第62話 新生レスリー

 昨日の夜、レスリーの胸中を知ってから、僕は少しだけ、ほんの少しだけレスリーに優しく接してみた。


「やぁレスリー、おはよう」

「えっ……ハルトさんが私におはようですって? 今度は一体何を企んでいるんですか! 私は絶対に騙されませんからね!」

「いや、普通の朝の挨拶だよ……」

「ハルトさんが私に挨拶なんてするはずがないんですよ。さては貴方……偽物ですね? さぁ、正体を現しなさい!」


 僕はレスリーにここまで信用されていないのか。


 今までが今までだから仕方ないんだけど、挨拶すらまともに受け取って貰えないとは思わなかった。


「僕は他の誰でもないし、何も企んでいないよ?」

「いーえ、そんなはずないです! あっ分かりました。朝食を抜かれるんですね? あーあ、朝ご飯食べたかったなぁ……」


 そんな事を呟いて、おもむろにバッグの中からロープを取り出すと自分をグルグルと巻きだした。


「あー、レスリー? 何をしてるの?」

「えっ? 自分を縛ってますけど?」


 話をしている間に気がつくとレスリーの簀巻きが出来上がっていた。


 まてまて、どうやって自分で縛ったんだ?


「私はここに居ますから、どうぞ朝食を食べて来て下さい。できたら後で残り物を少しだけ頂けると嬉しいです!」


 地面に横たわりながら、ニコッと笑うレスリー。


 これは……ダメだな。


 レスリーにとってはこの扱いが僕といる時の日常なんだな。


 レスリーがこうなったのは僕のせい……


「あれ? ハルトさん。何故ロープを切るんですか? せっかく綺麗に縛ったのに……」

「いいからさ、朝ご飯を食べよう?」

「ご飯……分かりました! 私を太らせて食べるつもりなんですね? って誰が養豚場の豚ですか!」


 何を言っても、何をしても、悪い方向にしか受け取らないレスリーをみんなの所へ何とか連れて行き朝食を一緒に食べる。


「ああ、朝ご飯を食べる事ができるなんて嘘みたいです! シャルさん、ハルトさんが変なんですけど何か知っています?」

「さぁ? ハルトに直接聞いてみたら?」


 ニヤニヤ顔のシャルはチラリと僕の方を伺う。


「ダメですよ。ハルトさんと話をすると、また借金を増やされてしまいます。会話する度に借金の額がどんどん増えてるんですから」


 いやいやをしながら僕の顔色を伺っている。


「レスリー、もういいからさ。借金は全部無かった事にしよう」

「何を言っているんです? 大丈夫ですか? 熱でもあるんじゃ……」


 僕の額に右手を、自分の額に左手を当てて目を瞑っているレスリーを僕はどうする事もできずに、ただ見ているだけだった。


「うん、熱は無いみたいですね」


 これがレスリーの凄い所だ。普段からあんな扱いをしているというのに、僕の事を心配してくれる。


「レスリー、いいから話を聞いて。借金は全部帳消しにする」

「帳消し……」

「そう、借金はもう無くす」

「本当に?」

「うん」

「ああ、夢みたいです! 夢じゃないんですよね? これでまた実家の道場の再興に取り掛かれます」


 道場の再興? あれ?


「レスリーには言ってなかったかな? ブラックフォード剣術道場はもう無いよ?」

「……何を言っているんです?」

「だから、道場はもう無くなった」

「何で!?」

「レスリーの借金の形に僕が貰ってね。剣術じゃどうやっても儲けにならなかったから、ハンター養成塾に路線変更した」

「なん……で……」

「これが中々好評でさ。塾生がどんどん集まって、今じゃあ三百人を超える勢いなんだ!」


 どうだ! 凄いだろう!


 ドヤ顔でレスリーを見ると、想像とは全く違う反応を示した。


 ハルトさん凄いです! なんて言ってくれると思っていたんだ。


 だけどレスリーは棒立ちのまま、涙を流している。


「ご先祖さま……至らない私をお許しください。私の代でブラックフォード剣術が廃れて行ってしまいました。お母様があれだけ苦労して守り抜いた道場が無くなってしまいました……ごめんなさい」


 あれれ、おかしいぞ?


 てっきり喜んでくれると思ったんだけど。


「ハルトさん……私の借金は無くなったんですね?」

「う、うん。そのつもりだけど……」

「それじゃあ、遠慮する必要も無いですね?」

「うん?」


 レスリーの表情がみるみるうちに悲しみから、怒りへと変化して行く。


「テメェ、なんて事をしてくれたんだよコンチクショウ! 道場を盛り立てて、立派なお婿さんを迎えて幸せに暮らして行く私の夢が音を立てて崩れ落ちたじゃねぇか!」


 ええぇ……


「どう責任を取ってくれるんだよ! 道場が無かったら結婚すらできねぇよ! あれが唯一の財産だったんだから!」


 いやいや、レスリー?


 君は一つだけ大きな勘違いをしているよ?


「残乳なんだから結婚なんて無理だよ?」

「うっさいわ! 残乳言うな。これでも少しはあるんだからね? 大体借金が無いなら従う理由も無いわ! いつもいつも失礼過ぎるんだよ! このタラシが!」


 レスリー……そんな事を考えていたの?


 結構ムカつくんだけど?


 そして、売り言葉に買い言葉といった感じで僕も言葉を荒げてしまった。


「ああん? 誰がタラシがだよ!」

「アンタに決まっているでしょーが! 三人もたらし込んでおいてどの口が言うんですかねぇ。はっ、さては私もタラシ込もうと言う魂胆ですか? 残念ですね、そうは行きませんからね!」


 あれあれ? 聞いていた話と何かが違うぞ?


「そもそも私は年上が好みなんですよ? ハルトさんには全く興味有りませんから。どっちかって言うとエドさんの方が良いくらいですからね!」

「シャル? エドさん?」


 二人を方を伺うとこっちは全く見ようとせずに、ポーラと一緒に楽しそうに朝食を食べている。


 今日はいい天気だなー、なんて言ってるし!


 これは意図的に僕たちの事を無視をしようとしているな。


 騙されたクマー!


「聞いているんですか! 私の夢を返しなさいよ!」


 指を突き立てて僕に詰め寄ってくるレスリーに当然の事ながら反論を開始する。


「さっきから好き放題言っているのは聞いているさ、残乳が結婚の夢を見るなんておこがましいんだよ!」

「誰が残乳だ! これから成長するんだよ!」

「するわけが無いだろうが! 28歳を過ぎてるのに何を言ってるんだ。このえぐれ胸が!」

「え、え、えぐれ胸!?」

「えぐれ胸ががダメなら、まな板の上の黒曜石じゃねぇか!」

「こ、こ、黒曜石ですって!? 失礼です! 私のは目も眩む程のショッキングなピンクです。見た事も無いくせに勝手な事言わないで下さい!」


 何だ? この間の事覚えていないのか?


「見たよ? この間、僕たちがみんなで風呂に入っている時に、ちょっと体だけ洗わせて貰いますねー、なんて言って勝手に入って来ただろう?」

「嘘……」

「嘘なもんか! あんな暗黒物質を見せられて、とんだ大迷惑だわ!」

「暗黒物質ですってー! ふざけやがれです! この痴漢野郎!」

「何だって? お前なんかピーーーーーだろうが!」

「ピーーーーーーーーーーーー(自主規制)」


 その後、どのくらいの時間お互いを罵り合っていたのか記憶が全く無い。


 レスリーは激しく怒鳴っていたせいか、肩で息をし始めている。


 そして、それは僕も同じだった。


「お前たち、気が済んだのか?」

「エドさん……」

「喧嘩するほど仲が良いとは言うが……お前たちは少しやり過ぎだな。その辺にしておけ」

「そう言いますけどね。エドさんとシャルが二人してあんな事を言うからですよ!」

「まぁ……勘違いは誰にでもある。すまんな」


 くそぅ。下手に出られたらどうしようもないじゃないか。


「それとな、ハルト。いくら借金があるからと言って何をしても良いわけじゃあ無い。お前ならそのくらいの分別はあるだろう?」


 確かにそうだな。反省しなくては。


「ハイ、気をつけます」

「レスリー、お前の借金はまだ無くなった訳じゃあ無いんだからな?」

「はい?」

「やっぱりか……魔法による制約を甘く見過ぎだ。言葉で言っただけでその制約が消える事などないぞ?」

「え? え?」

「魔法の制約を取り消す事が出来るのは制約のスキル持ちだけだ。帝都の役所に一緒に行っただろう?」


 何かを思い出す様に右斜め上に視線を送っているレスリーは、やがて何かに気が付いた。


「思い出しました! 確か、話を聞いてくれた女性が何度も何度も確認してきたんです。本当にこれでいいんですかって」

「あの契約書なら勿論そうだろう。破滅する事がわかりきっているんだからな。十秒で一割とかありえないからな」

「それじゃあ私の借金は……」

「当然、前のままだよ。よくもあそこまで貶してくれたもんだ。これはやはりお仕置きがいるみたいだね」

「ハルト……」

「何です?」

「程々にしておけよ?」

「見捨てられた!?」


 さて、どんなお仕置きが良いかなぁ?


「ハルトさんお願いです。許して下さい」

「ダメだね。そうだ。ミドルネームを付けよう!」

「えっ?」

「今度はから人に自己紹介する時はレスリー=ティップ=ブラックフォードだな」

「てぃっぷ?」

「先端と言う意味だよ」

「先端って……まさか!」

「レスリー先端ブラック! ピッタリだろ?」

「いやー! 絶対に嫌ですからね? そんな名前、名乗りたく無いです。もう逆らいませんから!」


 地面に額を付けて、とても綺麗な土下座を披露してくれたレスリーだった。


「そうか……ミドルネームが嫌なら二つ名を付けてあげるか。どっちか嫌な方を選んであげよう」

「そこはせめて好きな方じゃないんですか!?」

「そうだな……漆黒の先端レスリー、なんてどうだい? カッコいいだろう?」

「それも嫌です。せめて先端から離れて下さい!」

「ダメだ! さぁ選べ!」


 しばしの間、迷ったレスリーが決断したのは……


「ううぅ。じゃ、じゃあミドルネームで……」

「そうか。じゃあ二つ名だな! これから宜しくね。漆黒の先端レスリー」

「勘弁してー!」


 こうして、レスリーにピッタリな二つ名を付けて満足した僕は当初の目的通り、ポーラの里までの道中を急ぐ事にした。


 ちなみにレスリーの二つ名は同行メンバーに自然に受け入れられた様で愛称として漆黒が定着した。


 更になんと! レスリーを鑑定してみると称号欄にしっかりと漆黒の先端が記載されるようになっていた。


 ギルドのライセンスも同様だ。


 我ながら良い名前を付けたものだと思う。世界に認められた最高の二つ名だ。


 大切にしてくれよ! レスリー。


名前 レスリー=ブラックフォード


種族 人属


年齢 28


職業 無し


技能 剣術LV1 家事LV2


称号 漆黒の先端


「嫌です! 酷いです! どうやったらこの称号は消えるんですか?」

「称号は一度付いたら簡単には消えねぇよ……諦めるんだな」

「そんなぁ……」


 こうして僕たちのパーティーに初めての二つ名持ちが誕生した。


「レスリー、もっと胸を張って漆黒の先端をアピールするんだ!」

「それ、絶対に別の意味で言ってますよね?」

「そんな事は無いよ?」

「顔が笑ってるんですよ! そもそも、私のはそんなに黒くないんですぅ!」


 二つ名を得た新生レスリーにはまだまだ活躍してもらおうじゃ無いか!


「これからも宜しくね、漆黒!」

「その呼び方は勘弁してぇぇぇ!」

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