第83話 オウバイへ

 

「大人しく降伏しろ! 命だけは助けてやる!」

「船がこれじゃあ仕方ねぇ。全員降伏する!」


 海賊船に乗り込み勧告を行うとすぐに全員が両手を上げて降伏を認めた。


「渡し板を掛けろ!」


 船と船の間に板を掛け、次々とエスポワールへと乗り込む海賊達。その間にも海賊船はみるみるうちに沈んで行く。


 しかし、全員が渡り終えた所で突然海賊達が武器を抜き放ち、言い放った。


「この船は俺達が頂く、中々良い船じゃないか」

「うひゃひゃひゃ、間抜け共め!」

「おい! 降伏するんじゃ無かったのかよ?」

「誰が降伏なんかするか! お前たちは全員捕虜とする。男は奴隷として売り飛ばす。女は俺達の慰み者にしてやるわ!」


 なんて非道な奴らだ。


「お前ら、本気なのか?」

「おうよ! 本気だぜ!」

「やれやれ、何も分かっていないようだね」

「何の事だ?」

「お前たちが慰み者にしようとしているのは、漆黒の先端と呼ばれている女だぞ?」

「な……」

「漆黒の……先端だと?」

「ふふん、どうやら聞いた事くらいはあるようだな」


 海賊達に動揺が走る。


「まさか……ジニアの?」

「そうさ! その漆黒の先端がコイツだ!」


 後ろに隠れていたレスリーを前に押し出すと海賊は後退りを始める。


「あのー、ハルトさん?」

「何だ?」

「あの人達、怯えているみたいですけど……」

「当然だろう? 僕が苦労して有る事無い事、様々な噂をばら撒いておいたからな!」

「例えばどんな事を言ったんです?」

「んー、その先端を直接目にすると失明するとか、先端に触れると触れた手が瞬時に腐り落ちるとか、先端から暗黒ビームを出すとかかな?」

「出さねぇから! 何だよその先端は! 道理で最近誰も近くに寄って来ない訳だわ!」

「ククク、感謝してくれよ? 漆黒」

「ふざけやがれです! 私の婚期が遠のいて行くじゃねぇか! 何してくれてんだ!」


 怒り狂い、言葉が乱れているレスリーを更に前に押し出して海賊達へ警告する。


「降伏しないと言うなら、漆黒の先端を解き放つが、それでも良いのか!」

「くっ……卑怯だぞ!」

「何とでも言え! さあ、どうするんだ?」


 その時、一人の男が武器を甲板に投げ出した。


「俺は降伏する。だから助けてくれ」


 その言葉を皮切りに次々と武器を放棄する男達を涙を流しながら見つめるレスリー。


 ガチャリガチャリと武器を甲板に放り出す音が響く中、レスリーは船縁まで歩き膝を抱えて蹲っている。


 何かブツブツ言っているが、今はそれどころでは無い。クリアさんと共に海賊達を指揮して、オウバイへの航路を取る事になる。


「よし! それじゃあオウバイへと向かうぞ!」

「へい……」

「んんー? 嫌なのか、仕方ないな。漆黒を……」

「すぐに出航します! だから、それだけは勘弁して下さい!」


 うんうん、人間素直が一番だよね。


 こうして、何とかオウバイへ向かい始めたのだが、一つ問題が発生した。


 エドさんがげっそりした顔で僕の側までやって来る。


「え? レスリーが?」

「うむ、あれから甲板に座ったままピクリとも動かないんだよ。ずっと泣いたままだ」

「どうしたんですかね?」

「いや、お前のせいだろ!」

「えー、そうなの?」

「レスリーが座っている周辺だけ真っ黒なオーラが漂っていて、皆が怯えて近づけねぇんだ。お前が何とかしろよ」

「えぇ……面倒くさいなぁ」


 せっかく美味しい晩ご飯を食べて、まったりしていたというのに。いったい何を考えているんだか……


 エドさんに言われ、仕方なく甲板まで上がると、レスリーの姿は何処にも見当たらなかった。


「何だよ。居ないじゃないか」

「あの……ハルトの旦那……」

「うん? 何だい?」

「あれを何とかしてくだせぇ」


 すっかり大人しくなった海賊の頭が甲板に上がった僕の側までやって来る。


「あれって?」

「ほら、あそこですよ」


 頭が指差した場所には船縁に設置してあるカンテラがボンヤリと光っている。


「何も無いけど?」

「近くへ行けばわかりやすから、みんな怯えちまって仕事にならねぇんですよ」


 ふむ? 何があるんだ?


 ゆっくり近づいてみると、何かでカンテラの光が遮られている。


 近くに寄れば寄るほどその場の闇が際立って来た。


 その闇の中心にソレは存在した。


「ああ、何だレスリーじゃないか。ここに居たんだ。何をしているんだよ?」

「私の事は漆黒と呼べ。小僧」


 うっわ! 


 闇落ちしてるやん。言うなればブラック漆黒か?


「あはは、レスリーさん?」

「その名は既に捨てた。我が名は漆黒の先端、世界に闇をもたらす者だ」


 やべい、これはやべい奴や!


「分かった、僕が悪かったよ。少しやり過ぎたみたいだ。この通りだ、ゴメン」

「少し? 少しだと?」

「いや、あの、えーと」

「あれを少しだなんてよく言えましたね! あんな事を広められたら私、もう絶対にお嫁に行けないじゃ無いですか!」


 いや、それは最初からだよ?


「どう責任を取るんですか」


 責任? 


「そうだ、良い事を思いつきました。ハルトさんが責任を持って私をお嫁さんに貰ってくれれば、全部解決ですね。うふふ」

「無理」

「ふざけんな! お前のせいだろうが!」


 怒ってるなぁ。さてと、どう言い逃れするか……


「良いかいレスリー、こんな言葉がある」

「何ですか?」

「一つの事を突き詰めた人を世界は天才と呼ぶ」

「天才……」

「そうさ、だからレスリーは漆黒を更に突き詰めるんだよ。そうすれば世界が認めてくれる。漆黒を光り輝かせるんだよ!」

「輝く……漆黒…」


 自分でも何を言っているか良く分からないけど。


「分かりました!」


 え? 分かったの?


「私は今から、世界一の漆黒を目指します!」

「ああ……うん」

「見ていて下さい! 私、頑張ります!」

「ウン、ゼンリョクデオウエンスルヨ……」

「なんだかスッキリしたらお腹が空いて来ました。ハルトさん。何か食べるものを下さい。ツケで!」

「いや、お金は良いから好きなだけ食べてくれ」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 満面の笑みで僕の出した牛丼を頬張っているレスリーを見て、将来が不安になって来たよ。僕が適当にでっち上げた言葉で簡単に騙されるんだから……


 まぁ、レスリーが嬉しそうだからそれで良いか。


 レスリーは世界一を目指すと言ったが、既に世界一の借金を背負っているんだ。結婚なんてできるはずかないのだけれどね。


「ハルトさん。お水下さい!」

「ああ、どうぞ……」


 こんな感じの人が詐欺に引っかかるタイプなんだよね。


「なんて奴だ……」

「あの漆黒の先端を手玉に取るなんて……」

「あの人には逆らわないほうが良いみたいだな」


 何か海賊達が僕に怯え始めたんだが、それはそれで良しとしよう。


 レスリーの闇落ち問題はこれで解決した。後はオウバイを目指して進むのみだ!


 翌朝、船室から甲板へ上がると空はまたもや快晴で、とても気持ちの良い朝を迎えていた。


 軽い朝靄と早朝の冷たい空気が、まだ僅かに残っていた眠気を吹き飛ばしてくれる。


 身体を伸ばし、準備運動をしてから朝霧流の型を一からさらう。


「はっ……はぁっ!」


 型の一つ一つをゆっくりと行い、最後の型を終えて呼吸を整える。


「ふぅぅ」

「ふふ、中々いい物を見させて貰った」

「クリアさん。見ていたんですか?」

「ああ、流れるような体捌きだったぞ」

「ありがとうございます」


 クリアさんのような強い人に褒められると、やっぱり嬉しいものだね。


「良い師に恵まれたのだな」

「はい……」


 師匠……僕は師匠に取って良い弟子でしたか?


 空へ向かって問いかけても返事は返ってこない。


 いつも、この馬鹿弟子が! なんて怒られてばかりだった。そんな僕が師匠の恩に報いるにはどうしたら良いだろうか?


 師匠の教えを改めて思い返し、僕は一つの決断を下す。


 師匠を超える。必ず。 


 それが師匠への恩返しになるはずだ。


「旦那方、そろそろオウバイへ到着しやすぜ!」

「もう? 案外早いんだね」

「外海の海流に上手いこと乗れやしたからね」


 漂流して二日、海賊達を指揮してオウバイへ向かうこと七日。合計九日間の船旅がやっと終わりを告げようとしている。


 船首へ向かうと、遠くにぼんやりと陸地が見え始めていた。


「あれが……オウバイ……」

「どうだ? 凄い物だろう?」


 ジニア帝国も長く続いた国だが、オウバイはそのジニアを遥かに超える千年の歴史を誇る国。


 国王レックス=ブラックの統治が隅々まで行き届いているのか、南の玄関口、キーテスの港は遠目から見ても活気がある。


 大勢の人が行き来して、何隻もの大型の船が停泊している。


 漁から戻った船や国外からの商船と客船で港の内部はごった返している。


 僕達が乗船するエスポワール号も合図を行い、滑るように港へと進む。


 桟橋で止まり、地上へ降りる渡し板が掛けられ、久しぶりに地面を踏みしめると、体がまだ揺れている様な感覚が残る。


「少年、大丈夫か?」

「ええ、少しふらついただけですから」

「そうか、この後はどうするつもりだ?」


 先にオウバイへ来ているはずのみんなを探したいのだが、どうしたものかな?


「まずは情報収集ですね」

「ふむ、それならギルドへ行くのが一番だろう。どうせなら案内するが?」

「お願いします!」


 港町キーテスは南の玄関口と呼ばれるだけあって、そこら中で見た事もない珍しい物が売られている。


 商店ではなく露店が多く見られ、港の周辺は特にその傾向が強いらしい。


「オウバイは人口も多く、世界中から様々な物が集まる。この様な露店を出すことも許可されているから尚更だな」


 色々と見て回りたい衝動を抑えてギルドへと向かった。後でみんなで買い物しに来よう。楽しみが一つ増えたな。


「ここですか……」

「ああ、これが我々が所属するハンターギルドだ」

「でも、何でハンターなんですか?」

「色々な物を狩るからだな。モンスターハンター、トレジャーハンター、賞金首ハンターなどだ」


 成る程ね。僕達だと、何ハンターになるかな? やっぱりモンスターハンターだろうか?


 この国で僕の新しい生活が始まるんだ。なんだかワクワクしてきたぞ。


 早くみんなを探し出して、新たな冒険に出発するとしますかね。

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