第60話 厄介な人


「あの……貴方があの刀を手に入れたと聞きました。宜しければお譲り頂けませんか?」


 声を掛けて来たのは藍色の着物を着た女性とまだ幼い子供の二人連れだった。


「突然なんですか? お断りします」

「ですが、その刀は呪われています。危険なんです」

「それも知っての上で購入したんです。それに貴女には関係無いでしょう?」


 これは新種のクレクレなのか?


「その刀は我家の家宝なのです。どうかお返し下さい。お願いします」


 家宝と来ましたか。


 周りで僕達をチラチラ見ている人もいるし、このままじゃあ、こっちが悪者だな。


「分かりました。ただし、これは僕達が正当な手段で手に入れた物です。それなりに対価を払っている上に刀について調べたい事があるので、それが終わった後でよければ金貨十枚でお譲りしますよ」

「そんな……私はその様な大金は持ち合わせておりません」

「じゃあ仕方ないですね。諦めて下さい」


 家宝と言うなら金貨十枚くらいは払える筈だ。その程度の金額も払えないなら渡す必要なんて無い。


「お願いします。どうかお返し下さい」


 なんとその女性は道のど真ん中で地面に頭を付けて土下座をしだした。


「それはいくら何でも無いでしょ? 何度も言いますけど、これは僕がオークションで買ったものであって、この国が僕の物だと証明書まで出している物なんですからね? 貴女の持ち物では無いのにお返し下さいはおかしいでしょう」

「ですが……」

「みんな、行くよ。相手にしてられないよ」


 女性の脇を通り抜け家路につく。


「あの人、何なんだろうね?」

「さぁ? 家宝なんて言ってはいたけど、本当かどうかも分からないし、相手にする必要は無いさ」

「でも、少し可哀想な気がしますね」

「レスリー?」

「だって……あんなに必死になってるから」

「理由もほとんど言わずに返せ、なんて言う人を相手にする程僕は暇じゃあないんですよ? ついて来ないでもらえますかね?」


 シャルとレスリーは気がついていなかった様で、すぐに後ろを振り向いていた。


「あの……刀を返してください」

「だから、この刀の所有者は今は僕なんです。返してはおかしいとさっきも言いましたよ? 着いて来られるのも迷惑です」

「あの……その刀は……呪いが……」

「同じことしか言えないんですか? 迷惑だと言っていんです。僕の話を聞いています?」


 この人は多分、ずっとこうやって生きてきたのだろう。自分が困っていると言えば誰かが何とかしてくれる。


 今もこうして、自分は困っているからとしか言わない。具体的に何かをする訳でも、提案する訳でもなくただひたすらにアピールするだけ。


「シャル、レスリー、行くよ!」


 強引に話を打ち切り、ついて来られないように二人の手を取り走り出した。


 しばらく走ったところで狭い路地に飛び込み、辺りに誰もいない事を確認して、すぐに転移を発動する。


 転移先はもちろんレヴィの家。


 ドアを開けて家の中に入ってやっとひと息ついた。


「ふぅ、やれやれ面倒な人に目をつけられたね」

「でもさ、ここまでする必要あったの?」

「うん? 何が?」

「転移まで使って帰ってくる必要があった?」

「ああ、それか。良く考えてみなよ。家を知られたらさ、朝起きて外に出るとあの人が土下座して待っているとかありそうじゃない?」


 その事を想像したのかシャルは軽く震え出した。


「うわぁ、それは嫌だなぁ」

「そうだろ? そんな事をされたらご近所さんになんて思われるか分からないからね」


 そして翌朝、その想像は現実のものになってしまった。


「やめて下さい! 迷惑なんです」


 早朝の訓練の為に家を出た瞬間に目に入ってきたのは昨日のクレクレの人。


 その人が子供を隣に立たせて、家の前で正座をしていた。


「どうかお願いです。刀を返して下さい」


 そのまま土下座へと移行する。


「だから……」


 さらに話を続けていると、この騒ぎを聞きつけたご近所さんが集まって来てしまう。


「ハルト君、何があったんだ?」

「この人の物を盗ったのか?」

「ああ、やっぱり……」


 やっぱりって何だよ! 何もしてねぇよ!


「ああもう! とにかく一旦家に来て下さい! 話は聞きますから」


 強引に女性を立たせてから家の中に引っ張り込んだ。


 背後では近所の人達が野次馬根性でなにやら言っている。普段からどう思われているんだか……


「そこへ座って下さい」

「あの……刀を……」

「とにかく座って下さい。話をするのが先です。刀をどうするかはその後です」

「はい……」


 トントン


「この忙しいのに誰だよ、まったく」


 扉を開けるとそこに居たのはエドさんだった。


「久しぶりだな」

「エドさん? どうしたんですか?」

「いやぁ、ハルトが新しい女を家に引っ張り込んだって聞いてな。見物に来た」

「暇か! それに新しい女ってなんだよ!」

「おお? その人がそうなのか?」

「違うわ! エドさんには関係無いから! 仕事でも行って来たらどうなんです?」

「最近はお前さんがついて来てくれないから、ロクな仕事にありつけなくてな。たまには一緒に仕事をしようと思ったらこれだよ。困った物だな。ハルト」


 エドさんはとある事件で一緒に居た時にスキルを全て失ってしまい、その前までは有能な魔道士だったのだけれど、今はただの使えないオッサンに成り下がってしまっていた。


「それで、本当の所はどうなんだ?」

「ふぅ、実はですね……」


 事のあらましを説明すると、やっと納得してくれた。


「成る程な。それで、あんたは一体何者なんだ?」

「あの……」

「儂が代わりに話そう。お前は黙っておれ」


 女性の側に居た少女がその年齢に似合わない口調で話し出した。


「君は?」

「儂の名はポーレット=オーガスタじゃ。里ではポーラ、または鬼姫と呼ばれておる」

「ポーラね。そっちの人は?」

「儂の身の回りの世話をさせる為に連れてきた使用人じゃ」

「あの……リアンと申します」

「それでこの刀の事だけど……」

「その刀はの、四年前に我が家から盗み出されたものでな、家督の継承の儀に使う大切な刀なのじゃ。頼むから返してはくれんかのう」


 大切な刀だと言うのは分かるが、それを言ったら僕にとっても刀を作る為の手掛かりだ。はいそうですかと渡す事は出来ない。


「返すのは嫌だと言ったら?」

「そ、それはだめじゃ。儂が家督を継ぐのに必要なんじゃぞ?」

「それはそっちの事情だね。僕には関係無い」


 ハッキリと断っていたら思わぬ所からポーラに味方する者が現れた。エドさんだ。


「ハルト、お前がそれじゃあ話がまったく進まないだろう?」

「それはそうなんですけどね」

「例えばだ、その継承の儀の間だけその刀をレンタルに出すとかな」

「どう言う事じゃ?」

「ポーラは家督を継ぐ為にその刀が必要だな?」

「うむ、そうじゃぞ」

「それならその儀式が終わり、家督を継いでしまえば刀は必要無くなるわけだな。終わったらハルトに刀を返せば一件落着だ」


 ふむ。それなら僕も刀について調べる事は出来る。


「じゃが、それは我が家の大切な家宝なんじゃが……」

「儀式が終わってからハルトが納得する金額を揃えて買い取れば良いじゃないか。今すぐに用意は出来ないんだろ?」

「確かにそうじゃな……ハルトとやら、それで良いかの?」


 なんだか話が変な方向に進んでいったが、まぁ妥協出来る範囲内かな?


「一時的に刀をレンタルする事は承諾しましょう。ただし、それが終わったら間違いなく返して貰わないといけない。だから僕があなた方について行きます。その間の寝食は何とかして貰いますよ?」

「うむ、分かった」


 詳しく話を聞くと、ポーラの里までは馬車で三日程掛かるらしく、準備をする為に翌日に帝都の北門で待ち合わせをして、その日はポーラと別れた。


 話し合いの結果、ポーラの里まで行くメンバーは最初から関わっているシャルとレスリーが着いてくる事になった。


 そしてもう一人……


「なんでついて来てるんですか?」

「なんだよ? 俺が行ったらいけないのか?」

「仕事は良いんですか?」

「お前さんが居ないから仕事にならねぇんだよ!」


 これだから無能なオッサンは……


「邪魔だけはしないでくださいね?」

「俺を何だと思っているんだ?」

「聞きたいですか?」

「あー、やめておく。どうせロクな事を言わないだろうからな」

「無能なオッサン……」

「言うなって!」


 知識と経験だけはあるが、スキルが何もない普通のオッサンだからな。


「俺だってこれでも成長しているからな? スキルも一つだけだが取得出来ているんだぞ?」

「へぇ、どんなスキルなんです?」

「火属性魔法だ!」

「え? 本当に?」

「そうだ!これでまた魔道士を名乗れるぞ」


 火属性魔法か……良いな、使ってみたいなー


 そうだ! 


 これからポーラの里に着くまで三日間も時間があるんだし、ラーニングの検証実験をしてみよう。


「エドさん。僕に一番弱い魔法を撃ってもらえませんか?」

「うん? 別に構わんが……」

「ハルト、危ないわよ?」

「大丈夫だよ。エドさん、お願いします」


 少しだけ離れて向かい合って立つ。


「行くぞ!」


 エドさんの右手に小さな火球が形成されて行く。


 その右手が僕に向かって振るわれると、その火球が真っ直ぐに飛んできた。


 両腕を十字に構えてガードする。


 腕に焼けるような痛みが走る。


「熱っ!」

「当たり前じゃない! 大丈夫?」


 シャルに心配させてしまった。


 熱いけど目的の為だから我慢だな。すぐに自分に鑑定を発動する。


名前 ハルト


種族 人属


年齢 17


職業 無し


技能 

光魔法LV2 格闘術LV1 聖魔法LV1

火魔法LV1 鑑定 LV1


特殊 物理耐性LV1 空間転移


固有 ラーニング


 よし! 火属性魔法、ゲットだぜ!


 段々と分かってきたが、自分から強い意志を持って何らかのスキルを受けると100%ラーニングできるみたいだな。


 掌を上に向けて軽く魔力を集める。


 火のイメージを頭に思い浮かべて発動!


「おお?」

「えっ?」


 ふむ、このくらいならあまり魔力を消費しないみたいだな。


「ハルト、いつの間に火属性魔法を使える様になったの?」

「たった今だよ。エドさんからラーニングした」

「俺の苦労は一体なんだったんだ……」


 この調子なら有益なスキルを集め放題だな。


 よし! 頑張るぞー!

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