あら? これ良いわね」

「助かります」

「いえいえ、お世話になったお礼ですよ」


 ピンクさんと群青さんはサラサラになったスーツにご満悦の様だ。


 ただ、一人違ったのは深緑さん。


「あれ? 色が……薄い?」

「ああ、これはレンジャーグリーンからのお下がりなんだ。まさかこんな魔法があるとはな……まぁ、すぐに元に戻るだろうがな」


 汚れと汗染みが全て落ちたせいで深緑からただの緑になってしまっていた。


 という事はだ。深緑はいつも汗でびっちょびちょなのかよ! どれだけ汗っかきなんだよ!


 そして本人の言葉通り、みるみるうちにスーツの色が深緑へと変化して行く。


「あれ、体質らしくてさ。私はあまり近づかない様にしてるのよねー。汗臭いし」


 だよね?


 履いているブーツから汗が溢れているくらいだもんね?


 僕でも嫌だわ!


「さあ少年、手続きを進めるぞ!」

「ハイ、お願いします」


 ギルド内はいつも通りに戻ったようだが、一人だけ怒られていた新人受付嬢に変化があった。その背後に一人、恐らく先輩の受付嬢であろう人が監視の為に立っている。その上怖い顔で新人さんを睨みつけていた。


 あれだけの事をやらかしたんだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、なんだか申し訳ないな。


「宜しくお願いします」

「あっ、あの、そのですね」

「新規登録です。大丈夫、誰か聞かなければ良いんですから、落ち着いて」

「……はい」


 大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻した新人さんに手続きをして貰う。


「保証人はこの人です」

「《ああ、傭兵団》クリア。ランクはAだ」

「は、ははい。あの、ライセンスを……」

「うむ」


 ライセンスを受け取る手がガタガタと震えて上手く受け取れない新人さんの手を軽く抑えてあげる。


「大丈夫ですって、ほら」


 トラウマにならなければ良いけど……


「か、かか、確認出来ました。これが新しいライセンスです。どうぞ」

「お手数をおかけしました。ありがとう」

「はい……」


 ライセンスを受け取り、久しぶりに確認をしてみる。


名前 ハルト


種族 人属


年齢 17


職業 無し


技能

光魔法LV2 格闘 LV1  聖魔法LV1

火魔法LV1 鑑定 LV1 


特殊

物理耐性LV1 空間転移   勇者 LV1

スキル付与   


固有 ラーニング


称号 無し


 ふむ、問題無く使えるみたいだな。


「クリアさん。登録完了しました」

「うむ、これで私はお役御免だな」

「あ……もしかしてこうなる事を……」

「いや、我らも更新が必要だったからな。物のついでだ。気にするな」


 クリアさんはそう言うが、明らかに余計な寄り道になっている。


「では、またな少年」


 片手を上げてギルドを出て行くクリアさんに感謝の意を込めて深々と頭を下げる。


 大人の男って感じだよな。あの人は尊敬に値する人だ。態度や物腰なんかも柔らかく、頼もしい。


 何で半裸なんだろう? せめてちゃんと服を着ていてくれれば良いのに……


 クリアさん達と別れ、僕達が目指したのは、先程情報収集した宿、水竜楼。


 受付のロビーは見た目は純和風、中央には小さな庭園があり、流れる水の音が心地良い。


 店員さんは皆、和服を纏っている。本当は忙しいのだろうけど、その立ち振る舞いは柔らかく、そして優雅な動きだ。


 これは期待できそうだな。


「あの……」

「水竜楼へようこそ」

「宿を取りたいんですが、部屋は空いていますか?」

「はい、ご宿泊で三名様ですね。一部屋だけ空いておりますが……」

「ああ、良かったー」

「そのお部屋は特別室でして……その、ご宿泊の料金がですね……」

「はぁ……」

「一泊お一人様金貨五枚となっておりまして……」

「高っ!」

「何分、特別なお部屋でごさいまして……」


 金貨五枚って、五万円だぞ? むぅ、これは悩みどころだな。


「お、おい、ハルト。俺はそんなに持ってないぞ?」

「使えない上に貧乏とは、情けない大人ですね……」

「お前はいちいち罵らないと会話できねぇのか?」

「事実でしょ?」

「まぁ、そうだけどよ……」


 三人分支払うと金貨15枚か……


「ハルトさん私も持って……」

「知ってる!」

「最後まで言わせてくださいよ!」


 レスリーがお金なんて持っているはずが無い。


 世界一の借金を背負っているのだから。


 ちなみに貸しているのは僕。


 利息はトイチ。十秒で一割の利息が今、こうしている間にも増えて行っている。


 金額的には1阿僧祇か、1那由他辺りかな? 普段の生活で使う事がない単位だよね!


「よし、宿泊でお願いします! 三人で!」

「はい、ありがとうございます。すぐにお部屋へご案内しますね」


 受付をしてくれた人はこの水竜楼の女将さん。先程までの微妙な笑顔が心からの笑顔に変わったのが印象的だった。


 まぁ、僕達みたいな普通の人が泊まる様な部屋では無いだろうから、その態度も頷けるよね。


「ハルト、良いのか?」

「たまに贅沢するくらいは良いと思いますよ? ここのところ色々あってゆっくりしている暇も無かったんだし、今日だけ特別ですよ」

「マジか? 後で請求するとか言わないよな?」

「しませんよ。のんびりしましょう」


 お金を持っていない二人が小躍りしながら喜んでるいる。


「では、ご案内しますね」

「お願いしまーす!」


 ピカピカに磨き上げられた廊下を静々と歩く女将さんの左右に揺れるお尻を眺めつつ、時たま大庭園を眺め、再びお尻へと視線を移す。


 いやー、和服っていいよねぇ。


 お尻に夢中になり過ぎて気がつかなかったが、反対側からこちらに向かって歩いて来ている人達が居た。


 人数は三人。浴衣を着て歩いている。その内一人が左手に長剣を持っている。護衛の人かな?


 そして、すれ違う寸前で中央に居る少年が声を掛けて来た。


「待て、女将。何だその平民は?」


 おおう、いきなり平民とか言い出したよ。お貴族様なのかねぇ?


「はい殿下。こちらは我が宿のお客様です」

「客? この先は特別室と言ったでは無いか。平民風情が泊まる様な部屋ではあるまい」

「身分は関係ありませんよ」

「ふむ、大方何かの間違いで小金を稼いだのだな。おい、平民! 精々束の間の贅沢を楽しむと良いぞ」


 高笑いをその場に残し、通り過ぎて行ってしまった。


「随分と失礼な人ですね」

「申し訳ありません」

「女将さんが謝る事じゃ無いですよ。それで一体、誰なんですか?」

「さる御身分の高い方としか……」


 ほう? まさかあれが噂のバカ王子様かな?


 あんな奴とは関わり合いにならない様にしておくのが一番だね。そんな事よりも海の幸が僕を待っているんだ!


 楽しみだな!

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