第86話 海底神殿 2
海底神殿の三階はその名前とは裏腹に平原が広がっていた。
「えっ?」
「ここが三階層だ」
「何で地下に平原が……」
「ダンジョンだからな、何があっても不思議じゃないのさ。上を見てみろよ」
エドさんに促され見上げてみると、青い色と白い雲が目に入る。
「何で地下に青空が広がっているんだよ!」
「理由なんて無い。強いて言うならダンジョンだからだな。もう誰もそんな事は考えていない。あるんだから仕方ない、ってな」
僕は今まで数度ダンジョンに入った事があるが、ここまで不思議な光景は初めてだった。
地下に広がる青空と照り付ける太陽。その空中を我が物顔で泳ぐ魚の大群。
「何で魚が空を泳いでいるんだ?」
「ハルト、言っただろう、考えても無駄だ。アレはそういう物だと思うしか無いんだよ」
時折襲いかかって来る魚の魔物を適当に処理しつつ次の階層を目指す。
浅い階層だけあって魔物の強さは大した事がなく、あまり戦わないレスリーですら一撃で倒せる程度の魔物しか生息していないようだ。
探索は順調に進んだが、10階層まで進んだ所で変化が起こる。
「めっちゃ並んでますね……」
「ああ、あそこは通称ボス部屋だ。一度に1パーティーしか入れなくてな。こうして順番待ちが発生するんだよ」
「ボス部屋ですか……」
「10階のボスは特に大した事は無いが、ドロップ品はそこそこ優秀だな」
「どろっぷ?」
「ダンジョンの魔物は倒すと、溶けるように消えて行くだろう?」
「はい、何故なのかは分かりませんけど」
「理由は俺も知らん、ただ、ごく稀にアイテムを残して消える事があるんだ」
「ふむふむ」
「そして、この階のボスが残して行くのが、指輪だ」
「指輪ですか……」
「水属性の魔法を強化する指輪だ。と言っても効果はそれ程でも無い。ほんの気持ち程度だな。そこそこの値段でギルドが買取をしているから何度もこの部屋に挑む奴等も居る」
「だからこそ、この行列ですか」
「そういう事だ」
僕たちの前に並んでいるのは、ぱっと見10パーティーくらい、一戦闘に十分としても一時間半は待つ事になる。
周りのパーティーは文句も言わずに大人しく並んでいるが、待っているだけは苦痛だな。
何か暇つぶしになるような事が無いかと、見回してみると、面倒事のタネを見つけてしまった。
「ふぅ、ふぅ、やっと追いついたぞ……何故勝手に先に行った!」
「関係ないから……かな?」
「臨時とはいえ、パーティーを組んだのだから勝手な真似はするな」
「指図される覚えは無いんだよなぁ……」
「殿下……私がお話しますから……」
「む? そうか、任せる」
バカ王子のお供をしている、水色のローブを着た人がゆっくりと近づいて来てニコリと笑う。
「私は殿下の指南役をしております、アリーセ = フランクと申します。どうぞよしなに……」
「はぁ」
「つきましてはこの先、合同での探索をお願い致したく、お願いに上がりました」
「嫌だと言ったらどうします?」
「困ります」
笑顔のままで、たった一言だけ言い放つアリーセさん。
「あの、それだけですか?」
「はい、そうですよ。ハルトさん」
「あれ? 僕、名乗りましたっけ?」
「いえ、盗み聞きさせて頂きました」
正直だな。
「それに、どうせこのダンジョンを出てからも同行するのですからいっその事、ご一緒しようかと思いまして……」
「え?」
「陛下のご命令で貴方を探し出し、王都までお連れするようにと、殿下が派遣されたのです。お待ちしておりましたよ」
ああ、確か人探しに来ているとか言っていたな。僕を探していたのか。
「僕だと分かっていて、なぜ放置していたんです?」
「殿下の目的がこのダンジョンの最下層にあるからです。一石二鳥ですね!」
この人……ニコニコしているだけじゃないな。実はけっこうな食わせ者みたいだぞ。
「はぁ……大体分かりました。どうせ逃げても追いかけて来るんですよね?」
「当然です!」
「同行する事は認めますけど、邪魔だけはしないで下さいね?」
「はい!」
こうして、パーティーを組む事になってしまったんだが、バカ王子は問題だらけだった。
まず、スキルを何一つ持っていない。それ故に戦いでは何の役にも立たない。もう一人のお供のロザリンド = ガイサーが常に側に張り付き、体を張ってバカ王子を守っている。
六人パーティーなのだが、実質は四人で戦っているのと同じだ。
「ほら、そこだ! 何をやっているか!」
「煩い! 黙ってろ」
「誰に口を利いているか!」
端に寄って守られているだけなのに、戦闘に積極的に口出しをして来る。ハッキリ言ってウザイ!
今、戦っているのは十階のボス、空中を泳ぐ魚の大群だ。その大群の中に一匹だけ他の者と違う色のボスが紛れている……らしい。
「さっぱりわかりませんね、っと」
魚型の魔物の名前は飛魚。見た目は丸っ切りトビウオだ。エラが発達し、羽の様な形状をしている。細長い体で鋭い歯を持ち、口をガチガチ鳴らしながら襲いかかって来る。
数が多く、処理をするのも一苦労だ。
「エドさん、範囲攻撃して下さいよ。魔道士なんでしょ?」
「ど阿呆。俺の持っている属性を忘れたのか? コイツ等には効かねぇよ!」
「火属性しか持ってない魔道士とか……」
「ウルセェ! お前が何とかしろよ!」
それも良いけどここは一つ、レスリーに頑張って貰おうかな。
「レスリー、こっちへ」
「は、はい! 何ですか?」
「今からレスリーに必殺技を伝授する」
「本当ですか!」
「良いかい? 僕がやる通りにするんだ!」
「ハイ!」
「まず、右手の人差し指と親指を合わせる。この時、中指と薬指と小指を軽く開くのがコツだ」
「ふむふむ」
「そのままの形を維持して胸の前まで持ち上げて……うん、良い感じだ」
「それでそれで?」
「右手を前方に勢いよく突き出して技名を叫ぶんだ。漆黒ビーーーーーーム!」
「しっこく……おい、待てや!」
あれ? もう少しだったのに何故止める?
「出ねぇから! 何なんだよその恥ずかしい技は!」
「やってみないと判らないだろう?」
「判るし!」
「もう時間が無い。このままだと全滅するぞ!」
「ああ、もう。やれば良いんでしょう!」
レスリーが心底嫌そうに構えを取り、叫ぶ!
「漆黒ビーーーーーーーーーーーーーム!」
その叫び声とほぼ同時に、レスリーの右手から二本の黒い光が飛び出して行く。
二匹の蛇が絡み合ったかの様な光は、地を這う様に進み、魔物の群れの直前で上空へと舞い上がり、一気に加速して一匹の魔物を貫く。
「はえ?」
「おおー、やってみるものだねー」
色違いの飛魚を貫いた光はその後、再び上昇し、雨の様に残りの飛魚の群れに降り注ぐ。
「え? え?」
数分後には飛魚は一匹残らず消え去り、地面には小さな指輪だけが残されていた。
「お? これがドロップ品か、ツイてるな」
「あの……ハルトさん、今のは?」
「うん? 自分で言っていたじゃ無いか。漆黒ビームだろ?」
「私は言われた通りにしただけなんですけど……」
「それは恐らくは称号の効果だな」
おお! 物知りエドさんが発動したぞ?
「称号……ですか?」
「うむ、レスリーは漆黒の先端と言う称号が付いているだろう? 称号の効果は様々だが、ある程度は自分で決める事が出来るんだよ」
「え?」
「レスリーが、望んだ通りの良い技だ。良かったな」
「望んでねぇーーーー! これっぽっちも望んでないですよ? そんな事が出来るならもっとマシな技にしますって! 何なんですか、漆黒ビームって! これを毎回やらないと行けないんですか? ただの辱めじゃ無いですか!」
うん、漆黒に悪戯で適当な事をやらせて、後で笑ってやろうと思っただけなんだけど、とんでもない技になったもんだな。
そもそも、称号にそんな効果があるなんて知らなかったし。
レスリーが最強の技、漆黒ビームを身につけたのだが、何故だか使用する事を頑なに拒み続ける。
良い技なんだけどなぁ。まぁ、いざとなったら使用するだろう。本当に危なくなった時にあんなふざけた事をやるレスリーを想像すると、笑いが込み上げて来るね!
十階を無事に突破し次の階層へと進む。
十一階はこれまでの平原とは違い、海底神殿に相応しい水の回廊で構成されていた。
「不思議な場所ですね」
「確かにそうなんだが、この水の壁のせいで迷いやすい。はぐれるなよ?」
先へ進むと広かった通路が徐々に狭くなり、水の壁から魔物が飛び出して襲いかかっては反対側の壁へと消えて行く。
「上から来るぞ! 気をつけろ!」
エドさんの発した声に従い、上に注意を向けると、左から襲われた。
「適当な事言わないで下さいよ!」
「いや、来てるぞ!」
その言葉通り、天井から巨大な魚が落ちてきている。
通路のど真ん中へと落ちてきた魔物はビチビチと、もがいた後に泡の様に消えて行った。
「……先を急ぎましょう」
「お、おう、そうだな」
巨大な魚型の魔物の死因、窒息死。
これ、左右からの攻撃だけに注意していれば良いよね?
その後も続く魔物のやんわりとした自滅を眺めつつ、何とも言えない空気の中探索は順調に進み、二十階へと到着する。
「この階のボスはどんな奴なんですか?」
「さあな?」
「え?」
「入った事が無いからな。知らん」
情報も無しに入るのは危険かな? いや、でもここまでは特に危なげなく進めたし、大丈夫だろう。
「行きます!」
扉をゆっくりと押し開けると目の前に広がっていたのは……
「何なんだ?」
「街……ですね」
左右に立ち並ぶ建物。大勢の行き交う人々。威勢のいい声で客を呼び込む客引き。
その光景に絶句して立ちすくんでいると、背後の扉が音を立てて閉まって行く。
「あっ」
「しまった!」
ベタなやり取りをしていると、酒に酔った男達がふらふらと僕達の方へと歩いて来た。
「お? 新顔かい?」
「良く来たな。新たな囚人さんよ」
囚人? 何の事だ?
「残念だがな、お前達はもう、戻れねぇよ」
「そうそう、俺達と同じ様に……な」
「どう言う事です?」
「ここの部屋はな、入ったが最後出ることが出来ないんだ。そして閉じ込められた奴等で何とか作り上げたのがこの街って訳よ」
「は?」
「未だに出口を探している奴もいるがな、さっさと諦めた方が良いぜ? 食うには困らないしな」
「魚しかねぇけどな!」
酔った男達はそう言って、笑いながら立ち去って行った。
「どうします?」
「どうするもなにも……」
「出られないって本当ですかね?」
「知らねぇよ。だが、本当だとすると厄介だな」
「まずは情報収集ですね」
「ああ」
こうして、僕達は訳の分からない内にダンジョン内に閉じ込められてしまった。
早く出口を探さないと……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます