第61話 里への道中
「なぁシャル、彼奴はいつもあんな感じなのか?」
「うん、そうだよ!」
「何故馬車に乗らない?」
「走りたいんじゃないかな?」
僕は今、ポーラの故郷へ行く馬車の側を時折魔法を使いながら走っている。基礎体力と魔力、両方を底上げする為だ。
帝都を覆う結界はとっくに通り過ぎていて、チラホラと魔物と遭遇する事もある。
馬車の護衛も出来るし一石二鳥だ。
「ハルトは修業馬鹿だからね。ただ移動するだけなんて絶対にしないから」
「今からこんなに飛ばしていたら持たないんじゃないか? 後三日もあるんだぞ?」
「エドはハルトの修業を見たことは無いの?」
「少し身体を鍛えている所は見た事があるが……」
「ボク達も鍛えてはいるし、それなりに強い自信があったんだけどね、ハルトを見ていると、その自信は無くなったよ。次元が違う」
シャルは呆れた様な表情で首を左右に振っている。
「エドはオークと戦った事はある?」
「あん? 勿論あるぞ?」
「じゃあ、キングオークは?」
「彼奴か……あれは厄介なんだよな。一度だけ遭遇した事があるが、あの巨体でありながら速い。その上、硬くてまともに攻撃が通らないと来たもんだ。逃げの一択だったな」
「ハルトはね、そのキングオークを一撃で倒しちゃうの、それも素手でだよ。信じられる? お腹を殴っただけであのキングオークが爆発するんだよ?」
「それは理解に苦しむな。何故、爆発する?」
「ボクも分からなくてハルトに聞いてみたんだ。そしたらさ、なんて言ったと思う?」
「さあな?」
「ハラパンは最強の技だから爆発くらいするよ? だって、まったく意味が分からなかったよ。頭がおかしいのかと思ったもん」
馬車から漏れ聞こえてくる会話で、軽く僕の事をディスっているシャル。
これは後でお仕置きが必要の様だな。
「ハルト、そろそろ野営の準備をするよ!」
「へーい、良さそうな所を探してくるね」
馬車に先行して速度をあげて走り、やがて大きな岩を発見する。おあつらえ向きに側には一本の木が生えている。
「うん、この岩を背にしておけば大丈夫だな。ここに結界石を設置してと……」
結界石は地面に置いておくだけで魔物から発見されにくくなる便利ツールなんだけど、そのお値段は何と金貨一枚もする。
だけど、一万円で安全に野営できると考えると高くは無いのかな?
安全が確保されたところで野営の準備。テントを設置して火を起こす。それが完了した時に馬車が到着した。
さて、お仕置きの時間だ。
「ハルト、これは流石に酷くない?」
「そう? お仕置きなんだから普通だよ」
「ちょっと痛くなってきたし、そろそろ許して貰えないかな?」
シャルの形の良い唇の端から液体が流れ出る。
野営地でシャルを側に生えている木にロープで縛り付けてから、もう一時間が経過しようとしている。
「反省してます! だから許して!」
「あの……」
「本当かな? そうは見えないけど?」
「もしもーし?」
「もうあんな事絶対に言わないからさ……もういい加減許してくれないかな?」
いくらシャルでもこのお仕置きは耐え難かった様で、流れる液体の量は増える一方だった。
「お腹がすいているの、だからお願い!」
「聞いていますかー?」
縛りつけたシャルに、夕食として準備した肉の香ばしく焼けた匂いを存分に浴びせる為にポーラの使用人であるリアンを借り受けている。
団扇で仰がれた煙がシャルの周りを漂っている。
「夕食が匂いだけなんて絶対に無理! 我慢なんてできないから! お腹が空きすぎて痛くてなってきたんだからね?」
その匂いに空腹が刺激されて、涎が止まらないシャル。
「本当に反省しているの?」
「聞こえてないんですかー?」
「してるしてる! もうあんな事言わないから」
存分に食事の匂いだけを浴び続けたシャルは、かなり反省出来たみたいなので解放してあげる事にして、その身体を縛るロープを解いた。
「ふぅー、やっと自由になれた。お腹すいたよー」
自由になったシャルはその勢いのままガツガツと食べ物にむしゃぶりつく。
「まったく、相変わらずお前たちは賑やかだな」
「まぁ、いつもの事ですよ」
やれやれといった感じのエドさんの隣では無言で食事をするポーラが居る。
僕の用意した食事が好みに合った様で、どれだけの量を出してもすぐに平らげてしまう。
やっぱり外で食べる焼肉は最高だよね!
「このタレは美味いのう。こんな美味い肉は初めて食べるわ。おかわり!」
「はいはい、でもまだ食べるの?」
「こんなに美味いんじゃ、いくらでも入るわ!」
軽く五人前は食べたポーラのお腹は、かなり膨らんできている。これ以上食べると明日に差し障りがありそうだな。
「今日はこれでおしまいね」
「何故じゃ? まだ食べたいぞ」
「いくらなんでも食べ過ぎだって。明日も作ってあげるから、今日はこれくらいにしておきなよ」
「むう、分かったのじゃ」
ポーラがお腹いっぱい食べ、リアンに膝枕をしてもらって眠りについた頃、ある人物が叫び出した。
「いい加減にして下さい!」
「んー? どうかしたのレスリー?」
「どうかしたの? じゃあ無いです。なんで私が縛られているんですか! 理解不能です!」
「えー、シャルの側にいたからついでに?」
「何もしてないのに! 私もご飯まだなんですよ?」
まぁ、仕方ないので開放してやるか。
「パクパク、まったく。もぐもぐ、何で私があんな目に、おかわり! 合わないといけないんですか!」
「レスリー、喋るか食べるかどっちかにしなよ」
「…………………」
「黙るんかい!」
食事を終えたレスリーは、怒りを抑えられなかったのか、僕に突っかかって来た。
「大体、何故ハルトさんは私にこんなに辛く当たるんですか! 私が何かしました?」
「借金」
「それは……そうですけど……」
「それにもう一月以上支払いが滞っているよ?」
「えっ? そんなはずありません。ちゃんと返済していますよ?」
「貰ってないって!」
「だって、シャルさんと一緒にお仕事をして貰った報酬は全部シャルさんに渡していますよ?」
シャルに? どういう事だ?
「シャルさんがハルトさんに頼まれているからって言ってました。後でハルトさんに渡しておくって……」
「シャル?」
おい、目を逸らすな!
「シャル、説明して」
「黙っていたのは悪かったけどボクにはね、ある夢があるんだよ。それを実現する為の資金に回させてもらってる」
「レスリーに嘘をついてまで?」
「うん! どうせ、どうやったって返せる金額じゃないでしょ?」
「まあね」
「あの……ハルトさん? 私は金貨十枚しか借りていませんよね?」
レスリー……甘いな!
「いいかレスリー? 借金には利息が付き物なんだ。勿論レスリーの借金にも付いているからな?」
「聞いてませんけど?」
「これに署名しただろ? ほらここだよ」
マジックバッグから借金の証明書を取り出してレスリーに見せてあげた。
「……確かに書いてあります」
ここで興味を持ったのか、エドさんが話に加わって来た。
「その利息はいったいどのくらいなんだ?」
「トイチですよ」
「マジか! レスリー……ご愁傷様」
「トイチって何ですか?」
「利息の事さ。十日で一割増えて行くんだ。一年も放っておいたらとんでもない金額になるぞ?」
あれ? 僕の知っているトイチと違うな?
「エドさんそれ違いますよ? ほらここを良く見てくださいよ」
「何だよ? おいおいおい、うっそだろ! ハルト……お前どこまで鬼畜なんだよ。こんなの払える訳無いだろうが!」
レスリーが慌てて契約書を確認してしている。
ちなみにこの契約書は魔法を使用して誓いを立てているので絶対に破る事が出来ない。仮に約束を破った場合、重い罰が下される。
「な、な、な」
あー、やっと気付いたのか。
「何ですかこれは! 十秒で1割? もう一月経ってますよね? これ絶対に無理な奴ですよね?」
「そうだね、単純計算で一日で八千六百倍になるんだけど、それよりももっと多いと思うよ?」
「はっせんろっぴゃくばい……」
レスリーは無事に気を失って倒れてしまった。
八千六百倍のさらに三十日分だからな。返済なんて無理に決まっている。従ってレスリーは一生、僕に頭が上がらないという事だね!
残念だったなレスリー!
その夜、完全に気を失ってしまったレスリーをシャルに任せて、エドさんと二人で夜の見張りに付く。
ポーラも満腹になり眠りに付いてしまった為、リアンも見張り役は免除にした。
空を見上げてみると、青白い月が真上で煌々と輝いていて辺りを照らしている。
「ハルト」
「何ですか?」
「お前さんは何故レスリーをあんな風に扱うんだ?」
「どこか変ですか?」
「普段のお前さんは誰に対しても優しい。いや、甘いと言った方がいい。だがレスリーだけは違う。それは何故だ? 別にレスリーが嫌いって事でもなかろうに」
流石オッサン、良く分かっているな。
「おい、聞こえているぞ? そもそもだ。俺の事をオッサンオッサン言うがな、俺はまだ二十代だぞ?」
「ええっ!」
「何だよ?」
「その顔で二十代とか、生きていて恥ずかしく無いんですか?」
「喧しいわ! 俺はな、元々老け顔なんだよ!」
「幾つなんです?」
「二十八だよ……」
マジか……どう見ても四十は超えていると思っていたよ。人は見かけに寄らないものだな。
「それよりも、俺の質問に答えろよ」
「レスリーですか? あんまり言いたく無いなぁ……」
「駄目だな。側から見ていて不憫なんだよ」
「仕方ないですね……レヴィから釘を刺されているんですよ」
「理由は?」
「ハルトは天然の女たらしだからあんまり優しくすると四人目になっちゃうから気をつけておく事! なんて言われてまして……」
「ああ、成る程な……それは分かる気がするわ」
そうなの?
「だがな、少しやり過ぎだな。ハッキリ言って逆効果だと思うぞ?」
「そうですか?」
「ボクもそう思うなー」
僕たちの会話に割り込んできたのは勿論の事シャルだった。
「あれ? レスリーは?」
「今はただ眠っているだけだから。毛布を掛けて来たから大丈夫だよ」
「そうか、それなら良いや」
「それで、ハルトはどうなのよ?」
「うーん、そうだなぁ。意識していないと言ったら嘘になるね。これだけの時間一緒に居るんだからさ。だけどレヴィと約束をしたからね。優しくは出来ないから、どうしてもあんな態度になってしまうんだ」
二人は首を左右に振りながら溜め息を付く。
「ハルト、ぜんぜん行けてないよ?」
「そなの?」
「うむ、俺から見てもダメダメだな」
えー、どこがいけないんだろう?
「小さい男の子が好きな女の子をついつい、いじめてしまってるみたいに見えてるよ?」
「意識しているのは側から見てバレバレだ」
「それはマズイな……レヴィに怒られる。よし! これからはもっとキツくしよう!」
「ハルト……もう手遅れだから。ボクはレスリーと良くコンビを組んで仕事をしているから、何度か相談されているんだよ?」
「え、なんて?」
「ハルトさんは私に興味が無いのでしょうか? やっぱり胸が無いから……なんて風にね」
あー、そうなのか。
だけど、どうしようかな?
「だから、レヴィとフウカにはボクから言っておいたから安心して」
「二人はなんて言っていたの?」
「やっぱりねって、二人とも分かっていたみたい。勿論ボクもだけどねっ!」
「そうなんだ……」
「だからハルトは好きにしたら良いと思う。ボクはレスリーなら大歓迎だからね。レヴィもフウカも反対はしていないし」
そうか……それなら明日からは出来るだけ普通に接してみようかな?
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